第三十五話『ティータイム』
スミスさんに案内してもらい、私たちはいくつかの魔法陣の転移先を見て回った。
砂漠、港に留まった船の上、どこかの城の武器庫etc……。
見終わって元の場所に戻ってくると、スミスさんは『お茶にしましょう』と言って手を叩いた。
『ス、スミス殿……? 何を言っているでござる?』
『スケルトンは生前の習慣に囚われる。彼の場合、コレがそうなんだろう』
「カノン……あのスミスとかいうスケルトンは、今度は何をやっているんだ?」
__お茶を、淹れています。
「……は?」
私の説明に、アルエさんは呆気に取られた顔で呟く。
「な、何を悠長な……おい! そんな事をしている場合じゃないだろう!」
野営地の跡らしい。
鍋に掬った湧き水(ちゃんと綺麗な水)を沸かすための火種の準備をしているスミスさんは、その声に振り返る。
ちなみに調理セットや食器の類いは、そのまま残っていた。
『そう仰られましても……』
そもそも__
「ねえ。どうしてあなたは他のスケルトンと違って自由に動けるの?」
スミスさん以外のスケルトン達は、その場の業務に縛り付けられてでもいるのか、与えられた命令通りに動いていた。
『はい。それは私が【魔法耐性】のスキルを持っているからです。このスキルのおかげで、私は呪いや魔法といったものにある程度抵抗することが出来るのです』
__あー……そんな事できるのか、このスキル……。
『なるほど。キミにある程度の知性と理性があるのはそのためか』
『つまりスケルトンにはなってしまったが、傀儡の術は効かなんだという事でござるな』
『う〜……オイラ難しい話はわからないよぉ〜……アタマ使ったら、腹減ってきちまったぁ』
口々に言う精霊達を眺めていると、さっさと準備を終えたスミスさんが、紅茶の入ったカップを持ってやってくる。
『お熱いのでお気をつけ下さい』
「あ、ありがと」
呟いて、視線を手の中に落とす。
覗いたカップに漂う紅茶の湯気が、液体の上で渦を巻いていた。
「なあスミス。お前たちをここで働かせている奴は、この場にはいないのか?」
同じようにカップを受け取ったアルエさんが言う。
「これだけの規模と数と手間だ。お前たちが叛逆を起こさない“仕掛け”が施されているとは言え、それでも我々のような闖入者が現れる異変もあるだろう。だから一人ではないにしろ何者かが統率し、管理して対応すると思うのだが?」
『はい、確かにその通りでございます。あちらをご覧下さい』
そう言って促された方を、私たちは向いた。
採掘場や鍛冶場を見下ろすように、無数の巨大な眼球が、空中を飛び回っている光景が見える。
『巨人族の死体の眼球を使用した“イーヴィル・アイ”でございます。何か異変があれば、アレが管理者に伝えます』
ちなみに、とスミスさんは続ける。
『この場所は死角となっておりますので__』
__どうぞご安心ください。
そう続けるつもりだったらしい。
突然__目の前の空間が、揺らぐ。
まるで陽炎でも立ち昇るように、空間そのものが揺らめき、捩れていく。
水面に写る景色が波紋に崩れるように、じんわりと渦を巻きながら歪み__
『えっ?』
どうやら現れた相手からしても、突然のことだったようだ。
自身の目玉を落とすくらい驚いたゾンビは間の抜けた声を上げ、一部始終を見ていた私とアルエさんは、揃って口に含んでいた紅茶を霧状に吹き出した。
『__失礼。私とした事が、場所を間違えてしまったようです。安全な場所は、もう二件先の野営地跡でございました』
まるでうっかり忘れ物をした事を思い出したかのように、スミスさんは冷静に呟く。
「場所、間違えたって」
「本当か⁉︎ 本当に間違えたのか、スミス⁉︎」
『ワザとだったら承知せんでござる!』
私たちが身構えた直後__
鼓膜の奥に針の束を突っ込まれるような、不快で異様な警鐘音が鳴り響いた__




