第二十五話『私をカジノに連れてって』
欲望の街ゴルドラス・シティ。
質の良い金が豊富に採れる潤沢な金鉱山がいくつも存在する元・鉱山街で、今では街一つを丸々使ったカジノが有名。
この行きずりのキャラバン隊の目的地であり、珍堂の店主に『礼をする』と言って連れて来られたのが、つまりソコだった。
「安心するよろし。私ここのカジノホテルのオーナーとマブダチネ!」
そう言って笑いながらサムズアップを決めた店主は、私の手を引きながらゴルドラス・シティの中でも一際大きな建物『ホテル・コロッセオ』へと入っていく。
__ああ、うん。いやぁ〜な予感しかしない。
両開きの豪奢な造りの扉をくぐった私達を迎えるのは、25平方メートルある広さのロビーだ。
「こっちネ!」
言いながら、受付カウンターを素通りして、突き当たりの壁に向かう。
壁には装飾が施された、人の身長程の高さの白亜の暖炉。
中央に犬の顔と、その下に蹄鉄型のドアノッカー。
ぽっかりと空いたその間を、柵の様に斧槍で塞ぐ二体の甲冑と数頭の犬の像。
その中の、本来なら壁になっている部分に、樽の蓋を思わせる円形の扉が設置してある。
分厚い鋼鉄で出来た扉には、蛇の装飾が施されてあった。
「“アブラ=カタブラ”」
店主が合言葉である『最も旧き呪文』を唱えると、蛇が、ぐるり、と扉の縁を巡り、閂が外れる音がした。
重く鈍い音を立て、分厚い壁が左右に割れて、両側の壁に吸い込まれていく。
「ちょと眩しいから、コレかけるネ」
「え? まぶ、しい……?」
店主がかけているのと同じサングラスを受け取っていると、突然、前方が開ける。
「え゛っ」
喧騒と共に視界に飛び込んで来たのは、眩しさと熱気だった。
「おお……」
内装は、かなり凝ったデザインに作られていた。
床にはレッドカーペットが一面に敷かれ、壁と天井、支柱は純金が惜しげもなく使われている。
高い天井に煌々と火を灯す豪華なシャンデリア、きらきらと煌めくダイヤモンド製のテーブルに、ルーレット、ダイス、カードと言ったゲームの数々……。
『へぇ……ココが【カジノ】って場所か』
『人間がウジャウジャいるでござるな』
ローブの内側から顔を出して、ヒートとハヤテが呟いた。
__ちなみにカジノクラブの基本的な特徴として、窓と時計はついていない。
これは、24時間遊ぶことができるランドカジノが多く、プレイヤーはついついゲームにハマって今外がどのような感じなのかを気にしないようにとされているからだ。
また時計があると、プレイヤーは何時になったらゲームを止めて帰宅しようという風に流れてしまうのを施設側が防ぐ意味合いもあって設置しない。
その中に、ひときわ豪華な扉が一枚あった。
シャンデリアの灯りが反射するメタリックな材質の扉の前に、剣呑な雰囲気を放つ人間が数名。後ろに腕を組んで立っている。
「お勤めご苦労ネ!」
店主は、そんな黒服にサングラスをかけたコワモテのにーちゃん……もといガードマンたちが左右に並ぶ、如何にも『関係者以外立ち入り禁止エリア』に堂々と足を踏み入れる。
__ちなみに私の手は、未だ彼に掴まれたままだ。
そんな状態で、
「待て貴様どこへ行く?」
「あなた私知らないか? フッ、さてはモグリネ? 私ここのオーナーとマブダチヨ?」
「なに? ……こちらにお勤めさせて頂いて数年ほど経つが、貴様のような怪しい奴は知らん。見たことがない。帰れ」
「アイヤァアッ⁉︎」
店主は両手を頭の上まで振り上げて、大声を上げた。
よほど驚いたのだろう。今まで掴んでいた私の手を解放するくらいに。
「か、確認よろし! 珍堂の店主きた言うネ!」
「くどいぞ! オーナーは忙しい。貴様のような怪しいヤツの相手など出来るものか! つべこべ言わず大人しく帰れ! さもなくば__」
ゴリっと音を鳴らしながら、拳を作ったガードマンたちは一歩前に出る。
「__少々、痛い目に合ってもらうことになるぞ!」
「あ、あなた達コウカイするヨ! オーイ! 私ネ! いつもニコニコ現金払い! あなたの街の雑貨屋さん! 珍堂の店主ヨ! キョーダイ! ココ開けてヨ‼︎」
叫ぶ店主に向けて、ガードマン(その一)は右足を踏み込み、右の縦拳を打つ順突きで拳を放つ。
「さがって!」
弾丸さながらに叩き込まれる一撃を、私は擦り足で瞬時に接近すると、ガードマン(その一)の腕を取る。
「ぬぉっ⁉︎」
軽く引き寄せられた黒服は、体重がなくなったかのように、くるんと縦に回って、地面に頭から倒れ込んだ。
「が、ぁ……っ!」
「うりあ!」
その隣にいたガードマン(その二)が地を蹴り、私に向かって右脚を伸ばし、上体を引き絞る。
飛び足刀蹴り……のようなモノだ。
「くっ!」
空中を一直線に迫るその蹴りを、私は右腕でブロックした。
そのまま左腕で脚を掴むと、
「せいっ‼︎」
容赦なく、ぶん投げた。
「ろげおぉおおわッ!」
投げ飛ばされたガードマン(その二)は地面を何度も跳ね、転がりながら、それでもなんとか立ち上がる。
「ふっ!」
私は唇を引き結び、その気合いは鼻腔から抜ける。
跳躍し、一気に間合いを詰める。
放つのは、レベル2になった【体術】スキルとホムンクルスの知識によって出来るようになった躰道における運技による飛び蹴りだ。
顔面の高さまで飛び上がった私のブーツの爪先が、ガードマン(その二)の顎をまともに捕らえた。
「がッ!」
ガードマン(その二)は喉の奥に声を詰まらせ、よろめきつつも両足を踏ん張る。
間近に着地した私はそんな彼の胸元に拳を押しつけると、それだけでガードマン(その2)は地面に崩れ落ちた。
【マジック・ブロウ】の衝撃を肉体の内部に放ったのだ。
「……あっ」
__やってしまった。
そう後悔した時には、全てが遅かった。
「あいや、お嬢ちゃん強いナ! おかげで助かたヨ! オーイ、オーナー! 珍堂の店主が来たヨ〜!」
ひとり青褪める私を尻目に、店主はメタリックな材質の扉を無遠慮に開く。
中で二、三会話が交わされた後、
「お嬢ちゃん、おいで!」
と、手招きされ、私は中に通された。




