もふもふの可能性
雨上がりの森を、俺は小さな相棒と共に歩いていた。手のひらに乗るほどの大きさの、青くてもふもふとしたスライム。昨日出会ったばかりだが、すでに愛着が湧いている。
「お前、名前がないとな。そうだな……鳴き声が『ぷる』って感じだから、『プル』っていうのはどうだ?」
「ぷる!」
俺の提案に、プルは嬉しそうに体を震わせた。どうやら気に入ってくれたらしい。
「よし、プル。これからよろしくな」
「ぷるぷる!」
手のひらの上で跳ねるプルを見ていると、追放されたばかりの鬱々とした気分が少し晴れる気がした。しかし、感傷に浸ってばかりもいられない。まずは、このプルを強くしなければ。そして、俺自身も生き抜く術を見つけなければならない。
幸い、俺には【収納∞】と、その隠された能力『経験値貯蓄』がある。
(まずは、経験値を貯めるところからだな)
この『経験値貯蓄』は、俺が得た経験値の一部をスキル内にストックできる能力だ。ストックした経験値は、俺自身がレベルアップに使うことも、他者に譲渡することもできる。パーティーにいた頃は、微々たる量だがアルヴィンたちに分配していた。そのせいで俺自身のレベルはほとんど上がっていなかったが……もう気にする必要はない。
(問題は、なぜ俺の【収納∞】が『大した量も入らないゴミスキル』だと誤認されていたかだ。無限のはずなのに……もしかしたら、スキル自体に何らかの認識阻害効果でもあるのかもしれないな。まあ、好都合か)
おかげで追放されたわけだが、逆に言えば、スキルの本当の力を知られずに済んだとも言える。
考え事をしていると、前方の茂みがガサガサと揺れた。現れたのは、緑色の肌をした小鬼――ゴブリンだ。それも一匹だけ。好都合だ。
「プル、ちょっと待ってろ」
プルを近くの木の根元にそっと降ろし、俺は腰に下げたショートソードを抜いた。追放時に渡された、なまくら同然の剣だ。それでも、ゴブリン一匹くらいなら、レベル1の俺でもなんとかなるはず。
「グギャ!」
ゴブリンが錆びた棍棒を振りかざして突進してくる。動きは鈍い。俺は冷静にそれを見極め、ひらりと身をかわすと同時に、がら空きになった胴体へ剣を突き刺した。
「グゲッ……!」
短い悲鳴を上げ、ゴブリンは糸が切れたように倒れ伏し、やがて塵となって消えた。脳内に、わずかな経験値が入った感覚が伝わる。
《経験値を10獲得しました。経験値の一部を【収納∞】に貯蓄しますか?》
スキルが発動し、俺に問いかけてくる。
(よし、貯蓄だ)
《経験値5を【収納∞】に貯蓄しました。現在の貯蓄経験値:5》
獲得経験値の半分を貯蓄できるらしい。これは思った以上に効率がいいかもしれない。
「ぷる!」
木の根元からプルが駆け寄ってくる。俺はプルの前にしゃがみ込んだ。
「よし、プル。今貯めた経験値をお前にやるぞ」
俺はプルに意識を集中し、『経験値貯蓄』から経験値を分配するイメージを描いた。
《貯蓄経験値5を対象[スライム(プル)]に分配しますか?》
(はい)
《経験値5を分配しました。対象[スライム(プル)]はレベルアップしました!》
分配した瞬間、プルの体が淡い光に包まれた! 光が収まると、プルは一回り……いや、ほんのわずかだが、確かに大きくなっている。そして、もふもふ感がさらに増した気がする。
「ぷるぷる~!」
プルは嬉しそうに俺の周りをぴょんぴょんと跳ね回る。レベルアップしたことで、動きも心なしか機敏になったようだ。
「すごいな、プル! これならどんどん強くなれるぞ!」
俺は興奮しながら、その後も森の中で比較的安全な魔物を狩り続けた。ゴブリン、ビッグアント(巨大蟻)、ホーンラビット(角付き兎)……。レベルの低い魔物ばかりだが、着実に経験値を貯蓄し、その都度プルに分配していく。
プルのレベルは面白いように上がり、体も少しずつ大きくなっていく。そして、レベルが5になった時、変化が起きた。
「ぷしゅー!」
プルが口(らしき部分)から、小さな水の塊を勢いよく発射したのだ! 水塊は近くの木の幹に当たり、ぱしゃんと音を立てて弾けた。威力はほとんどないが、間違いなく魔法の類だ。
「すごいぞプル! 《水弾》か!?」
普通の最弱スライムが覚えるとは思えないスキルだ。もしかして、プルはただのスライムではないのかもしれない。経験値を与えたことで、その潜在能力が引き出されたのだろうか?
(この調子なら、プルはかなり強くなるかもしれない……!)
期待に胸を膨らませていると、不意にプルが俺の外套の裾を引っ張り、ある方向を指し示した(ように見えた)。
「ぷるっ、ぷるるっ!」
何かを訴えかけているようだ。プルが示す方向――森の奥深くからは、微かに、だが確かな魔力の波動のようなものを感じる。
「あっちに何かあるのか?」
「ぷる!」
プルは力強く頷いた。もしかしたら、何か特別な場所なのかもしれない。あるいは……危険な場所か。
少し迷ったが、俺はプルの感覚を信じてみることにした。このもふもふの相棒は、ただ可愛いだけではない、特別な何かを持っている気がするのだ。
「よし、行ってみよう。プル、案内してくれるか?」
「ぷるるー!」
プルは元気よく跳ねると、先導するように森の奥へと進み始めた。
追放された俺と、もふもふスライムの新たな冒険が、今、本格的に始まろうとしていた。その先に、伝説との出会いが待っていることも知らずに――。