第二十四話『繋いだ手は温かい』
幸いにもキャラバンが森の中に入ると、雨は降るのをやめた。
空ではまだ雷がゴロゴロ言っているので、一時的なものだろう。
兎も角商人や旅人たちは皆、各々で火を焚き、雨で冷え切った馬を火の近くで休ませたり、集まって談笑したりと寛いでいた。
珍堂の店主は「こーいう時こそ稼ぎどきネ!」と言って荷台から荷物を引っ張り出して、集団の中に走って行った。
『忙しい人間だね』
『あーいう人間が、誰かにとっては必要な時もあるでござる』
雨でずぶ濡れになった私のローブや服を炎と風で乾かしながら、精霊たちは呟く。
元々私の服はヒートの皮で出来ているので、火に焚べさえすれば汚れも湿り気も取れる。
数分と経たず乾いた服を幌馬車の中で着直して、私は周りとは少し離れた場所でいくつか火を焚き、鉄鍋でスープを作っていた。
中身はカブと干し肉、それといくつかの香草。
生姜とハーブの香りが、ぐらぐらと煮える鍋から漂ってくる。
鍋とは別に小さめに作った焚き火では、飲み物用の湯が沸き、別の鍋にはイモが蒸されている。
「やあ」
と言う声に顔を上げると、そこには先程の女兵士が立っていた。
この行きずりのキャラバン隊の様子を一通り確認した後、こちらに来たようだ。
「どうも」
「隣に座っても?」
「え……? あ、う、うん。どうぞ」
と言ってから、椅子代わりにしてる横倒しになった大木から少し身体をずらした。
幸いなことに、森の中はあまり雨に濡れていなかった。
とは言え、むせ返るくらい木と草と土の濃い匂いが充満しているのは、やはり湿っているからなのだろう。
「ありがとう。君はあの商人の娘……と、言うわけではなさそうだね」
他の商人や旅人たちと一緒になぜか焚き火の前で肩を組んで盛り上がっている店主の方をチラッと見ながら、女兵士は言った。
「ん、まぁ……前に立ち寄った街で知り合った客と店主。たまたま道で出会って、お互い困ってたから助け合っただけ」
「なるほど。じゃあ君はひとり旅かい?」
『違うさ』
『拙者たちが一緒にござる』
そう言いながら、ヒートとハヤテが私の肩に乗る。
「私はこのふたりと__ヒートとハヤテの三人で旅をしてる。だからひとりじゃない」
「なるほど、それは心強いな」
そう言って、女兵士は笑った。
ちなみに、彼女には精霊たちの声は言語として聞こえていない。
私がちゃんと言葉として聞こえて意思の疎通ができているのは、私自身の生来スキルの一つにある【言語翻訳機能】が働いているから。
だから一般人には、ふたりの声はせいぜい動物の鳴き声程度にしか聞こえていない。
「貴女は? ひとり?」
「いや、私も仲間たちと一緒さ」
言って、一際大きなキャンプファイヤーが燃えている場所を向く。
倣うように視線を追うと、ほぼ宴会場と化したそこには、彼女と同じように軽装鎧とマントを身につけた兵士たちが、商人や旅人たちと肩を組みながら馬鹿騒ぎしていた。
「貴女はアレに混ざらないの?」
「私は下戸でね」
そう肩をすくめる彼女に、私は、ふぅん、と呟いた。
「じゃあ生姜湯でも飲む? あったまるよ」
言いながら、私は刻んだ生姜と沸かしたお湯を入れたコップを女兵士に渡す。
「ありがとう。すまない、君のコップがなくなってしまったな……」
「ああ、大丈夫。気に、しないで」
……無ければ造ればいいし。
そんな事を考えながら、スープと蒸したイモをお椀に盛っていく。
「貴女も食べる?」
ヒートとハヤテの分を用意した私は、隣で生姜湯を飲み終えた女兵士に言った。
「いや、流石にそこまで世話になるわけには……ソレは君のだろう?」
「大丈夫。たくさん作ったから」
言いながら、スペアのお椀に盛ったスープとイモを渡す。
「あ、ありがとう……」
しばらく両手のお椀を見つめていた女兵士は、突然ソレを置くと、佇まいを正しながらこちらに身体ごと向いた。
「ここまでの無償の施しを受けて名も聞かず、名乗らないと言うのは騎士道に反する。
だから改めて名乗ろう。私の名は、シェバトリオンはコーヴァッツ・シェバトリオンが娘アルエ・シェバトリオンという。貴公は?」
__あ、この人すっごい真面目な人だ……。
「私はカノン。旅の錬金術師。こっちはサラマンダーのヒートとシルフのハヤテ。よろしく、アルエさん」
お互いに名乗り合ったあと、握手を交わした__




