第六話『名前の無い怪物たち』
私が錬成された場所は、森の中に、ぽつん、と建てられた小屋の地下にあった。
湿地帯なのか、妙に水辺が多い。
上を見上げれば、見たことがないくらい綺麗な青すぎる空。
フィトンチッドたっぷりな、森独特の香り。虫や動物のさえずり。
『ところでキミ、名前は?』
今さら過ぎることを、サラマンダーは言ってきた。
「……あなたこそ、名前はあるの?」
自分のとは思えないほど舌っ足らずの可愛らしい声で、どこか疲れた様に、私は言った。
見ているのは、鏡のように透き通った水面に映った自身の姿。
外見と身長は人間の女性__いや、中学生くらいの少女に、よく似ている。
腰まで伸びた長い金髪に、漂白されたかのように真っ白な肌。サファイアみたいに青い瞳と、鼻や輪郭が整った顔立ち。
どーにも人間離れした、人形みたいな姿だ……自分で言うのもなんだが。
『ボクはヒートだよ。キミは?』
「……そう。じゃあヒート。悪いケド、名乗る前にコレ、隠したい。眼帯、欲しい」
言って、私は自分の目を指差した。
左目は青いのだが、右目には【赤きティントゥクラ】が埋め込まれているため、ルビーの色をしている。しかも、眼窩から突き出ているため瞼が閉じれない。
正確に言うと、白目の部分が黄色くて、瞳の部分が赤い……コレ、けっこう目立つ。
もうすでに、そう言ったデザインの眼帯をつけているみたいだ。
__まあ判りやすく言うと、片目だけ映画の最後に『アイルビーバック』って言って親指たてながら溶鉱炉に沈んでいったロボットみたいになっているワケで……。
あ、ちなみにちゃんと見えてはいる。
「……ん?」
ヒートから眼帯を受け取っている最中、
『【火蜥蜴の眼帯】を装備しました』
そんなウインドウ表示を横目に、水辺に生えた葦が目に飛び込んできた。
「…………」
私はしばらく考えてから口を開いた。
「名前、は……カノン」
語源はギリシア語の葦。
イネ科の多年生植物で、音楽においては厳格なルールによって書かれたメロディの名前で、音楽には関係ないが、大砲という意味でもある。
本名を名乗ろうと思ったのだが、なぜだか思い出せなかった。
ちなみに英語では一般的にリードと呼ばれている。
『良い名前だね。よろしく、カノン』
言いながら目の前をホバリングするヒートは、小さな前肢をこちらへと差し出してきた。
「……うん。よろしく、ヒート」
私は、彼の小さなその手を握り返す。
『新たなスキルを獲得しました』
スキル
【精霊使役】New!
【火の精(合成獣)との絆】New!
【感覚共有】New!
軽やかな鈴の音と共に、私の脳裏にそんなウインドウが表示され、ヒートと見えない糸で繋がっている感覚を覚えた。
『なるほど。ボクとキミはパートナーになったみたいだね』
「判るの?」
『感覚でね』
さて、と呟いたヒートは、私の肩に留まる。
皮膜を畳めばその姿は、ちょっと大きめのアカカブトトカゲに似ている。
『取り敢えず、この森からは出た方がいい。あの錬金術師が追ってくるだろうし、ここは彼のナワバリだ』
「うん」
自転車に乗って、森の奥へと続く道を進む。
森を抜けると、広々とした草原がみえてくる。
遠くに見える赤土の街道では、商人を乗せた馬車や旅人が行き来していた。
『取り敢えず誰かに、近くの街の場所を教えて貰おう』
頷いた私は、人が往来する赤土の街道まで向かった__