第三十三話『トンネルを抜けると』
星空には煌々と満ちた蒼白い月、夜の気配は滔々と、まるでこれからが本番さ、と言わんばかりに色濃く漂っている。
ゴルドラス・シティから脱出した私たちは、二人して山道を歩いていた。
右も左も山肌だ。
斜面に沿って鬱蒼と生い茂った原生林が延々と広がっている。
山は、渇く、ということを知らない。
木々の幹が、葉が、草が、土が、常にしっとりと湿気を含んでいる。
二本の杉の幹に挟まれて斜面から突き出した岩を、回り込んで迂回する。
下りの山道は、やがて上り坂となっていた。
「お姉ちゃん、アレ」
変わり映えのしない風景の先、山肌の遥かな湾曲の向こうに、ぼっかりと空いた洞穴を見つけた。
「よし、取り敢えず中で休もう。熊か魔物の寝床でなければ良いが……」
__居たとしても、アルエさんがいるから問題ない気がする。
そう言いかけて、口を閉じた。
洞穴は縦に突き抜けて広く、奥の道は私の【暗視】でも見えないくらい長く、暗い。
入り口から少し奥に行った場所で座ると、焚き火代わりにヒートが火を纏ってくれた。
オレンジ色に染まった空間で、ほう、と息を吐くのは、膝を抱えたアルエさんだ。
「……少し寝る?」
「いや……大丈夫だ……」
言いながら、しかし彼女の瞼は徐々に閉じていく。
やがて規則正しい寝息が聞こえ始めたところで、
「おやすみ」
私はそう呟いた。
__……コリコリ、と茹でる前のパスタ麺でも齧っているかのような音で目が覚めた。
__しまった。壁に寄りかかった瞬間、襲ってきた睡魔に負けてそのまま寝てしまったらしい。
と言うか……コレ、何の音……?
アルエさんは膝を抱えたまま眠りこけているし、気づけばヒートもハヤテも眠っている。
『んまーっ! んまっ! うんまぁああああっ!』
腰の辺りで、そんな声が聞こえた。
「え゛っ⁉︎」
眼球の動きだけでそちらを見ると、そこには1匹のハリネズミが、ガンホルスターに頭を突っ込んで中のコンストリクターをボリボリ齧っていた。
『ぷはぁ! オイラこんな美味しい鉄喰ったの初めてだぁ』
幸せそうな表情で、頬とお腹をパンパンに膨らませたハリネズミは地面に転がる。
呆気に取られている私の脳裏に、このハリネズミのステータスが表示される。
名前:サンド
性別:男性
種族:鉄鼠
属性:土
体力:100
魔力:100
スタミナ:100
状態:【鉄喰い】
ノーム……土の精か__じゃなくって!
「あなた……何してるの?」
『ん〜? オイラ腹減っててぇ〜……外に出ようと思ってたら、美味しそうな鉄の匂いがしたら我慢できずに思わず食べちゃったぁ〜』
答えたノーム__サンドは『あれ?』と言って首を傾げる。
『なんでキミ、オイラと話せるのぉ〜?』
「私はホムンクルス。人間じゃないから」
あと、そーいう『スキル』を生まれつき持っているから。
『ホムンクルス〜? ごめんよ。オイラ、人間かドワーフとかコボルドとかしか見たことないからよくわかんねぇけど……キミは人間じゃないってことぉ?』
「そう」
『ふぅん……じゃあなんなのぉ〜?』
__えーっと……。
「……ゴーレムとかと一緒。そういえばわかる?」
『ああ〜、わかるよぉ。そっかあ、キミ人間に造られたんだねぇ〜』
次の言葉に、私は耳を疑った。
『じゃあこの先にいるヤツらと一緒だぁ〜』
「え゛っ⁉︎」
それってどーいう……。
ホムンクルスがいるという事だろうか?
それとも__
『アイツらが来てから、オイラ喰べるモンがなくなっちまったんだぁ〜。ああ、思い出したら、お腹空いてきちまったよぉ……ねえ、もっと美味しい鉄持ってない〜?』
「……あげたら、この先にいる“ヤツら”のこと、教えてくれる?」
もちろん、とサンドは頷く。
私はカバンから素材にするために取っておいた鉱石をいくつか取り出し、サンドにあげた。
嬉しそうに喰べている彼を横目に、私はみんなを起こす。
アルエさんを起こすのは偲びなかったが、致し方ない。
『なるほど。ノームの巣だったか』
『それにしてはマナをほとんど感じんでござる』
私の説明を聞いて、ふたりは口々に言った。
「そうか__この腹ペコくんに、君の武器を食べられてしまったのか」
「お腹が空いてたんなら、仕方ない。それに、また造ればいい」
そうか、と再び呟いて、アルエさんは私の頭に手を置いた。
「それで__あなたの言う“ヤツら”って、なに?」
『ん〜……案内したげるよぉ』
そう言って奥へと駆けていくサンドの後を、私たちは追いかけた__




