第四十話『月夜噺』
街が眠りについた真夜中。
私はお姉ちゃんがお風呂に入っている間に、一人で月明かりが降り注ぐ屋根の上に登った。
「あっ……待って! 逃げないで」
私に気づいて去ろうとする先客たちを呼び止める。
「私は旅の錬金術師だけど、ホムンクルス。人間じゃない。あなたたちにちょっと聞きたい事があるだけ」
漁業が盛んだからなのか、それとも何かしらの理由があるからか、この港町には猫がたくさんいた。
あとは、まあ、外海から吹き付ける風にでも乗って来たらしい。風の精もたくさんいた。
と言っても、みんながみんなハヤテと同じイタチみたいな姿をしているわけではなかったが__
みんな普段は透明になっていて人間の目には見えないが、その姿は細っそりとした穏やかで美しい人間の少女に似ている。
『こんばんは、可愛らしいお嬢さん。あなたがあの精霊たちのお友達ね?』
「うん。そう」
頷く相手は、私の髪を楽しそうに弄る風の精の少女。
いつだったか私が初クエストで叩きのめした魔導士の言っていた通り、やはりハヤテは『特殊個体』と呼ばれる系統の風の精なのだろう。
『それで? 俺たちに何が聞きたい?』
「この街とこの辺りの海域で起きた事」
屋根の上で仲間とのんびりお月見をしていた猫に、私は答える。
魔術師の間では、風の精の話は風の如しと言われるくらい話題は瞬く間に拡がり、また猫の噂話は地球の裏側にまで届くと言われている。
まぁ、どちらも『耳が早い』。人間以上に情報通なのだ。
それこそ、隣の家の晩御飯から国家機密まで。人間が知らないだけで、隠し事は彼らには全て筒抜けだったりする。
なので__
私は精霊と猫を使った『六次の隔たり』を思いついた。
……え? 六次の隔たりって何かって?
コレは全ての人や物事は6ステップ以内で繋がっていて、友達の友達……を介して世界中の人々と間接的な知り合いになることができる、という仮説。
まあ、そうだな……私が転生する前に居た『現実世界』でいうところの、SNSみたいなモノ、かな?
__うん、そんな感じだ。
私の場合は風の精と猫の間に私を挟み、最終的に街中の話題や噂話が私の元に帰ってくるようなサイクルにしてみた。
ちなみに風の精は兎も角、猫と喋れる理由は、常時発動している私の生来スキル【言語翻訳機能】のおかげ。
『良いわよ、可愛い錬金術師さん』
『ふん、月見の肴にゃ丁度いいか』
ぽつり、ぽつり、と。ふたりは話し始めた。
今現在、この港町……というか、最近この海域全体では、とある事件が起きているらしい。
事の始まりは数年前__この辺りで幅を利かせ暴れ回っていた海賊の大船団が、突如その姿を消した。
冒険者や国の軍隊に討伐された訳ではなく、その存在が丸ごとごっそりと抜け落ちたかのように居なくなったらしい。
何が起きたのか誰も判らないまま、漁師たちは平穏な暮らしを送っていた。
海賊がいなくなった事で、安心安全に商売ができると判断した商人たちがこぞってやって来て、結果この辺りの海域は貿易が盛んになり、人々の往来も多く豊かになった。
『私たち精霊や猫は判ってたけど、その頃からこの辺りに漂ってた魔力の質がちょっとおかしくなったことに、人間たちは気づいてなかったわ』
それからしばらくして__今度は、海に棲まう凶暴な魔物の姿が、忽然と消えた。
もちろん、冒険者や軍隊が討伐に向かったという知らせはない。
漁師たちは疑問に思い、怯える者もいたらしい。兎に角、海は完全に平和になった。
『美味い魚が増えて、おこぼれが貰えるってんで、俺たちも喜んださ……でも長くは続かなかった』
そして今から半年くらい前__異変が起きた。
幽霊船と、凶暴な魔物が現れるようになったのだ。
『人間が勝手に言ってるだけで、魔物の子はむしろ良い子よぉ……ちょっと、アレだけど』
『ヤベェのは幽霊船の方だって聞いたぜ。何たって、数年前に消えた海賊の大船団なんだからな』
「じゃあ、船を襲ったのは幽霊船?」
いや、とふたりは首を横に振る。
『魔物の方だ』
『あの子ちょっと不器用だからぁ……たぶん、幽霊船から人間を守ろうとしたんじゃないかしら?』
__ふむ。
顎に手を当てて、ちょっと考える。
幽霊船の動向は判らないが、ひとつだけ明らかな事がある。
幽霊船側にとっても、人間側にとっても、その魔物が邪魔って事。
むしろ魔物は人間側を守ろうとしているので、誤解さえ解ければ味方についてくれると思う。
問題は__魔物と人間の言葉が通じてないこと。
コレさえ解決できれば、あとは幽霊船の動向だけだ。
それに__たぶん魔物は、幽霊船について何か知っている。だから、他の船が近づかないようにしているんだと思う。
「……ありがと、教えてくれて」
『またいつでも呼んでね。今度はお友達も連れて、たくさんお喋りしましょ』
『今度は昼間にでも声掛けな、お嬢ちゃん。日向ぼっこするにゃちょうどいい場所、教えるぜ』
そう言って、ふたりは去って行った。
「……ん〜……」
長い髪を潮風に乱されながら、私は水平線の彼方を見遣る。生来スキル【暗視】のおかげで、本来なら真っ暗闇の海面も、ソレ自体が淡い光を放っているかのようにハッキリくっきり見える。
足首まで届くロングコートの裾が、夜風を孕んで膨らむ。
漁港に一隻の戦艦が今まさに錨を降ろす姿と__その遥か彼方の水平線に、一隻の不気味な船の影を確認した__
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