第十四話『リベンジマッチ』
どぉん、という轟音と振動に、私は目を開けた。
どーやら、一瞬だけ気を失っていたらしい。
「う……」
僧侶風の少女とヒートが、仰向けで横になる私を囲うようにして顔を覗き込んでいた。
少女の持ったライトメイスから、淡く柔らかい光が放たれ、私に降り注いでいる。
「き、気付かれましたか? あっ、まだ動かないで! すぐに良くなりますからっ!」
どーやら、今受けているコレは回復魔法らしい。
この治癒の魔力に呼応するように、右目の【赤きティントゥクラ】が、ほんのりと熱を帯びていっている__気がする。
『カノン……カノン……』
「……ヒート……ごめん、大丈夫……」
不安そうに顔の横まで来たヒートを、なんとか持ち上げた手で撫でた。
__単純に、レッサーオーガとの腕の長さと質量さで負けた……。
まさか魔物が【マジック・ブロウ】を出せるとは思わなかった。ヒートがダメだと言ったのは、つまりコレが理由だろう。
「ありがとう。もう、大丈夫」
「そんなっ! まだ動ける状態じゃ……って、貴女……その目……⁉︎」
起き上がった時に、眼帯が外れたようだ。露わになった右目を見て、僧侶は息を呑んだ。
「あ……気に、しないで……貴女はあの人たちのところへ行って」
「あ、貴女はいったい……」
遠くで、あのレッサーオーガの咆哮と、何かが爆発するような音が聞こえる。
僧侶が私を回復するのに専念させるため、彼女の仲間たちが囮になって戦っているようだ。
「と、兎に角! 貴女はここにいてください! 皆さんっ! 大丈夫ですかーっ⁉︎」
大慌てで仲間の元へと駆け出す僧侶を見送り、
『カノン【赤きティントゥクラ】には癒しの力がある。目に集中して、石の魔力を身体の隅々にまで行き渡らせるんだ』
「うん」
私は一度大きく深呼吸をして、右目に意識を向ける。
一応、初期錬金術で【治癒】は持っているけど、実はまだ使ったことがない。
手を火傷したとき、いつの間にか治っていたから、てっきりこの身体は怪我をしても自然回復すると、勝手にずっと思っていた。
__でも、違った。
今なら判る。
右目の【赤きティントゥクラ】から漏れて溶けた魔力が、血液と混じって血管と細胞を巡っていただけだ。
ずっとコンディションが絶好調なのは、つまりはソレが理由だ。
__判った__理解した__解析した__
__大丈夫。できる。
魔力の扱いは【マジック・ブロウ】や【海龍破】で覚えた。
癒しの魔力の雰囲気も、さっきので理解した。
大丈夫__やれる!
そう確信した、その時__
「……ぁ……!」
全身に何かが湧き起こるのを感じた。
力だ。力が溢れてくる。
右目から溢れた膨大なエネルギーが私の身体の中で渦を巻き、嵐となる。
書き換えるように、古い表皮を引き剥がすように。
骨から血の中に流れ出した【賢者の石】が、傷を塞ぎ、スタミナを回復させ、無尽蔵に湧き上がる魔力を受けた箇所が蒸発するかのように再生する。
『Lv.2にレベルアップしました』
『生来スキル【自動回復機能】が完全解放されました。常時HP、MP、SPが自動で回復します』
『新スキル【ステータス視認化】を獲得しました』
という、お馴染みの羊皮紙色のウインドウが、管楽器のファンファーレ付きで脳内に表示された。
「……ヒート、行けそう?」
立ち上がりながら、私は言った。
『ボクは問題ないよ、カノン。キミこそ、病み上がりでいけるのかい?』
__それこそ、問題ない。
私の肩に留まったヒートに笑みを向けて、腰に吊っている【ソード・オブ・アゾット+5】を鞘から引き抜く。
「あのゴリラにお礼しないと」
私と。
自転車の。
ここまで旅を共にしてくれた私のマウンテンバイクは、無惨にも粉々に破壊され、その残骸が原っぱに散らばっていた。
『良い素材が獲れるかもね』
さりげなくエゲツナイことを言うヒートと共に、私は戦闘が続いている場所へと駆け出した。
さあ__リベンジマッチだ!




