第二十一話『風になれ』
『火急ゆえ名乗り申すのが遅れたが、拙者名をハヤテと申す! 此度は助太刀感謝致す!』
「私はカノン。旅の錬金術師。よろしく、ハヤテ」
『ボクはサラマンダーのヒートだ。よろしく』
お互い口早く名乗り終えると、私の脳内にハヤテのステータスを表す羊皮紙色のウインドウが表示された。
名前:ハヤテ
性別:女性
種族:鎌鼬
属性:風
体力:100
魔力:100
スタミナ:100
彼女のステータスを見終わった私は、目の前の現実に心を戻した。
「くそっ! くそくそくそくそっ! お前も俺をバカにすんのかよ! くそっ! “ウィンド・シア”!」
叫んだ魔導士が腕を大きく振り下ろすと、突然立っていられないくらいの横風が叩きつけられる。
「くっ」
精霊の力を借りた、風属性の上位魔法だ!
ちなみにウィンド・シアとは、局地的に風向や風速が急激に変化する現象のこと。現実世界でこの現象に飛行機が遭遇すると、最悪の場合は事故に至る危険もある。
「行け!」
暴風で動けない私の目の前に、尻尾の中程を鋭利な偃月刀に変えたふうのしんが現れる。
「やば……」
迫ってくる銀刃を、どこか緩慢に引き伸ばされたかのように感じる世界の中で__
『やらせないでござる‼︎』
空気を裂いてハヤテが割り込み、二体は空中で鍔迫り合った。
彼女が割り込んでくれなければ、今頃私の首は宙を舞っていただろう。
『彼女はボクの大切な相棒なんだ。傷つけないで貰えるかな?』
幾筋もの銀光が交錯し、鮮やかな火花が散る中で、援護射撃と言わんばかりにヒートは無数の『火のトカゲ』型の火球を放つ。
常人ならば、とてもではないが避け切れる数ではない。
しかし空中にいるにも関わらずふうのしんはやすやすとそれを躱し、あるいは叩き落とし、再び魔導士の前まで跳んで距離を取る。
『やれやれ、驚くべき反射速度だ。数発は確実に仕留めるつもりで放ったと言うのに』
『なんだと? あまり無茶をせぬで貰えぬか、ヒート殿。傀儡と化しているとは言え、アレは兄上の意思ではござらん故に』
じとりと睨むハヤテに、ヒートは悪びれた様子もなく首を微かに動かす。
どーやら肩を竦めたらしい。
「はっはっはっ! 見たか! これが俺の力だ!」
突然、魔導士は腰に手を当てて高笑いをする。
「お前! 精霊を二体も使役してるのに大した事ないなぁ! はははは! 使い方がなってないよ!」
「……俺の、力……?」
私に人差し指を突きつけながら笑う魔導士の言葉を、思わず聞き返す。
コイツは……いったい何を勘違いしているのか?
ソレは彼自身が得た力じゃない。
その力は、その魔力は。ハヤテのお兄さんの、ふうのしんの力だ。
あの魔導士はソレを使わしてもらっているだけに過ぎない。
だから決して__
「ソレは貴方の力じゃない!」
剣の柄を握る手に力を込めて、私は一歩を踏み出す。
「そもそも精霊はお前の道具じゃないっ‼︎」
私の言葉に魔導士が何かヒステリックに叫んでいるが、私にはソレは言語として認識されない。
__無視する__聞こえない__言語化しない__
「ヒート、ハヤテ__お願い、力を貸して」
『ああ、判った』
『承知したでござる!』
「なにワケわかんねぇこと言ってんだよ! 大した力も無いくせに! さっきから目障りなんだよ、お前!」
叫びながら、魔導士は腕を振り上げる。
「ハヤテ!」
『うむ!』
『“ウィンド・シア”‼︎』
精霊と魔導士は同時に同じ魔法を放った。
「なっ⁉︎」
魔導士は驚愕の声を上げる。
彼が放った暴風とハヤテが放った暴風がぶつかり、互いの風は上空へと昇って相殺されたからだ。
「もっ、もう一度だ! “ウィンド・シア”!」
『風よ__荒れ狂え!』
再び放った暴風は、またもハヤテに相殺された。
「くっ、くそっ! だったらお前だ! 行け!」
魔導士に命じられたふうのしんが、風の精の名に違わぬ速度で疾る。
「ヒート!」
『ああ!』
応えたヒートは、無数の『火のトカゲ』型の火球を放つ。
ふうのしんはソレを、石畳の上を高速で縦横無尽に駆け回りながら避けていく。
「い、良いぞ! そのままソイツを斬り刻め!」
応えるように跳躍したふうのしんが、ヒートに迫る。
だが__
『ファイヤー・ウォール』
あと数センチと言うところで突然、地面から火の壁が噴き上がり、この予想外の反撃に対応出来なかったふうのしんは、頭からまともに激突した。
『“来る”と判っていれば、幾らでも防ぎようはあるよ。さあ、コレでキミの手持ちのカードは全て切られた』
「な、なにやってんだよバカ! 早く戻れっ‼︎」
「……莫迦はお前だ__」
言いつつ床を蹴り、私は魔導士へと一瞬で間合いを詰める。
「あっ……⁉︎」
「……歯ぁ喰いしばれ……!」
腰を落とし、右の拳を魔導士の腹に向かって突き込む。
「“海龍破”ぁ______っ‼︎」
叫びに続いて、私の右腕が、魔力の閃光に包まれた。
炸裂するかのように噴き出した水圧が、物凄い勢いで一直線に伸びる。
「ぅげあッ⁉︎」
胃液でも吐き出しそうな声を上げて、魔導士の身体が飛んだ。そのまま彼は石畳の上をごろごろ転がり、やがて建物の壁にぶつかって、白目を剥いたままぴくりとも動かなくなった。
取り敢えず__
私の初クエストは、これにて終了した……かな?




