第三十六話『復活の魔弾の射手』
私達はたちまち円形に包囲された。360度どこを見渡しても、ゾンビ、スケルトン、ゴーレムの姿が見える。
『さて、厄介な事になった』
肩に留まるヒートがそう呟くのには、理由がある。
確かに数的に不利な状況ではあるが、相手はアンデッド__弱点は火属性だ。
だから、あるいはヒートの力を借りれば、この群れを殲滅することは可能だろう。
だが__
幾ら広い場所とは言え、ここは鉱山にぶち抜かれた洞窟__密室なのだ。
こんなところでヒートが暴れ回った場合、まず間違いなく私たちは焼け死ぬ。
それが判っているからこそ、ヒートは手出しできないのだ。
『ゾンビとスケルトンは拙者の風で斬り刻めるでござるが……』
ハヤテが、悔しそうに歯軋りした。
骨で出来ているとはいえ、さすがにゴーレムが相手では決定打に欠ける。
そもそも鉄を含んだ岩石すら易々と砕くことが出来る程の強度を持った骨だ。少ししかダメージを与えられないだろう。
__いや、まぁ、ゴーレムの簡単な壊し方はあるにはあるのだが……と言うか、ホントになにで出来てるんだ、コレ?
『な、なぁなぁ、カノン〜……オ、オイラたち殺されちゃうのかなぁ〜?』
言いながら、サンドがブーツを這い上り、太腿とスカートを経由して胸元まで登ってくる。
「大丈夫」
震えるサンドをそっと抱える。そのとき私は、初めて彼の針が『鉄』で出来ていることに気づいた。
鉄を食べて、ソレで肉体を構成しているハリネズミか__
「……サンド。あなたの毛針、貰える?」
閃くものがあった。
『オイラのぉ〜? それって、全部ぅ?』
「ううん……数本、抜け毛で良い」
『良いよぉ〜。でも何するのぉ〜?』
身体を揺らして地面に落ちていく毛針は、岩の大地に突き刺さるほど鋭く硬い。
と言うか__思ってた以上に、毛量が多い。ちょっとした山になってきている。
あれ? ヒートの時も思ったけど、もしかして精霊って新陳代謝が異常に良い……?
「みんなちょっとだけ、時間を稼いで欲しい」
__特に、ハヤテとアルエさんに。
意図が伝わったのか、それともここでヒートが戦うと自滅することを理解しているのか、ふたりは頷いた。
「背中は任せたぞ、ハヤテ!」
『己が前だけ見られよ、アルエ殿!』
言葉が通じていないはずなのに、背中合わせに構えたふたりはそう伝え合う。
それが合図にでもなったのか、濁流のごとく押し寄せる敵の直中に、ふたりは弾かれたように駆けて行った。
「ヒート、抜け殻だして。あと、火でこの針の山に錬成陣……サンド、あなたもちょっとチカラを貸して」
それから__
「スミスさん、ちょっと来て」
私はスミスさんを手招きし、近くに来させる。
『はい、なんでございましょう?』
『オ、オイラ、何したら良い〜?』
『カノン? __ああ、なるほど』
意図を理解したヒートが、ニヒヒ、と意地悪く笑う。
__流石、相棒。わかったか……。
「まず、スミスさんにコレ。あげる」
言って、私は『火蜥蜴の皮』を錬成して造った服を渡す。
『コレは__燕尾服、ですか?』
渡したのが条件だったのか、それとも彼が一瞬で了承したのか。
瞬きする間に装備し終えたスミスさんは、少し驚いたように言った。
__そう。彼に渡したのは燕尾服__いわゆる執事のお仕着せだ。
「他のひとと見分けるため」
あと、
「素敵な紳士がずっと裸なのは、残念だから」
そう言って、笑ってみせる。
『__感謝致します、レディ』
跪き、自身の左胸に右手を添えて、スミスさんは頭を下げた。
「サンド。ここを出るまでの間だけで良い。私と契約して」
私の胸元で震えるサンドに、私は言った。
『契約〜? ……って、なぁに〜?』
私を見つめるサンドは、首を傾げる。
「えっと……私と“友達”になって欲しい」
『なぁんだぁ〜! だったらオイラたちはもう友達になってるよぉ〜?』
__え?
どー言う事……?
無意識に首を傾げていると、黄ばんだ羊皮紙を模したウインドウが、網膜に現れる。
『新たなスキルを獲得しました』
スキル
【骸骨執事の忠誠】New!
【土の精の友情】New!
「え゛っ……⁉︎」
__あれ⁉︎ この【骸骨執事】ってまさか……スミスさんか⁉︎
忠誠って……い、いや。今は考えるのをやめよう。
私はむしり取るように右目の眼帯を外し、普段は無意識下で身体の中に流れ溶け出ている膨大で無尽蔵なエネルギーを内包した【赤きティントゥクラ】の魔力を、血管と神経を通して意識的に全身に行き渡らせる。
「__水と土は身体を構成し、その安定を助け、火と風は生命力を構成し、その運動を助ける。是即ち森羅の理、万象の環、等しく生命は循環せり__」
かつん、と音を立ててブーツの踵が床を打つ。
「“シェム・ハ=メフォラシュ”!」
瞬間、波紋状に奔った電光が瞬間的に空気を熱して、膨張した空気が破裂音を立てる。
直後、
採掘場に、
大気を震わせるほどの無数の銃声が轟いた。
同時に__目が眩むほどの強烈なマズルフラッシュに、周囲が真っ白に染まる。
重い地響きを立てて、今まさに腕を振り上げ、あるいは踏み潰さんと片足を持ち上げていたゴーレムたちが、ゾンビとスケルトンを巻き込みながら一斉に倒れる。
ゴーレムの機能を停止させる方法は二つ。
定休日を設けるか、身体に刻まれた「אמת」の「א」の一文字を消し、「מת」__つまり『死』と言う意味にすれば、その機能は止まる。
__まぁ、つまり。
私はソレをやってのけた。
ホムンクルスにだけ可能な視力と正確さで。
文字通り、奴らの心臓を撃ち抜いた。
「……お待たせ」
銃口から硝煙を燻らせる二丁のコンストリクターを構えながら、私は言った。
口の端を吊り上げて__




