束の間の休息と新たな旅立ち
腐蝕の沼から十分に距離を取り、鬱蒼とした森の中に確保した安全な場所で、俺たちは数日ぶりのまともな休息をとっていた。戦闘の興奮が冷めると、どっと疲労が押し寄せてくる。プルもリンドも、激戦の疲れからか、俺の傍らでぐっすりと眠りこけていた。
俺は【収納∞】の時間停止空間から保存食を取り出し、ゆっくりと咀嚼する。焼きたて同然のパンと、新鮮なままの果物。このスキルがなければ、今回の戦いはもっと過酷なものになっていただろう。
眠るプルとリンドの寝顔を見ながら、俺は先日の戦いを反芻していた。
(罠と奇襲はうまく嵌まった。プルとリンドの成長も著しい。だが……)
隊長『氷刃』。彼の剣技と氷の力は、斥候たちとは比較にならないほど鋭く、そして強力だった。今回は奇襲と混戦、そしてリンドの予想外の成長によってなんとか退けることができたが、万全の状態で、一対一で戦っていたらどうなっていただろうか。それに、本隊には魔法使いもいた。今回はうまく無力化できたが、次はもっと対策を練ってくるだろう。
(アルヴィンも関与しているとなると、追手はさらに強化される可能性が高い。俺たちも、もっと強くならなければ……)
経験値分配によるレベルアップはもちろん、時間停止空間をもっと戦闘に応用できないか? プルやリンドの潜在能力をさらに引き出す方法は? 課題は山積みだ。
今後のことを考えると、アッシュ村との関係も無視できない。あの村には短い間だが世話になったし、村長や女将さんには良くしてもらった。しかし、騎士団に目をつけられた以上、俺たちが村に戻れば、彼らに迷惑をかけることになるだろう。
(……一度、様子を見るだけ見てみるか)
数日後、体力が回復した俺たちは、アッシュ村の様子を遠くから窺うことにした。幸い、村の周辺に騎士団の気配はなかった。彼らは隊長の負傷と部隊の損害を受け、一旦撤退したのだろう。村は表面上、以前と変わらない穏やかな日常を取り戻しているように見えた。
俺はリンドとプルを森に残し、一人で人目を忍んで村へ近づき、信頼できる村長にだけ接触を試みた。夜更け、村役場の裏口をそっと叩くと、驚いた顔の村長が出てきた。
「レント君! 無事だったか! 心配しておったんじゃぞ!」
「ご心配をおかけしました。村長、騎士団は……」
「おお、あやつらなら数日前に撤退していったわい。何があったのか知らんが、ひどく消耗しておった様子じゃった。君が何かしたのかの?」
村長は探るような目つきをしたが、俺は曖昧に笑って誤魔化した。
「それより村長、俺たちはしばらくこの村を離れようと思います。俺たちがいると、また奴らを呼び寄せてしまうかもしれない」
「……そうか。寂しくなるが、それが賢明かもしれんのう。達者でな、レント君。君たちの武運を祈っておるぞ」
村長は俺の事情を察してくれたのか、それ以上は何も聞かなかった。彼は別れ際に、南の地域に関する情報をいくつか教えてくれた。「南には大きな鉱山都市があるらしい」「東の森の奥には、古代の遺跡群が眠っているという言い伝えもある」……。
(鉱山都市か、古代遺跡群……)
どちらも、新たな経験値稼ぎの場や、あるいは『星霜の結晶』に関する手がかりが見つかるかもしれない場所だ。俺は礼を言って村長と別れ、森へと戻った。
プルとリンドに村の状況と今後の計画を伝える。
「アッシュ村を離れて、南の鉱山都市を目指そうと思う。そこで力をつけ、情報を集め、来るべき時に備えるんだ」
二匹は力強く頷いた。
俺たちは最後の準備を整えた。【収納∞】には、これまでの戦いで得た素材や換金できそうなアイテム、そして十分な食料と水、野営具を詰め込む。斥候や兵士から奪った装備も、いずれ役立つ時のために整理しておいた。
翌朝、朝日が昇る頃、俺たちはアッシュ村に背を向け、南へと続く道なき道を進み始めた。振り返ることはしない。感傷に浸っている暇はないのだ。
(待っていろ、氷刃……そしてアルヴィン。俺たちは、もっと強くなって必ず戻ってくる)
胸に新たな決意を刻み、俺は前を見据える。隣には、どんな困難も共に乗り越えてきた、世界で一番頼りになる仲間たちがいる。
追放から始まった俺の物語は、復讐と成り上がりだけではない、もっと大きな何かへと繋がり始めているのかもしれない。
希望と、そして確かな力を胸に、俺たちの新たな旅が、今、始まった。




