第三十八話『火焔将軍』
声のした方を向くと、そこには湯立つ陽炎を纏った、一人の男が佇んでいた。
目にも鮮やかな赤髪は襟足が長く滑らかで、降ろした前髪から覗く黄鉛色の瞳は切れ長。
背が高く細身だが筋肉質な身体に纏うのは、黒い軍服と、肩賞が付いた同色のロングコート。
「ふん、ざまぁねえな。酔い覚ましに散歩してたら、この有様かよ」
赤熱したような真っ赤な刀身の長剣をだらりと片手にぶら下げ、気怠げな表情と態度で男は頸の裏を掻く。
『キミは……』
ホバリングするヒートが、彼には珍しく明らかに動揺したように唸った。
そんなヒートを見て、男も目を見開いた。
「……“不知火号”か。まだ生きてたんだな、お前」
しらぬい、ごう……?
思わず、ヒートの方を向く。
相変わらずの無表情だったが、何となく嫌そうな顔をしているように思えた。
『いくらキミでも、その名でボクを呼ぶ事は許さないよ“紅蓮号”。
ボクは“ヒート”だ。
前にも言ったけど、ボクは道具じゃない。もちろん、キミも』
「はっ! そのセリフそっくりそのまま返すぜ?
今の俺は四界の大王が将のひとつ。
“火焔将軍”【アカシャ】だ。
“紅蓮号”なんて二度と呼ぶんじゃねえ__お前だってわかってンだろ?」
__コイツ……ヒートの言葉がわかるのか。というか、会話からしてもしかしてふたりは知り合い……?
チラッと、アカシャは私の方に目線を向ける。
「お前がコイツの契約者か?
ふん、なるほどな……アイツに似てるな」
「え……?」
__アイツ?
『やめろッ‼︎』
声を荒げたヒートは『火のトカゲ』型の火球を放つ。
『彼女は関係ない……!』
迫り来る火球を避けもせず、片手で掴んで握り潰した男は、ふん、と鼻を鳴らす。
「__失せろ。此処は大王のお膝元だ」
長剣を持っていない方の手をひらひらと振りながら、アカシャは踵を返す。
「え、見逃してくれるの? ここはあなたたちにとって大事な兵器工場なんじゃないの?」
その言葉に、ふん、とアカシャは鼻を鳴らす。
「此処だけが臍の緒だと思うなよ、小娘」
肩越しに振り返りつつ、それに、とアカシャは続ける。
「たまたま知り合いが居たよしみで今回だけ見逃してやる。俺も酔ってて本調子じゃねぇしな。
__だが、次は無い」
じゃあな、と言って片手を上げた男は、揺らめく陽炎の彼方へと消えた。
__木漏れ日が降り注ぐ、正午前。
ヒートに聞きたい事は山ほどあったが、今は聞かない事にした。
今はそっとしておこうと思ったのと、そのうち話してくれそうな、そんな気がしたから__
__兎も角。
戦闘が終わった私たちは、スケルトンたちを埋葬しに採掘場から脱出した。
ちなみにドラゴンの骨で出来たゴーレム(残骸)は、素材アイテムに分解してインベントリ【錬金術師のカバン】と【壺中天の腕輪】の中に全部回収済みだ。
『感謝致します、お嬢様。コレで彼らもようやく安らぐ事が出来ます』
墓として掘った穴を埋めながら、スミスさんが呟いた。
「あなたはどうする? みんなと一緒じゃなくていいの?」
はい、とスミスさんは頷いた。
『私はカノンお嬢様と共にあります。何より、私がそうしたいのです。
ですのでどうか何なりとお申し付け下さい。私は……貴女の執事ですから』
「むぅ〜……判った」
コレはこちらが折れるしかないらしい。
私はスミスさんに手を差し伸べる。
「……これからよろしく、スミスさん」
『はい、お嬢様』
白手袋に包まれた手で握り返しながら、スミスさんは頷く。
名前:スミス
性別:男性
種族:人間→アンデッド(スケルトン)
属性:金
職業:使用人
階級:上級執事
これで正式に、私は彼と主従関係になった。
『なぁなぁ〜。オイラも一緒に着いてって良いかぁ〜? 友達もみぃんなどっか行っちまったしさぁ〜』
私を見上げながらてちてちコチラに歩いてくるサンドが呟く。
「うん。一緒に旅しよう」
しゃがんで手を差し伸べて、サンドを掌に乗せる。
『へへへっ。よろしく〜』
掌から肩に移った彼は、頬を擦り寄せてきた。人懐っこく笑うその顔が、可愛いと思った。
『主人殿。亡骸はあらかた埋葬し終えたでござる』
「取り敢えず一段落はしたな……結局、此処が何なのかは判らず仕舞いだが……」
「あ、そっか。お姉ちゃんは寝ちゃってたから知らないんだ……」
此処が『世界征服』をする為の兵器工場だったという事を。
四界の大王【スメラギ ミカド】、そしてその部下らしき男“火焔将軍”【アカシャ】。
__皇帝、ねぇ__
まさか実名なはずはないだろう。
だとしたら、この世界には似合わなさ過ぎだ。
つまり__
「……大王が転生者……」
誰にも聞かれないよう、口の中で呟いた。
恐らく、間違いないだろう。
だとすると辻褄が合う。
私が転生する前の世界__まあ仮に向こうが『現実世界』、こちらが『幻想世界』と名称・分類しておこうか。
その『現実世界』ででは当たり前にあったモノは、この『幻想世界』でではオーバー・ハイテクノロジーだ。
こちらの技術力で向こうに追いつくには、あと数百年はかかるだろう。
__反対に。
実際に現実世界でかかるコストやリスクやデメリットも、こちらででは『魔力』を対価にすることで賄える。
私の魔双銃【オルトロス】がそうであるように__
そうやってひとり顎に手を当てて考えていると、アルエがひっそりと笑っている事に気づいた。
「え゛っ? な、なに?」
「いや__君はいつまで私の事を『お姉ちゃん』と呼んでくれるのかな、と思ってね」
笑いを堪えながら、アルエさんは呟く。
「あっ……ご、ごめん。なんか、定着しちゃって……」
「ふふっ、構わないさ」
言いながら、近づいたアルエさんは私の頬に片手を当てた。
「君にお姉ちゃんと呼ばれると、何故だか本当に妹に呼ばれているような気がするんだ。
だからカノンさえ良ければ、これからもそう呼んで欲しい」
「……うん。貴女がそれで良いなら」
笑い返す私に、
「さて__次は何処へ向かう? 私はカノンの行きたい場所に着いて行くぞ?」
アルエさん__いや、お姉ちゃんはそう首を傾げた。
「えっ……お姉ちゃんは帝都へは帰らないの?」
「確かに気にはなるが、隊長からは帰るなと言われている。今帰ったところで、敵の素性も目的も何もかも判らないままでは、動こうにも動けないしね」
軽く目配せしたあと、それに、とお姉ちゃんは続ける。
「私はどーにも君をひとりに__ああ、いや。実際には君は一人ではないんだが……兎も角。
私は君を放ってはおけない。だから私は君の保護者として、共に旅を続けようと思う」
__まぁ、お姉ちゃんがそれで良いなら……。
『騎士アルエ・シェバトリオンがパーティーメンバーに加わりました』
そんな羊皮紙色のウィンドウメッセージが、脳内に表示される。
ふと、肩に軽い衝撃と、微かな存在感。
ソレがヒートだと、見なくても判った。
「……もう良いの?」
というのは、心の整理の話だ。
『ああ、問題ないよ__ヒトリにしてくれて、ありがとう』
「__ううん。気に、しないで。私たち、相棒でしょ?」
意地悪く、笑って見せる。
そのあと【壺中天の腕輪】からランドナーを召喚した私は、お姉ちゃんに錬成した魔導機馬を、スミスさんには悪いとは思ったが装備アイテム化して貰って、鉱山を降りた。




