第二十九話『月明かり 襲撃』
レノ歴824年。
時の皇帝レノバンス・ド・ヴァンシュタインによって元号が定められてから、それほどの年月が流れた。
真心王とまで謂れた彼の改革により、当時は貴族にしか伝わっていなかった魔法や学問が一般にも普及し、この世界はそれらが極々当たり前になった。
世界は変わった。
文明は進歩した。
だが、824年前からずっと変わらないモノもある。
この世界は弱肉強食だ。
持たざるモノにチカラを持たせたところで、使い方が判らなければ意味がない。
持つモノにチカラを持たせたところで、果たしてソレを正しく使うとは限らない。
結局、数百年経った今も、人類は何も変わらない。同じコトを繰り返すだけ。
それが彼が想い描いた未来ではないコトは、異世界人である私でも判った。
「…………」
__さて。なんでこんな話を突然したのかと言うと、なんて事はない。
レノ帝の黄金像を眺めていたら、あらゆるコトを知っているホムンクルスの『知力』と、錬金術による物質の『分析力』によって、勝手に脳内に情報が流れ出て来ただけだ。
全く知らないはずの異世界の歴史を、さもその場に居たかのように知っていると言うのも、なんとも不思議な感覚だ。
「シェバトリオン卿、その娘は?」
落ち着いたバリトンボイスでそう呟くのは、アルエさんがパーティーに付き添っている隊長だった。
目元は【黄金のセルド】で隠しているため見えないが、その下の丁寧に整えられた口髭と顎髭は見えた。
肩幅が広くがっしりとした体格にタキシードと、片方の肩に刺繍が施されたペリースマントを羽織っている。
「はい、閣下。彼女は私の__」
チラッとこちらを見た後、
「腹違いの妹です」
「え゛っ⁉︎」
そう言って、アルエさんは私を引き寄せる。
__あれ? 騎士ってそーいうの御法度なんじゃ……良いのか? そんなこと言って⁉︎
「そうか……」
隊長は一度息を吐くと、
「見つかったのか! ハハッ、ようやくだなシェバトリオン卿!」
破顔しながら、アルエさんの両肩を掴んだ。
「はい、閣下。それでその……大変申し上げ難いのですが、妹と今宵の夜会を回りたく……その、閣下の元を少々離席したいのですが……」
「ああ、構わないよ。どうせこの後は貴族連中のつまらない与太話に君を付き合わせてしまう羽目になるのだろうから。
何より私個人としては、君のように見目麗しい淑女を、下賎な連中の視界には収めさせたくないしね。
そんなことより! 久々の姉妹水入らずなんだろう? 楽しむと良い!」
「感謝します、閣下__では行こう」
「ぇ、ぁ……えぇ、と……?」
有無を言わさず手を引かれて、私はその場を後にした。
「……どういう事?」
そう呟いたのは、パーティー会場を出て中庭にある噴水広場に着いてからだった。
中央にこの世界の神とされる『創主大神ディンゼアル』の彫像がそびえ、足許の|精緻な彫刻が施された台座から湧き出した水が、夜空に燦然と輝く月と星を映している。
「さっきの。アレ、なに?」
蒼く染まった闇の中__と言っても現在生来スキル【暗視】が発動している私には昼間と変わらずはっきりくっきり見えるが__で、噴水の周囲に置かれた背もたれのないベンチに二人並んで腰掛ける。
幸い、人の姿はほとんどない。
夜風も景色も天気も申し分ない。
「嘘は言ってないさ。私には、本当に腹違いの妹がいてね……数年くらい前から、行方不明なんだ」
「ぇ__?」
一呼吸入れたのち、アルエさんは続ける。
「直接会ったことがないから、顔までは判らないんだがね。
だが、成長していれば、恐らく今の君くらいの年齢と背格好だと思う」
「……そう、なんだ……」
思わず俯き、膝の上に乗せた両手で拳を作って、スカートがシワにならない程度の力加減で軽く握った。
「すまない。あまり気の利いた話ではなかったな」
「……ううん。私こそ、ごめん」
でも__
「話してくれて、ありがと」
つまりこの街にアルエさん達がいる間は、私は彼女の『妹』として行動して振る舞えば良い__それだけの事だ。
__やれる__出来る__実行する__
__よし!
「じゃあ、行こう__お姉ちゃん?」
立ち上がった私は、アルエさんの前に立って手を伸ばす。
悪戯っぽく、笑いながら。
彼女は、ぽかん、と口を開けたのち、
「__ああ、カノン。一緒に回ろう」
笑みを向けながら、手を握り返してきた。
__その時、脊髄を刺し貫かれるような妙な予感を覚えた。
「あ__」
突然、背後から強い風が吹きつけたかのような圧力に押され、フワ、と持ち上がるような錯覚に陥る。
それが何らかの魔法なり魔術なりを発動させた際に生じた魔力による波動だと直感した矢先__世界が、一瞬だけオレンジ色に染まった。
身体の中にまで伝わるくらいの派手な音を立てて、背後にあった建物の二階部分が爆発したのだ。
強烈な衝撃波が、私達を直撃する。
『____ッ⁉︎』
声にならない悲鳴を上げ、転げ回る。
幸い、ハヤテが【風の結界】を張ってくれたおかげで大した怪我はしなかったが__
「なっ……なんだっ⁉︎」
片膝で立ったまま、アルエさんは爆発した建物に目を向ける。
『カノン、大変だ。嫌な気配がする』
『それもそこら中からでござる!』
ふたりの言葉に合わせるかのように、建物が次々と爆発していく。
たちまち火の海と化した中で__
何かが噴水広場になだれ込んでくる。
足音から、複数人であることが判った。
ソレらは、頭から全身まで黒い布で覆い、目の部分だけを出している。
一瞬『忍者か?』と言う考えが浮かぶ。
「……装備、戻せる? お姉ちゃん」
言いつつ脳裏に表示させた自分のステータス画面から、元の装備品を選択して装備し直す。
「……ああ__」
視界の隅で同じように元の『騎士装備』に戻ったアルエさんは、腰の剣を抜いて構えた。
ソレが合図になったのか。
私達を囲んでいた忍者(仮)達は一斉に床を蹴り、飛び掛かってきた__




