第三十九話『港町』
風の香りが変わったのは、青々と葉を生い茂らせた森林のトンネルを抜けてしばらくしてからだった。
仄かに、潮の匂いがする。
「うーん? ……海が近いのかな?」
髪を好き勝手に弄ぶ風も、何処と無く湿っぽい。
『はい、お嬢様。その先に小さな漁港がございます』
私の独り言に、ドクロの指輪のアクセサリーアイテム【骸骨執事のリング】と化したスミスさんが応える。
__海か。
そーいえば、いつぞや出会った冒険者パーティー【ぱろぷんて】のメンバーも、海に行くと言っていたよーな……。
『もしかしたら彼らが居るかもね』
「うん」
肩に乗るヒートの言葉に、私は頷く。
__また会えるかな? 会えたら良いな……。
段々とはっきり聞こえ始めた波の音を感じながら、自然と口角が上がる。
「この港町は確か海鮮料理が美味い事で有名だったな」
魔導機馬の手綱を引きながら、お姉ちゃんが言った。
『う〜……オイラ腹減ってきちまったぁ〜』
『魚は鉄分が多い。だから鉄喰いのサンドでも食べれるはずだ』
『サカナぁ〜? ソレってオイシイのお〜?』
『魚は焼いて良し、煮て良し、生で良しとどう料理しても美味いと聞くでござる』
ぐぅ、とスミスさん以外の全員のお腹が鳴った。
ペダルを漕ぐ力を強めながら、私たちは港町へと急いだ。
茜色に色づく街並みは、ほんのりと魚介の生臭さと潮風の香りが混じった独特の空気に満ちていた。
食料品の店舗が建ち並ぶ通りは港町だけあって、野菜や果物より海産物が多めだ。
何より、今朝あるいは昼間に水揚げされたばかりの新鮮な魚介類が瑞々しい。
『んまーっ! んまっ! うんまぁああああっ!』
『拙いな。ボクの想定以上の食欲だ。まさか此処まで今まで食べた事のない魚に興味を持つとは思わなかった。早く食べないと全部サンドに食べられてしまう』
『これ、サンド殿! 喰い過ぎでござる! 拙者たちの分も残されよ!』
テーブルの下でバケツに満載された生のニシンやタラ(規格外なので無料でくれた)を頭からバリバリガツガツ食べる精霊たちの会話を何となく聞き流しながら__
入店した手頃な料理屋でムニエルとカチュッコを頼み、黒パンと一緒に食べながら、なんとなしに周りを見渡す。
電気やガスが普及していないこの『幻想世界』の店内は、相変わらず獣油のランプの薄暗い灯りに照らされ、生臭さと塩っ辛い空気に混じって気の抜けたエールと安タバコの臭いで充満している。
そんな店内の至る所では、酒焼けと日焼けで赤黒くなった漁師たちの陽気で賑やかな胴間声が、点々と灯るオレンジ色の光の中から聞こえてくる。
「オイ、聞いたか? この辺りの海で物資を載せた商船が沈んだって話……」
「ああ、聞いた聞いた! 兵士の話じゃ、積んでた火薬に引火した事故だってさ……ひゃ〜、おっかねぇ〜!」
__ふむ?
何となしに、私は漁師たちの会話に耳を傾ける。
「でもさ、なんて言ったっけ? ほら、冒険者の……」
「ああ、ギルド連合だろ? 寄せ集めの冒険者同士の」
「そう! それ! ギルド連合! そいつらが護衛してたんだろ? だったらさぁ、アイツらが奪って火を着けたんじゃねえのか?」
ぐびり、と漁師の一人がジョッキに注がれたエールを飲み干す。
「あり得るなぁ……なんせ連中、腕っ節はからっきしなのに、金にはめっぽうキタナイっていう話じゃねえか」
「そんなんだからよ、海神サマのお怒りに触れたんだぜ、きっと」
辺りをはばからない笑い声を、漁師たちは上げる。
「待てよ? 待てよ待てよ? 確か連中『次は大型武装商船でぇー』とか言ってなかったか?」
串に刺さった牡蠣の燻製を頬張りながら、ジョッキを片手に漁師の一人が言った。
「オイオイオイオイ……するってぇとアレか? この海域に戦艦が来るってぇのか⁉︎」
「じゃあ明日は休みだなぁ」
「バァカ! 漁場が荒らされちまったら、俺たちゃしばらくおマンマに食いっぱぐれちまうだろがよぉ!」
再び『ひゃ〜、おっかねぇ〜!』と言って、男たちは震え上がる。
「どうした、カノン……あの会話が気になるのか?」
「……うん、ちょっとだけ」
別れ際【ぱろぷんて】のアルトくんは『でっかい船がある』と言っていた。
まぁ、彼らが辿った旅路を通っている訳ではないが、私は偶然的にあのパーティーが向かった西側に今いる訳で__
それにアルトくんの性格上、絶対なんらかの船には乗っているだろう。
何やかんや言ってアリアちゃんも乗りたがるだろう。
『アタシは乗りたくないけど、バカアルトがバカやらないか見張る為なんだからね!』
__という言葉が聞こえてきそうだし、実際、言ってそう。
となると、結果的に二人の保護者枠に入るニアちゃんもクリムさんも一緒に乗っているはず。
__まあ、あのメンバーが漁師たちが話題にしていたその『ギルド連合』とやらに参加していたという確証は無いのだが……何か、気になる。
確証は無い。無いのだが……。
困っている人の力になって助けるのが冒険者の仕事だと言っているあの人たちの性格上、
たぶん、
恐らく、
絶対、
確実に、
参加してる!




