第十三話『走り出せ』
鼻をくすぐるような木々の匂い、力強く、時には歌うようにさえずり続ける鳥の声、青空に漂う柔らかな雲に冷たく澄んだ渓流の水__
あのあと雑貨道具屋『珍堂』で、旅行用の食料や道具を買ったあと、私は街を出てすぐ近くの街道から、森林を通って野山まで自転車を飛ばした。
左右に流れる緑の中を、私の操るマウンテンバイクが走る。
「……んーっ……!」
私の髪を好き勝手に風が弄び、ついでにむせかえるくらい濃い木々の匂いを運んでくる。
__ちなみにこの道を選んだ理由は、珍堂の店主が『もし素材集めながら次の街いくならこの山超えるが吉ヨ!』と教えてくれたからである。
「……有名な穴場なのかな?」
『かもね』
自転車で走っていると、横目に薬草集めや素材集めに来たらしい冒険者たちの姿をチラホラと見かけた。
ピッケルを担いでいた人もいたので、どこかで鉱石も採れるようだ。
「あっ……みて、ヒート。エビヅルだ」
ちょうど自転車を停めた木に、ヤマブドウに似た木の実が成っているのを見つけた。
向こう側の木にある小粒な赤い実は、コケモモだろうか?
『食べれるの?』
「うん。甘酸っぱくてオヤツにちょうど良いんだよ……っと!」
二、三個ほど摘み取り、ヒートと一緒に食べる。
『美味しいね』
「でしょ? ヨモギもたくさん生えてるね……あ、ワライタケ。野生の馬がいるのかな?」
ワライタケは馬糞の上に生える毒キノコである。
『たぶん、行商の馬だと思うよ』
ふぅん、と相槌を打ちつつ、なんと無しに周りを見てみる。
ドクササコ、シビレタケ、カキシメジ、クサウラベニタケ、ハナホウキタケ、ヒカゲシビレタケetc……あれ、けっこー、毒キノコが自生してるな……しかもどれも、雑木林に生えているヤツだ。
「うーん……ちょっと別の場所に行こう、ヒート」
何かに使えるかも知れないが、どれも幻覚や下痢や心臓麻痺を引き起こす毒性の強いモノなので、正直いまはいらない。
私が欲しいのは、薬になるヤツだ。
移動しようと、サドルに跨ろうと片足を上げたとき、
『カノン』
突然、ヒートに呼び止められた。
「え、なに? どうしたの、ヒート……」
『向こうから何かが近づいてくる』
「え……?」
片足を上げたまま、ジッと遠くを見つめるヒートの視線を追う。
そのとき、雑木林の中にいたらしい無数の鳥たちが、何かから逃げるかのように一斉に鳴きながら羽ばたいて飛んでいった。
「……な、なに……?」
ひとときの静けさのあとに__
『うわぁああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ__________っ⁉︎』
雑木林の中から数人の男女が、叫びながら飛び出してきた。
「え゛っ⁉︎」
「逃げろ!」
「はやく! はやく逃げてっ‼︎」
「ここは危険ですっ!」
通り過ぎざまに、彼らは叫ぶ。
「えっ? えっ?」
遠ざかる彼らの背中を眺めていると、木々を薙ぎ倒す音が、雑木林の方から段々と近づいてくる。
「へっ……?」
振り向いた私の目の前に、
「ゴアァアアァァアァアァアァァアアァァアアッ‼︎」
額から牛の角が生えたゴリラが、猛スピードで向かってきていた。
「きゃああああああああ____っ⁉︎」
慌てて自転車に乗った私は、叫びながらペダルを漕ぎ続ける。
先行して逃げていた男女と並ぶように走りながら、
「なにっ⁉︎ アレなにっ⁉︎」
「知らねーよっ!」
応えたのは、私と同じくらいの身長の少年だった。
「薬草採ってたらイキナリ現れたのよっ!」
続けて叫んだのは、魔法使いの格好をした少女だ。
「おそらく、あの魔物は……」
僧侶風の少女の言葉を、
「ああ! たぶんアレは__レッサーオーガだ!」
『__レッサーオーガだよ。カノン』
引き継いだ長身の青年とヒートが同時に応えた。
『レッサーオーガ?』
私と少年と少女は、おうむ返しに首を傾げる。
「ぐごぉおおぉぉおおぉおぉおおおおお!」
すぐ間近で、レッサーオーガなる魔物の咆哮が聞こえた。
「くっ!」
私は強引に、自転車の車体を180度反転させる。
全力で漕ぎながら、拳の形にした右手を顔の横まで引き絞る。
私が攻撃しようとするのを察したのか、レッサーオーガも咆哮と共に腕を振り上げる。
『カノン。ダメだ、コイツは__』
「だぁあぁああぁあっ‼︎」
敵に向かって一直線に走りながら、私とレッサーオーガは同時に【マジック・ブロウ】を放った。
「えっ?」
気がつくと、私は宙を舞っていた。
何か硬いものが、額にぶつかってきた。
落下した地面の上をボールみたいに跳ねながら転がって、近くの木に激突したんだと気づくよりも先に、甲高い悲鳴の主が二人の少女たちであることを理解した。
「ごふ!」
喉の奥から熱いものが込み上げてきて、吐き出すとそれは赤黒い血の塊だった。
『カノンっ!』
霞んできた視界に、血で汚れた胸元にヒートがよじ登って叫ぶのが見えた。
__こ、これ、やばい……私、死ぬかもしんない__




