表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

動物園

作者: 雉白書屋

 夕方。友人の大寺と飲みに行く予定だったのだが、奴が目当てにしている飲み屋はまだ開いていないらしい。どうしたものかと考えていると、近くに動物園があるというので、おれたちはそこで時間をつぶすことにした。

 入場券を買い、中に入って、喋りながら歩いていると、突然大寺がブフッと笑った。おれは訊ねた。


「どうしたよ」


「ふ、ふははっ、あの虎、見てみろよ」


「ん? 虎?」


 虎の檻に目を向けると、おれは納得した。


「フラミンゴみたいだろ? ふふっ、虎なのにさぁ」


 大寺はそう言って、また笑った。


「いや、フラミンゴは一本足で立てるだろ。あいつには無理だろうな」


「ふはは!」


 その虎は右の前足と左の後ろ足がなく、身を縮めて立っているのである。


「それはそうと、虎はあいつ一匹しかいないのかよ。おいっ、おいっ、ガウッ!」


「何してんだ?」


「驚いたらひっくり返るかなと思ってさ」


「はははっ」


 おれたちは檻を叩いたり、石を投げてみたりしたが、届かなかった。虎は一度こちらをちらりと見ただけで、あとは痴呆老人のように一点を見つめて動かないので、飽きて他を見て回ることにした。すると少しして、また大寺の奴が噴き出した。


「今度は何だ?」


「あれ、あの鷹を見ろよ」


「ん?」


「ほら、目、目」


「目? ああ、大きな傷跡があるな。ん? 両方とも潰れているのか?」


「しーっ……あああおおおおおっ!」


「うおっ、あ!」


「ははは! 檻にぶつかりやがったぞ! ははは!」


「ははは、でも急に大声出すなよ」


「だが、今度はうまくいったなぁ。ひひひ、あいつ、目が見えないんだ。鷹なのになぁ、ふははは!」


「ははははは! ……おい、あの象を見てみろよ」


 おれたちは象舎に向かった。


「ひひひ、こ、こいつ、鼻短っ! ははは!」


「インポゾウだな」


 その後も園内を見て回ったが、そこにいる動物たちはどれもこれも変なものばかりだった。ゴリラは片腕がなかったし、カバは歯がなく、キリンは首が短く、ワニは顎がない。カンガルーは子供を入れる袋がだらんと垂れ下がっていて、おれたちはそれを見て、反出生主義者だと笑った。


「はーあ、おっ、あれトキだとよ」大寺が看板を見て、そう言った。


「トキってあの国鳥の? なんか違わないか?」


「トキって国鳥だっけ?」


「さあ? いずれにせよ、これは偽物だろう。ほら、顔の部分の色が落ちている。飼育員が塗ったんだろうな」


「本当だ。しかし、せっかく塗ったのに顔色を変えているようじゃ、駄目だな」


「ああ、政治家を見習え」


「ははは、まったくだ。こいつ、飛べないみたいだな。おっ、あっちのネズミはひどい見た目だな」大寺が向かい側にあるガラスケースを見てそう言った。


「ハダカデバネズミだ。それはもともとそういうやつだな」


「おーおー、親を恨めよぉ」


 横長で透明なケースにぎゅうぎゅうに詰め込まれたネズミたちを見て、おれたちは「満員電車みたいだ」と笑った。その時だった。キイキイと耳障りな音が聞こえてきて、おれたちはそちらを向いた。


「おいおい! 熊が車椅子に乗ってるぞ!」


 大寺が指をさしてそう言った。あの音は車椅子のもののようだ。


「サーカスの熊じゃないよな。檻から出していいのかよ」


 熊は前足でゆっくりと車椅子を動かし、園内を進んでいた。


「自由に動けないから大丈夫なんだろう」


「自由とは何だろうな。しかし、轡もしていない。もし客が噛まれたらどうするんだ」


「まあ、噛みつきはしないだろ。絡まれはするかもしれないがな」


「おっ、吠えたぞ。どうやら階段を上がりたいみたいだ」


「おっ、犬が寄ってきた。『向こうにスロープがあるから、そちらからどうぞ』だとさ」


「首を振っているぞ。嫌みたいだ。困った熊だな」


「おお、犬が集まり始めたぞ。持ち上げて運ぶみたいだが、何キロあるんだろう。あれは、たぶんマレーグマだよな」


「いいや、クレーマーグマ」


「ははははは!」


「ふふふっ、さあ、そろそろ出よう。思ったより楽しめたな」


 と、おれが言った。もう日が暮れかけていた。


「ああ、安く入れたしな」


「はははっ、悪いやつめ。ふふ、はははっ、その歩き方、ははははっ」


 おれは大寺の歩き方を見て笑った。


「あー、ふははは! お前もやっとけ、やっとけ。障害者じゃないとバレたら、追加料金を払わされるぞ。ははははは!」


 おれたちは足を曲げて出口に向かった。「ゾンビみたいだなぁ」と二人で笑っていると、ハエが集ってきた。大寺は手をくねくねさせてハエを追い払った。おれはその様子を見てまた笑い、大寺も笑った。

 しかし、出口が見えたところで、後ろからひょいと抱えられて檻に入れられてしまった。

 おれたちはアライグマになっていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ