第二十三話『土砂降りの雨が降る』
昼夜が逆転したかのような分厚い暗雲が立ち込める土砂降りの山道を、長大なキャラバンが列をなしてゆっくりと進んでいる。
数百メートル先が霞む道を進む魔導機馬や徒歩商人たちは同じ一団ではなく、それぞれの目的地への道が同じだけの行きずりの人達だ。
幌の中で微睡む私の乗る六頭立ての大型馬車も、その中に含まれていた。
『ヴルルるる…』
荷台を牽く魔導機馬の鼻や関節の隙間から、魔力の残滓が蒸気となって霧散する。
昼間だと言うのに仄暗く歯の根が合わぬほど底冷えする道を、魔導機馬が咥えたマギトーチが煌々と照らす。
「うーん、進まないネ……」
幌の中から顔を覗かせながら、同乗者は言った。
毛皮のカーテンを少し開いて外を伺うのは、丸いサングラスにナマズみたいな髭を生やした、いかにもアヤシー男性。
いつぞやの街で出会った、道具屋『珍堂』の店主だ。
「やれやれ……困たネ」
そうため息を吐きつつ、長いキセルをプカプカ吸い始めた。
「せっかくお嬢ちゃんに馬と馬車直してもらたのに。コレじゃ御礼できないネ」
「……もう充分してもらってる……」
羊の首周りの毛皮を敷き詰めた寄せ木細工の床にブーツを脱いだ足を投げ出したまま、私は言った。
「服が乾くまでの間の服、貸してくれたし、こうして雨宿りもできてる」
呟く私が着ているのは、いつもの服ではなく。
珍堂の店主が貸してくれた旗袍っぽい民族衣装を着ている。
「アイヤ、それじゃ私の気がすまないヨ!」
__いや、すまないヨと言われても……。
『にひひ……彼の好きにさせてあげなよ、カノン』
『左様。善意からくる好意は素直に受け入れるが宜しい、主人殿』
「え、ええー……?」
……え? そもそもなんで私が彼と一緒にいるのかって?
ソレは一時間くらい前に遡る__
__かれこれ一時間ほど前。
私はヒートとハヤテと共に、山道をランドナー型ゴーレムで走っていた。
山道だろうと進みにくい道だろうと、ゴーレムの自立した自動アシスト機能が付いているので、難なく進んでいける。
『カノン』
『雨の匂いがし始めたでござる』
言いながら、ヒートとハヤテは私のローブの中に潜り込んできた。
「え゛っ……?」
チラッと空を見ると、確かに灰色の分厚い雲が、まるで侵食するかのように青空に拡がって来ていた。
「……濡れるのは覚悟しないと、か……」
片手にハンドルを握りながらもう一方の手でフードを被った矢先__
「き、きゃあぁああぁあぁあああ______っ!?」
バケツどころかプールの水でもひっくり返したかのような勢いと量の雨水が、全身に叩きつけられた。
「ひぃいいぃぃっ! なっ……なななな、何よコレェェェ____っ⁉︎」
走行をゴーレムに任せて、私はコートの前を閉じ、フードを両手で掴んで目深に被り直した。
『山の天気は変わりやすいでござるからなぁ。気をつけられよ、主人殿』
『雨は恵みをもたらすが、同時に厄災ももたらす厄介な自然現象だ。早めにこの山を降りよう、カノン』
__こ、コイツら……自分たちは濡れないからって、何を他人事のよーに……!
その時__
「アイヤ! 困たナ! 全然動かないヨ!」
前方の道で、そんな声が聞こえた。
「…………?」
その声になんとなーく聞き覚えがあったので、私はフードの隙間から前方を見る。
そこには車輪が外れた一台の幌馬車と、壊れた六頭の魔導機馬の姿と、その所有者らしい男性の後ろ姿が見えた。
どーやらこの土砂降りの中で、立ち往生してしまったらしい。
「あの……大丈夫、ですか?」
自転車から降りて、そう、思わず声をかけてしまった。
「ん? おお! お嬢ちゃん、また会たナ!」
「え゛っ⁉︎」
そのあと車輪と魔導機馬を錬金術で修理した私は、是非なにかお礼をさせて欲しいという店主の熱意に根負けし、また私自身も雨宿りしたかったので彼の馬車に乗せてもらう事となった。
__ソレが一時間ほど前の出来事である。
「はぁ……」
思わず、ため息を吐く。
「疲れたカ? 少し寝るよろしヨ?」
「あ、や、まぁ、確かに疲れはしたけど……」
__フツーに気疲れです。
「遠慮すな。コレ、よーく寝れるネ!」
敷き詰められた毛皮を軽く叩きながら、店主は笑う。
「おーーい!」
と聞こえたのは、その直後だった。
カーテンを開けて見ると、キャラバンの前方から鼠色の服を身につけた人物が、こちらに駆け寄ってくる最中だった。
「これ以上の移動は危険だ! 近くに森があるから、そこで雨宿りをしよう‼︎」
そう叫ぶのは、軽装鎧を身につけた女性だった。
皮製のフード付きマントを羽織っているので顔は良く見えないが、若いように思える。
「アイヨ、仕方ないネ。お嬢ちゃんも、ソレで良いカ?」
私は頷いた。
どこの世界ででも、安全第一である。
まもなく、行きずりのキャラバン隊は鬱蒼と生い茂る森の中へと入って行った__




