禍々しき結晶
調査隊員が残した血痕と装備の破片。それらは、まるで道標のように鉱山の深部、第三階層のさらに奥、地図にも載っていない未調査区域へと続いていた。俺たちは覚悟を決め、その暗く湿った坑道へと足を踏み入れた。
進むにつれて、通路は狭まり、天井も低くなっていく。壁は湿った粘液のようなもので覆われ、足元はぬかるみ、歩きにくい。空気はさらに淀み、瘴気とも呼べるような、甘ったるく不快な匂いが漂い始め、呼吸するだけで気分が悪くなりそうだ。
「ぷるる……(気持ち悪い……)」
外套の下でプルが身を震わせる。俺は【収納∞】から携帯用の空気清浄の魔道具(以前アッシュ村で手に入れていた)を取り出し、起動させた。気休め程度かもしれないが、何もしないよりはましだろう。解毒ポーションもすぐに取り出せるように準備しておく。
頼りになるのは松明の明かりと、プルの放つ淡い光だけだ。リンドはその巨体を持て余し気味に、窮屈そうにしながらも、鋭い警戒の視線を周囲に向けている。
この深部では、魔物の質が明らかに変わっていた。
「グゴゴゴ……!」
通路の壁が突如として動き出し、岩石と一体化したような異形のゴーレム「ロックフュージョン」が襲いかかってきた! その体は並の剣撃を弾き返し、ダメージを与えてもすぐに自己再生し始める。
「リンド、ブレスで動きを止めろ! プル、弱点はコアのはずだ!」
リンドの熱波で再生を阻害しつつ、俺とプルでゴーレムの胸部にあるとされるコアを集中攻撃し、なんとか撃破する。だが、その戦闘だけでもかなりの時間と消耗を強いられた。
さらに奥へ進むと、今度は天井から巨大な百足のような魔物「ポイズンセンチピード」が複数体、落下してきた! 硬い甲殻を持ち、口からは毒々しい紫色のブレスを吐き出す。
「プル、解毒用意! リンド、飛行して上から攻撃!」
リンドが狭い通路を巧みに飛行し、上空からブレスを浴びせて牽制。俺とプルは地上で毒ブレスを避けながら、センチピードの比較的柔らかい腹部や関節を狙って攻撃を繰り返す。ここでも苦戦を強いられたが、なんとか全て撃退することに成功した。
魔物だけではない。通路の床が突然抜け落ちる落とし穴や、壁から毒矢が飛び出す仕掛け、突然噴き出す高熱の蒸気など、古代の罠か、あるいは異変によって不安定になった鉱山の設備そのものが、俺たちの行く手を阻んだ。プルの索敵能力と、俺の咄嗟の判断、リンドの頑丈さ(時には壁になってくれた)がなければ、何度か致命的な状況に陥っていただろう。
厳しい道のりを進む中、俺たちは新たな痕跡を発見した。それは、岩壁に必死に引っ掻いたような文字で書かれたメモだった。
『奥…巨大…クリスタル…魔力…気をつけ…』
文字は途中で途切れている。調査隊員の誰かが、最後の力を振り絞って書き残したものだろうか。巨大なクリスタル……それが、この異変の原因なのか?
さらに進むと、道端に小さな革袋が落ちているのを見つけた。中には、色褪せた一枚の家族写真が……。おそらく、行方不明の隊員の誰かのものだろう。無事を祈る気持ちと、この先の危険への覚悟が、俺の中で交錯する。
メモと写真が見つかった場所から少し進むと、通路は急に開け、広大な地下空洞へと繋がっていた。ドーム状になったその空間は、異様な光景に満ちていた。
空洞の中心には、家ほどもある巨大な、禍々しい紫色に輝くクリスタルが鎮座していた。表面は不規則に脈打ち、まるで生きているかのようだ。そのクリスタルからは、目に見えるほどの濃密な魔力、いや、瘴気と呼ぶべき負のエネルギーが絶えず放出され、周囲の岩盤を歪ませ、奇妙な結晶構造を形成している。空洞の壁には、クリスタルの影響で変異したのだろう、グロテスクな姿の魔物たちが張り付くように蠢いていた。
そして、クリスタルの根本付近……瘴気が渦巻く中に、数人の人影が見えた。
「……隊員たちか!」
間違いない。行方不明になっていた調査隊員たちだ。だが、その様子は尋常ではなかった。彼らはクリスタルに半ば取り込まれるように根元に固定され、その体は紫色に変色し、苦悶の表情を浮かべている。まだ、かろうじて生きているようだが、時間の問題だろう。
さらに、そのクリスタルを守るように、一体の巨大な魔物が徘徊していた。全身がクリスタルの鎧で覆われたような、巨大なトカゲともゴーレムともつかない異形の存在。その両目からは、クリスタルと同じ禍々しい紫色の光が放たれている。おそらく、この鉱山の異変が生み出した、あるいは呼び覚ましたボス級の魔物だ。
「あれが……この鉱山の異変を引き起こしているのか。そして、隊員たちは……!」
異変の元凶たる巨大クリスタル。それを守る強力な番人。そして、囚われた調査隊員たち。
絶望的とも言える状況を前に、俺は唇を噛み締めた。救助か、異変の元凶の破壊か、それとも一旦撤退か。
選択を迫られている時間は、あまり残されていないようだった。俺は隣のプルとリンドに視線を送り、覚悟を決めるべく、静かに息を吸い込んだ。




