第三十四話『違和感』
さながら、そこは私がいた世界の工事現場だった。採掘場、と言っても良いかもしれない。
耳が潰れそうなくらいの騒音と振動が、辺りには充満していた。
妙に明るいのは松明の光ではなく、それよりもっと強烈な『光明』の『付与魔法』が施されたゴーレムが何百体も作業をしているから。
両腕は削岩機、下半身はキャタピラというフォルムの大型ゴーレムが掘り出した鉱石を、平べったい身体にクモかカニみたいな脚が生えたゴーレムが回収してどこかに運ぶ。
共通しているのは、そのゴーレム達が『骨』で出来ているという点。
だから最初は、スケルトンの群れなのかと思った。
「……いや……」
何体か、本物のスケルトンも混じってる。
「……なんだ、コイツらは……?」
驚きのあまり掠れた声で、アルエさんは呟いた。
「サンド、アレがあなたが言ってた“ヤツら”?」
『うん、そうだよぉ。突然やってきて、オイラたちの住処と食べ物を奪ってるんだぁ〜。だからオイラ腹減って腹減って〜』
『マナが少ない理由はソレでござるか……納得した』
『土を調べてみてわかった。この鉱山で採れる鉱石は良質な素材になる。だが、過去に囚われるスケルトンが、わざわざゴーレムまで造ってソレを欲するとは思えない。何故なら、彼らは装備を新調するという思考が根底からないからね』
__ふむ。
顎に手を添えて考える。何かが引っかかった。
通常、土・岩・鉄で生成するのがベターなゴーレムが骨で出来ているのは、サンドたち『土の精』に食べられるのを防ぐため。
大型ゴーレムが両腕が削岩機、下半身がキャタピラなのは、作業効率を重視して。
削岩機やキャタピラすら骨で加工されているので、相当強度のある生物の骨から造られたのだろう事が窺える。
スケルトンも混じっているのは、スケルトンは疲労しないし、ゴーレムと違って『定休日を必ず設けなくてはならない』という制約がないから。
そこまで整理して、やはり違和感を覚えた。
__こんな事を、この異世界の種族が考え、実行できるだろうか?
答えは否。私みたいに『異世界から転生』でもしない限り、ホムンクルスでも無理だ。
という事はやはり__
「……転生者が糸を引いてる」
だが、なんの目的で……?
『サンド。集めた鉱石はどこに運ばれるんだい?』
『この奥だよぉ〜』
そう言って駆け出したサンドの後を、私たちは再び追った。
その時、周りの音がうるさ過ぎて、後ろから“何か”がコッソリついて来ている事に、誰も気づいていなかった。
向かった場所は製錬所__いや、鍛冶場だった。
採掘場と同じように、ゴーレムやスケルトン達によって、採掘されたばかりの鉱石が、さまざまな武器や防具として大量に製造されている。
一般的なロングソードから大砲、果てはライフル銃まで__
「なるほど、兵器工場というわけか」
物陰から覗き込みながら、アルエさんが呟いた。
『かなり高度な技術だ。良質なモノを短時間で大量に鋳造するために、製造過程に必要な時間を操作する魔法がかかっている』
製造された兵器は緩衝材代わりの藁と共に木箱に詰められ、どこかに運ばれていく。
『サンド殿。最終的にアレはどこに行く?』
『んとねぇ〜この先に魔法陣があって〜みぃんなソコに消えちゃうんだぁ〜』
『ふむ? なるほど、転移魔法か……ではその魔法陣の先はどこに繋がっているでござる?』
『知らなぁ〜い』
というサンドののんびりした声と、
『さまざまな場所に運ばれます』
背後から突然響く、心地よいテノールボイスが重なった。
「え゛っ⁉︎」
驚いて振り向くと、そこには両手を腰の後ろで組んだ一体のスケルトンが佇んでいた。
『おや、コレは大変だ。スケルトンが一体、着いて来てしまったようだ』
「さがれっ!」
私を庇うように前に出たアルエさんが、腰から抜いた『ダイナスト・パニッシャー』を構える。
『失せよ、スケルトン! 寄らば斬る!』
アルエさんの隣に立つハヤテが、中程を偃月刀に変化させた尻尾を振り上げる。
『ああ……やはり、私の“声”はあなた方には聞こえないのですね……』
悲しげに佇むスケルトンの暗い眼窩に光る眼に、確かな理性と知性を感じた。
__もしかして、私にしか聞こえてない……?
その時、私は自分が持つ【言語翻訳機能】のことを思い出した。
このスキル、死者とも会話できるのか__
「__待って……ストップっ‼︎」
私はアルエさんの後ろから飛び出し、ふたりとスケルトンの間に割って入った。
「__ッ⁉︎ カノンッ⁉︎」
『何の真似でござる主殿⁉︎』
「このひと、攻撃する気がない__そうでしょ?」
言いながら、私はスケルトンに近づく。
「私はカノン。旅の錬金術師。あなたは?」
私の問いかけに、スケルトンはたっぷり十秒、押し黙った。
どーやら状態に追いつけていないらしい。
「あの……私、あなたと喋れる」
『__とんだ失礼を致しました、レディ。突然話しかけられたものですから、私とした事が少々驚いてしまいました』
言いつつ、スケルトンは私に目線を合わせるべく跪き、胸に手を当てながら軽く会釈した。
『お初にお目にかかります、ミス・カノン。我が名はスミス。生前はとある王家にて執事をしておりました』
紳士的かつ丁寧な言葉遣いで、スケルトンの『スミス』は名乗る。
『へえ……そんな人物が、なんでこんな場所にいるんだい?』
私と【感覚共有】しているからか、何故かスミスと喋れるヒートが呟く。
__あとで、ハヤテとも【感覚共有】しよう。アルエさんと出来るのかは、わからないけど……。
『はい、ミスター。我々は殺されたのです__労働力となるべく、何者かの手によって』
『な__⁉︎』
思わず、私とヒートは息を呑んだ。
彼は何か未練があって、自然にスケルトンになった訳じゃない……⁉︎
「スミス、さん……あなたは、誰に殺されたの?」
『それが覚えていないのです、ミス・カノン。幸い、生前お仕えしていたご主人様たちのお姿が見えないので、恐らく生きていらっしゃるとは思いますが……」
一旦言葉を切ると、スミスさんは働いているスケルトンやゴーレム達の方を見遣る。
『ここでは、私と同じように殺され、スケルトンにさせられた大勢の者達が働かさせられています』
「おのれ、誰がそのような外道な真似を! いったい生命をなんだと思って……!」
私が通訳して内容を知ったアルエさんが、いっそ折れるんじゃないかというくらい歯軋りをした。
言葉にも表情にも出さなかったが、ヒートもハヤテも同じ気持ちなのだろう。
__もちろん、私も。
『さて、皆様。如何でしょう? 宜しければ、このスミスめが魔法陣の先をご案内致しますよ? それともお茶に致しますか?』
左胸に右手を添えて、スミスさんは言った。
「……なんでそこまでしてくれるの?」
その言葉にスミスさんは、
『__貴女様が、生前お仕えさせていただいていたご主人様のご息女様に似ていらしたからです』
そう言って淡く、笑ったような気がした__




