第二十話『風を集めて』
「き……きゃあぁああっ⁉︎」
悲鳴を上げながら、自転車型ゴーレムと一緒に文字通り木の葉のように私は宙を舞った。
「ぐえっ‼︎」
着地に失敗した私は、石畳に身体を打ちつけて、カエルのような声が漏れた。
その隣に落ちてきたゴーレムから、金属がひん曲がる嫌な音が響く。
__ど、どーか壊れてませんよーに……!
『兄上!』
まだ立ち上がっていない私の目の前に、シルフの小さな背中が割り込んでくる。
『兄上! もうこんな事はやめるでござる! 優しかったあの頃に戻られよ、兄上っ‼︎』
「あに、うえ……?」
転がったまま、私は突然現れた魔導士と、その肩に乗ったイタチを視界に納めた。
まず魔導士の方。ゆったりとした黒のローブに、目深に被ったフード。魔力の籠った宝石が付いたアクセサリー。
誰もがイメージする『魔法を使う人』そのものの格好をしている。
一方イタチの方は、目の前のシルフより少し身体が大きいくらいであとは同じだ。
もっとも……何か様子がおかしいが。
魔力的な鎖のようなモノで、魔導士と繋がっているような『気配』を感じる。
『ああ、なるほど。そう言う事か』
ローブの内側から顔を出したヒートが、納得したように言った。
「ど、どう言う事、ヒート?」
『カノン。昨日の大嵐はこのシルフが起こしたものじゃない。むしろシルフは止めようとしていたんだ』
「え……それって、どういう……?」
言いつつ、ローブから這い出たヒートはシルフの隣に立つ。
『キミのお兄さんはあの魔導士に操られている。そしてキミは、そんなお兄さんを魔導士の手から救いたい。そうだね?』
そうだ、と、シルフは頷いた。
「……何者なの、あの人……?」
何とか立ち上がりながら、私は聞いた。
『判らぬ。だが、ひとつだけ。彼奴は拙者たちを使役する術に長けている。兄上は拙者を逃がすため自ら囮となり……そして、彼奴の手に堕ちてしまったのでござる!』
__なるほど。
「……そのシルフを渡せ……」
「え……?」
ボソボソと、聞き取りづらいくぐもった口調で魔導士は言った。
「このシルフの兄妹は特殊な個体つまり二体揃えてこそ価値があるし俺が持ってこそ価値があるしコイツらが手に入れば俺は上級魔導士試験に受かるし俺をバカにした奴らに仕返しできるし皆から尊敬されるし金持ちにだってなれてなんでもできるだから寄越せ!」
私の態度が気に食わなかったのだろう。
魔導士はかなり早口で捲し立てて来た。
__でも、ごめん。
寄越せ、しか聞こえなかった……。
『ボクたちを造ったクソヤロウと同じさ、カノン。コイツは自分のことしか考えてない』
「ああ、そう言うこと……なるほど、理解した」
スッと目を細めると、自動的に発動した【ステータス視認化】のスキルによって、魔導士とシルフ(兄)の【HP】と【MP】を示すバーが、頭上の右斜めに表示された。
同時に、シルフ(兄)と魔導士が今どう言う状態なのかと言うのも視認できる。
以下はその表示されたステータスだ。
名前:へのへの・モ
性別:男性
種族:人間
属性:土
職業:魔導士(精霊使い)
階級:下級魔導士
戦闘特技:【基本魔法攻撃】【属性魔法】【上位精霊魔法(精霊を強制的に使役しているため)】
生来スキル:【魔法適正】【エレメント・ブリーダー】
保有スキル:【精霊使役】【強制使役】【テイミング・マスター】
体力:50
魔力:395(この300点は使役しているシルフィードから供給)
スタミナ:30
名前:ふうのしん
性別:男性
種族:鎌鼬
属性:風
状態:【スレイブ】【仮死】【魔力共有(共有先:へのへの・モ)】【魔力供給(供給先:へのへの・モ)】【体力変換(変換先:魔力)】【スタミナ変換(変換先:魔力)】
体力:0
魔力:300(この300点は回復次第自動的にへのへの・モへ供給)
スタミナ:0
「……っ」
__コイツ……!
思わず歯軋りするくらい奥歯を噛み締め、指が白くなるくらい拳を握りしめる。
この魔導士は、シルフィードを自分の魔力タンク代わりの道具として利用していた。
『使役系以外はド三流だね。シルフィードの力がないと何もできないヤツだ』
視界を共有したヒートが、嫌そうに鼻を鳴らしながら言った。
「……貴方には渡さない」
言って、シルフを庇うように前に出る。
「……なに……?」
怪訝そうにこちらを睨む魔導士を見つめ返し、
『貴殿……?』
不思議そうにこちらを見上げるシルフを肩越しに見ながら、
「貴方みたいな外道には渡さない。私の全身全霊を賭けてこのシルフは守ってみせるし、絶対に貴方を止める!」
言い放ち、腰のアゾット剣を抜いた。
『ニヒヒ……さあ、これで証明できたかな? ボクたちがキミの味方だって事が』
意地悪く笑うヒートが私の右隣を浮遊し、
『……かたじけ、ない……! 頼む! ご両人! 我が兄を共に救ってくれっ‼︎』
私の左隣に、シルフが立った。
その時、チリン、という鈴の音と共に、黄ばんだ羊皮紙を模したウインドウが、網膜に現れる。
『新たなスキルを獲得しました』
スキル
【風の精の信頼】New!
__あ、信用してくれたんだ……。
嬉しくなってちょっとだけ、口の端で笑った。




