第九話『今日もまた誰かオトメのピンチ』
チリン、という鈴の音に、私は目を覚ました。
意識が覚醒するのと同時に、黄ばんだ羊皮紙を模したウインドウが、網膜に現れる。
『新たなスキルを獲得しました』
スキル
道具作成New!
アイテム作成New!
ポーション作成New!
クラフターNew!
なるほど__どーやらある程度の回数その行動を繰り返すか、成功させると、スキルとして獲得できるらしい。
と言うか__どこだろう、ココ……?
真っ暗だ。
それに、いつの間に眠ってしまったのだろうか?
__はて? 確か、何かあったよーな……?
「ううっ……」
起きあがろうとして__動けなかった。
「んんっ……?」
両手足が動かない。
「ふがっ⁉︎ ほへっ⁉︎」
口も塞がれている。
「へへへ……よーやくお目覚めかい、お嬢ちゃん?」
目の前から、そんな男のがらがらと喉に絡むような声が聞こえた。
「はっ、はへ……⁉︎」
「おおっと、大人しくしときな? なぁに、イイ子にしときゃ、悪いようにはしないから、よ」
思い出した__後ろから突然、煙幕弾を放たれたんだ……。
恐らく、睡眠薬でも混ざっていたのだろう。
煙を吸い込んだ私は、そのまま意識を失ったらしい。
「……ひーほは?」
「あん?」
「ひーほ! ほはへ!」
「ああ、お嬢ちゃんのペットなら__」
ごそり、と、男が動く気配がした。
「ほれ、このとおりぐっすりさ」
何か固い物を床に置く音が、目の前からした。たぶん、檻だ。
どーやら、また檻に入れられてしまったらしい。
「ひーほ? ひーほっ! おひへっ!」
『……うっ……』
ヒートは小さく呻き声をあげる。
『おや……これは大変だ』
ちっとも大変そうには思えないくらい、のんびりとした口調でヒートは呟いた。
同時に、ヒートは私と感覚を共有してくれた。
彼の視界を借りることで、私たちがいま何処にいて、なにが起きているのか、よーやく理解できた。
__松明が至る所に焚かれた、地下墓地だった。
目の前に、長い金髪を垂らした、細い手足に細い頸の、頭身の低い美少女__つまり私が、縄で拘束されている。
目と口を布で塞がれ、両手は後ろ手に、両足も一纏めに揃えて縛られている。
「な、なあ……コイツ、ほんっとーに人間なんだろーなぁ?」
私を覗き込んでいた男に、別の男が声をかける。
「ああん?」
怪訝そうにそちらを向く男に合わせてヒートが視線を移すと、そこには四人くらいの男性が、焚き火を囲むようにして座っていた。
どの男たちも短髪にヒゲ面で、筋骨逞しい。
ゴロツキ、チンピラ、アウトサイダー……そんな単語が、頭をよぎった。
「だっ、だってよお……どーにもソイツ、人間離れしてるって言うか……まるで人形みてぇじゃねえか」
その言葉に、ふん、と私の目の前にいる男は鼻を鳴らし、
「なら確かめてみるか」
言いながら、私の肩を掴んだ。
「……へ?」
確かめるって、なにを__
突然の浮遊感のあと、私は焚き火の前へ、仰向けに叩きつけられた。
「は……う!」
背中を打ち、呼吸が止まる。
「た、確かめるってお前、何する気だよ?」
「ンなモン決まってらあ……このお嬢ちゃんの服ひん剥いて、人間かどーか確かめんのさ。具合をな。啼かなかったら人形、啼いたら人間って感じで勘定すりゃ文句ねぇだろ?」
ゾッと、血の気が引いて鳥肌が立った。
「おい、ソイツ貴族の娘かもしんないんだろ? 身代金たんまり貰うんじゃなかったのか?」
「そーだよ、どーすんだよ身代金は!」
「ヤるんだったら、せめて家の名前を聞いてからにしとけ」
彼らのやり取りに、なんとなく状況が見えてきた。
つまり私はどこかの貴族の娘に間違えられて__
今まさに貞操の危機に瀕していて__
そして誰も止めてくれないと__
「やっ……ひーほおっ! はふへへぇーっ!」
あらん限り、私は叫んだ。目隠し越しにちょっと目尻が涙で滲んだのは、ナイショだ。
『判った』
応えた声と、ボンッ、と何かが爆ぜるお腹に響く音が、同時に聞こえた。
「なんだっ⁉︎」
「檻が……檻がひとりでに燃えやがった!」
「ひっ……ひぃぃぃぃ⁉︎ や、やっぱりコイツ、人なんかじゃ……!」
「おいおい! このトカゲもしかして魔物かっ⁉︎」
「おい! いいから早く消せ!」
男達が口々にわめくその間を縫って、檻を壊したヒートは私の元へと一瞬で現れた。
『ちょっと熱いよ』
言いながら、私を拘束している縄を燃やす。
解放された私は、むしり取るように目と口を覆う布を外し、立ち上がる。
このまま逃げれば良かったのだが__なんだかむくむくと、怒りが込み上げてきた。
__おのれ許さん……!
どん、と床を蹴り、私は跳躍した。
「あっ! てめっ……」
私が着地したのは、最初に話しかけてきた男の目の前だった。
「……歯ぁ喰いしばれ……!」
腰を落とし、右の拳を近くにいた男の腹に向かって突き込む。
「“海龍破”ぁ______っ‼︎」
叫びに続いて、私の右腕が、魔力の閃光に包まれた。
炸裂するかのように噴き出した水圧が、物凄い勢いで一直線に伸びる。
叫び声を上げる暇なく、男は壁へと叩きつけられた。
「ひあぁ……っ!」
私は軽く放心状態の男たちへ、一気に間合いを詰める。
まず一人目は、フィンガージャブと呼ばれる三本貫手で喉元を突く。
「うぐっ⁉︎」
喉を押さえながら前屈みになったところへ、サイドキックを叩き込む。
二人目は顔面に向けて飛び膝蹴りを放ち、三人目は関節蹴りをしたのち押し蹴りで吹き飛ばした。
「ふんっ!」
唇を引き結び、繰り出した肘打ちが、抉るように四人目に炸裂する。
『容赦ないね』
いつの間にか私の肩に留まったヒートの言葉に、
「年端も行かないホムンクルスを怖がらせた罰だよ」
腰に手を当てて、私は鼻を鳴らした__