第十六話『パーティを組みました』
一斉に走り出した私達は、レッサーオーガの目の前で左右に分かれる。
「まずはお手並み拝見だ、お嬢さん!」
私の隣で並走するクリムさんが言った。
「うんっ! ヒート!」
『ああ!』
応えたヒートは、無数の『火のトカゲ』型の火球を放つ。
「グォオッ!」
顔面目掛けて飛来する火球を防ごうと、オーガは片腕を上げた。
その空いた脇腹に、
「【海龍破】‼︎」
腰の位置に構えていた左の拳を放つ。
「ゴァアアア!」
放たれた水圧に押し負け、身体をくの字に曲げたオーガに追い打ちをかけるように、
「ふんっ!」
身体の位置を入れ替えて、右肩に担ぐように持った【ソード・オブ・アゾット+5】を振り下ろす。
風を斬る音と共に、刀身に纏わせた魔力が、三日月状の斬撃となってオーガの身体に撃ち込まれる。
「ガァアアアアアアア!」
身体から鮮血を撒き散らし、レッサーオーガが悲鳴をあげる。
『【剣術】を習得しました』
『剣術スキル【弧月】を獲得しました』
脳裏に浮かぶメッセージを無視して、私はクリムさんの方を向いた。
彼は、クイっと片眉を上げて「やるねぇ」と口の端を吊り上げる。
「【神の戒め】!」
ニアちゃんの唱えた呪文によって現れた光の鎖が、レッサーオーガの四肢に巻きつき、動きを阻害する。
「良い加減くたばんなさいよっ! 【サンダー・レイン】!」
アリアちゃんが杖を掲げて唱えた、もつれ合う紫電のスパークが、轟音と共にオーガへと叩きつけられる。
魔物のHPは、半分以下を切っていた。
__トドメを刺すならいまだ!
『アルトッ‼︎』
私とヒート以外の全員が、少年の名前を呼んだ。
「おおおおらあああああああぁッ!」
叫んだアルトくんは地面を蹴って跳び上がり、両腕で高く掲げた大剣を一気に振り下ろす。
落下の勢いと、刀身の重さと、アルトくんの体重が乗った一撃は、レッサーオーガの頭部を断ち割っていた。
「がぁああぁああぁああぁああぁあああ‼︎」
魔物が、絶叫する。アルトくんの叩きつけた大剣の刀身が、頭部から額を割って鼻の頭あたりまで斬り込んだのだ。
「いくぞおぉおっ! 【竜の息吹】‼︎」
目が眩むほどの閃光と共に、鼓膜とお腹に響く音を立てて、爆炎に包まれたオーガの頭部が炸裂した。
__あの剣、爆破属性が付与いてたのか……。
ずどん、という重い音は、ついに敵の巨体が地面に伏した音である。
「ぃよっしゃあ‼︎」
アルトくんは大剣を肩に担ぎ、空いた方の手で拳をかざす。
「はあ……」
「ふう……」
安堵の息を吐いた少女達は、揃ってヘナヘナと地面に座り込んだ。
そんな仲間たちの様子を、クリムさんは頷きながら眺めている。
『勝てたね。さあ、レッサーオーガの素材を集めよう』
「……う、うん」
ドキドキと脈打つ心臓の音を聞きながら、私は小剣を鞘に納めた。
魔物の死骸に近づいた私は、へし折れて近くに転がっている角を拾い上げる。
すぐに、錬金術師としての【分析力】が発動して、レッサーオーガがどういった『素材』に適しているのかが判明する。
__角や牙は武器に、骨は防具やゴーレムの素材になるのか……。
「何してるんだい?」
ひとり考えていると、クリムさんが話しかけてくる。
「素材集め」
そっけなく返して、どーやって素材を剥ぎ取ろうかと思案する。
「あ、俺も俺も!」
「レッサーオーガなんて、村にいた時にはいなかった魔物よねー。珍しーのかしら?」
アルトくんとアリアちゃんが、私を挟むように両隣に立つ。
そして二人は、おもむろに人差し指でレッサーオーガの死骸をタップした。
直接触ったわけじゃない。
目の前の空間を、指の腹で叩いたのだ。
「……なに、してるの?」
「何って、素材集めだろ?」
「ほら、アンタのぶんなくなっちゃうわよ?」
キョトンとした二人に倣って、私も同じようにしてみた。
すると__
『素材アイテムを入手しました』
と言うウインドウメッセージのあとに、素材アイテムの一覧が並ぶ。
【レッサーオーガの骨×3】
【レッサーオーガの角×2】
【レッサーオーガの牙×5】
__ああ、そーいえばこの世界って、妙なところがゲームっぽいんだった。
「ところで君は、どうしてこんなところにいたんだい?」
レッサーオーガの死骸が無くなるまでタップし続けたあと、一段落してからクリムさんがそう言って訊ねてきた。
「私はこの先の街に向かう途中だった。でも、移動手段が壊れた」
「……悪い。お前のアレ壊したの、たぶん俺たちのせいだ……ごめん!」
言いながら、アルトくんは頭を下げてきた。
「壊したのはレッサーオーガだけど、巻き込んだのはアタシたちよね……ごめんね!」
アリアちゃんも頭を下げる。
「あの、必ず弁償しますから、許してくださいっ!」
ニアちゃんも、
「怪我までさせちゃったし……謝って済む問題じゃあないけど、ごめんね。どうかこの通り、許してほしい……!」
クリムさんも。四人は、私につむじをみせる。
「え、良いよ別に。怪我も治ったし、自転車はまた作れば良いから……」
事実を言ったのだが__
「ダメだ! そんなのっ!」
なんか、勘違いされたらしい。
「お前が許しても、このまま無罪放免ってのは俺の気が済まねえ!」
「アタシもこのバカと一緒よ!」
「あ、あのっ! せめてなにかさせていただけないでしょうかっ⁉︎」
「え、ええー……?」
『ニヒヒッ……どうする、カノン?』
三人から手を握られた私を、肩に留まったヒートが面白いものを見るように笑う。
__こンにゃろ〜……。
それじゃあ、と、クリムさんが呟く。
「せめてこの先の街まで君を護衛がてら連れて行く……っていうのは、どうかな? もちろん、依頼料はいらない」
「むぅ〜……判った」
結局、折れた。
「ひとつ聞きたい。あなたたちは、あの街の人?」
「いや? 俺たちは旅の冒険者だぜっ!」
「あの街には、二、三日前にたまたま立ち寄っただけよ」
そう、と呟いた私を、
「あ、あの……あの街に何か……?」
ニアちゃんが、オドオドと聞いてきた。
「や、もし街の人なら、街の中を案内して貰おうと思っただけ」
その言葉に、アリアちゃんとニアちゃんが満面の笑みになる。
「なぁんだ! それくらいお安いご用よっ! 街に着いたら、一緒に周りましょう? ええっと……名前、なんだっけ?」
__あ、そーいえば名乗ってなかった。
「はじめまして。私はカノン。旅の錬金術師。こっちはサラマンダーのヒート……どうぞよろしく」
言って、ぺこり、と頭を下げる。
「俺、アルト! よろしくなー、カノン! ヒート!」
「アタシはアリアよ! よろしくね、カノンちゃん! ヒートちゃん!」
「わっ、わわわ、私はニアででで、どす! よ、よろしくお願いします、カノンちゃんっ! ヒートくんっ!」
「僕はクリムさ! よろしくね、カノンちゃん、ヒートくん!」
それぞれと握手を交わしたあと、
『冒険者パーティ【ぱろぷんて】とインスタントパーティを組みました』
「え゛っ⁉︎」
そんなメッセージが目の前に表示された。
「どしたー?」
「あ、いや……なんでも、ない……」
ぱろぷん……いや、大丈夫だ。
幸先が一気に不安になったが、まぁ、大丈夫だろう。
……たぶん__




