ゴミスキルと追放宣告
「レント、お前は今日限りでクビだ」
ひび割れた声が、薄暗い酒場の個室に響いた。声の主は、俺が所属するパーティー『竜牙の閃光』のリーダー、勇者アルヴィン。金色の髪をかき上げ、まるでゴミでも見るかのように俺を蔑んでいた。
「え……?」
突然の宣告に、俺は言葉を失う。アルヴィンの隣では、聖女のリリアナが冷たい視線を向け、魔法使いのゼノは鼻で笑っている。壁際に立つ大剣使いのゴードンは、興味なさそうに爪を磨いていた。誰も、俺を助けようとはしない。
「理由はわかるな? お前のスキル【収納∞】は、所詮ただの荷物持ちスキルだ。それも、大した量も入らない。戦闘では何の役にも立たん」
「そ、そんな……俺は今まで、皆さんのためにポーションや素材を運んで……」
「うるさい! そんなものは誰にでもできる! 我々『竜牙の閃光』は、魔王討伐を目指す精鋭パーティーだ。お前のような“ゴミスキル”持ちに割くリソースはない!」
アルヴィンがテーブルを叩きつける。びくりと肩を震わせる俺に、聖女リリアナが追い打ちをかける。
「レントさん、あなたのせいで探索の効率が落ちているのは事実ですわ。もっと強力な攻撃魔法を使える方や、回復魔法を補助できる方がいれば……」
「そういうことだ。お前の代わりなどいくらでもいる。さっさと荷物をまとめて出ていけ。これは決定事項だ」
有無を言わせぬアルヴィンの言葉に、俺は唇を噛みしめるしかなかった。
【収納∞】――神から与えられた俺のユニークスキル。確かに、その名の通りアイテムを収納するだけの能力だ。収納できる容量は文字通り無限大なのだが、なぜか周囲には「大した量も入らない」と誤認されている。理由はわからないが、訂正する機会もないまま、俺はずっと『荷物持ち』として扱き使われてきた。
だが、このスキルの本当の価値は、ただの『収納』だけじゃない。
(……まさか、こんな形で追放されるなんてな)
悔しさと怒りがこみ上げてくるが、ここで反論しても無駄だろう。彼らは最初から俺を追い出すつもりだったのだ。俺は黙って立ち上がり、なけなしの装備と、パーティー共有の荷物(もちろん俺が【収納∞】で運んでいたものだ)を床に降ろした。
「……今まで、お世話になりました」
絞り出した声は震えていた。誰も返事をしない。俺は彼らに背を向け、逃げるように酒場を後にした。
* * *
王都の門を抜け、人気のない街道を歩く。所持金はわずか。装備も最低限。これからどうすればいいのか、全く見当もつかない。
雨が降り始め、みすぼらしい外套がじっとりと濡れていく。惨めな気持ちで空を見上げた時、ふと自分のスキル【収納∞】のことを思い出した。
(……無限の収納スペースだけじゃない。このスキルのもう一つの力……『経験値貯蓄』。パーティーに貢献したくて隠していたけど、もう遠慮する必要はない)
【収納∞】には、副次的な能力として、自分が戦闘や行動で得た経験値の一部を、スキル内に『貯蓄』できる機能がある。そして、貯蓄した経験値は、自分自身や他者に任意で『分配』することが可能なのだ。
これまではパーティーメンバーに貢献しようと、こっそり彼らに経験値を分配していた時期もあった。だが、彼らはその恩恵に気づくどころか、俺を無能と罵った。
(もう、あいつらのために使う必要はない。この力は、俺自身のために使う)
決意を新たにした、その時だった。
街道脇の茂みから、か細い鳴き声が聞こえてきた。
「……ぷる?」
覗き込んでみると、そこには雨に濡れて震える、小さな青いスライムがいた。普通のスライムとは違い、なぜか表面がふわふわとした毛で覆われているように見える。いわゆる『もふもふ』というやつだろうか?
そのスライムは、弱々しく俺を見上げ、小さな声で鳴いた。
「ぷるぷる……」
その姿は、まるで追放されたばかりの今の俺自身を見ているようだった。
俺はそっと手を伸ばし、そのもふもふスライムを手のひらに乗せた。ひんやりとしているが、確かに生きている温かさを感じる。
「……大丈夫か? 俺と一緒に行くか?」
問いかけると、スライムは「ぷる!」と元気よく鳴き、俺の指にすり寄ってきた。
孤独な追放の旅路に、初めて仲間ができた瞬間だった。俺はこの小さくてもふもふな相棒と共に、新たな道を歩き出すことを決意した。
(まずは、この子を強くしてやらないとな。俺の『経験値』で――)
俺の【収納∞】スキルが、真価を発揮する時が来たのだ。