動物園
夕方。友人の大寺と飲みに行く予定だったのだが、奴が目当てにしている飲み屋はまだ開いていないらしい。どうしたものかと考えていると、近くに動物園があるというので、おれたちはそこで時間をつぶすことにした。
入場券を買い、中に入って、喋りながら歩いていると、突然大寺がブフッと笑った。おれは訊ねた。
「どうしたよ」
「ふ、ふははっ、あの虎、見てみろよ」
「ん? 虎?」
虎の檻に目を向けると、おれは納得した。
「フラミンゴみたいだろ? ふふっ、虎なのにさぁ」
大寺はそう言って、また笑った。
「いや、フラミンゴは一本足で立てるだろ。あいつには無理だろうな」
「ふはは!」
その虎は右の前足と左の後ろ足がなく、身を縮めて立っているのである。
「それはそうと、虎はあいつ一匹しかいないのかよ。おいっ、おいっ、ガウッ!」
「何してんだ?」
「驚いたらひっくり返るかなと思ってさ」
「はははっ」
おれたちは檻を叩いたり、石を投げてみたりしたが、届かなかった。虎は一度こちらをちらりと見ただけで、あとは痴呆老人のように一点を見つめて動かないので、飽きて他を見て回ることにした。すると少しして、また大寺の奴が噴き出した。
「今度は何だ?」
「あれ、あの鷹を見ろよ」
「ん?」
「ほら、目、目」
「目? ああ、大きな傷跡があるな。ん? 両方とも潰れているのか?」
「しーっ……あああおおおおおっ!」
「うおっ、あ!」
「ははは! 檻にぶつかりやがったぞ! ははは!」
「ははは、でも急に大声出すなよ」
「だが、今度はうまくいったなぁ。ひひひ、あいつ、目が見えないんだ。鷹なのになぁ、ふははは!」
「ははははは! ……おい、あの象を見てみろよ」
おれたちは象舎に向かった。
「ひひひ、こ、こいつ、鼻短っ! ははは!」
「インポゾウだな」
その後も園内を見て回ったが、そこにいる動物たちはどれもこれも変なものばかりだった。ゴリラは片腕がなかったし、カバは歯がなく、キリンは首が短く、ワニは顎がない。カンガルーは子供を入れる袋がだらんと垂れ下がっていて、おれたちはそれを見て、反出生主義者だと笑った。
「はーあ、おっ、あれトキだとよ」大寺が看板を見て、そう言った。
「トキってあの国鳥の? なんか違わないか?」
「トキって国鳥だっけ?」
「さあ? いずれにせよ、これは偽物だろう。ほら、顔の部分の色が落ちている。飼育員が塗ったんだろうな」
「本当だ。しかし、せっかく塗ったのに顔色を変えているようじゃ、駄目だな」
「ああ、政治家を見習え」
「ははは、まったくだ。こいつ、飛べないみたいだな。おっ、あっちのネズミはひどい見た目だな」大寺が向かい側にあるガラスケースを見てそう言った。
「ハダカデバネズミだ。それはもともとそういうやつだな」
「おーおー、親を恨めよぉ」
横長で透明なケースにぎゅうぎゅうに詰め込まれたネズミたちを見て、おれたちは「満員電車みたいだ」と笑った。その時だった。キイキイと耳障りな音が聞こえてきて、おれたちはそちらを向いた。
「おいおい! 熊が車椅子に乗ってるぞ!」
大寺が指をさしてそう言った。あの音は車椅子のもののようだ。
「サーカスの熊じゃないよな。檻から出していいのかよ」
熊は前足でゆっくりと車椅子を動かし、園内を進んでいた。
「自由に動けないから大丈夫なんだろう」
「自由とは何だろうな。しかし、轡もしていない。もし客が噛まれたらどうするんだ」
「まあ、噛みつきはしないだろ。絡まれはするかもしれないがな」
「おっ、吠えたぞ。どうやら階段を上がりたいみたいだ」
「おっ、犬が寄ってきた。『向こうにスロープがあるから、そちらからどうぞ』だとさ」
「首を振っているぞ。嫌みたいだ。困った熊だな」
「おお、犬が集まり始めたぞ。持ち上げて運ぶみたいだが、何キロあるんだろう。あれは、たぶんマレーグマだよな」
「いいや、クレーマーグマ」
「ははははは!」
「ふふふっ、さあ、そろそろ出よう。思ったより楽しめたな」
と、おれが言った。もう日が暮れかけていた。
「ああ、安く入れたしな」
「はははっ、悪いやつめ。ふふ、はははっ、その歩き方、ははははっ」
おれは大寺の歩き方を見て笑った。
「あー、ふははは! お前もやっとけ、やっとけ。障害者じゃないとバレたら、追加料金を払わされるぞ。ははははは!」
おれたちは足を曲げて出口に向かった。「ゾンビみたいだなぁ」と二人で笑っていると、ハエが集ってきた。大寺は手をくねくねさせてハエを追い払った。おれはその様子を見てまた笑い、大寺も笑った。
しかし、出口が見えたところで、後ろからひょいと抱えられて檻に入れられてしまった。
おれたちはアライグマになっていた。