第十二話『寝ているあいだにサヨナラする今日を最後に』
思い出したかのよーに自転車を使っていますが、そう__街にいる間は、あまり活躍がないから忘れてるんだ。
まぶしさに気づいて瞼を開けると、閉じられた鎧戸の隙間から、朝日が差し込んでいた。
あくびを噛み殺しながら上体を起こし、首を回し、腕を回し、腰を回す。
「……んっ……!」
小さく唸りながら伸びをして、ベッドから足を床に降ろして、靴下とブーツを履く。
「んー……」
__シーツ越しに藁がガサガサチクチクして、あんまり寝れなかった……。
触覚とか寒暖差の変化に疎い私が気になるんだから、フツーの感覚を持った人は、もっと気になって寝れないんじゃないだろうか?
右目に眼帯を付けていると、
『やあ』
私が起きたことに気づいたらしい。たらい桶の中で丸まって眠っていたヒートが、のっそりと顔を上げる。
『おはよう、カノン』
言いながら、ヒートは私の頭の上に留まった。
「……おはよ、ヒート」
ベッドに投げ出していたローブコートを羽織った私は、たらい桶を素材アイテム『木材』に錬金術で分解して、ショルダーバックに仕舞う。
しん、と静まり返った狭い廊下を通って、手すりから吹き抜けを覗き込む。
料理屋の食堂には、テーブルやカウンターに突っ伏してイビキをかく酔っ払いの姿しかなかった。
私はそのまま足音を忍ばせて階段を下り、店を出た。
早朝の街並みは、朝日に照らされてさんさんと輝いている。
どこからか響いてくる槌が金属を打つ音は、鍛治作業の音だろうか。
「良い天気だね」
『そうだね。風も柔らかくて気持ちいいし、出かけるにはちょうどいい』
店の前の物陰に隠すように停めていたマウンテンバイクに異常がないことを確認してから跨り、床を蹴る。
『今日はどうする?』
「んー……取り敢えず錬成したアイテムを売って、お金にしよう」
ペダルを漕ぎながら、私は商店街の方へと向かった。
朝早くだと言うのに、商店街は朝市で賑わっていた。
食材の仕入れ業者らしい馬車に詰め掛けている人の群れは、料理人とか肉屋とか、この街で食材を取り扱う人たちだろう。
その間をすり抜けて、私は道具屋へと自転車を走らせる。
店の前に自転車を停めて、私は『雑貨道具屋珍堂』と看板が掛かった木製のドアを開けた。
「いらしゃい。なんにするアルカ?」
そこには、丸いサングラスにナマズみたいな髭を生やした、いかにもアヤシイ店主が、カウンターの内側で長いキセルをプカプカ吸っていた。
「あ……」
__すみません、間違えました。
と言って、思わずドアを閉めそうになる。
「えっと……アイテムを売りたいんですけど……」
「あいよ。アイテムの売買アルネ」
見せて、と言われたので、私はカバンの中の『錬成品』を置く。
別に対したモノではない。
薬草を調合した万能薬とか、ヒートの脱皮した皮で作った革製品とか、黄鉄鉱で作った金貨のニセモノとか__そんなのだ。
「ほう、お客サン。錬金術師アルカ? 中々いいウデしてるナ」
胡散臭い顔をした店主は、にやりと笑う。
「特にこの『火蜥蜴の革素材』と『愚者の金の金貨』はマニアに高ぁーく売れるネ。コレくれるかお客サン? そしたらホンモノのお金と、良いのあげるヨ」
「あ、はい……どーぞ」
『好きなだけ持って行きなよ』
頷きながら、袋に詰めた愚者の金とヒートの抜け殻を追加でカウンターに置く。
「あいや! こんなにか⁉︎ お客サン神様ネ! ちょと待てて! モノ持てくるヨ‼︎」
そう言って、店主は奥に引っ込んでいった。
何かをひっくり返すような音や「あれ、オカシナ? 何処いた?」などと言う声が、物置らしき場所で聞こえる。
「お待たせしたた! これネ‼︎」
店主は、細長い木箱に入っていた品物を掴み、鞘から引き抜いた。
それは刃渡りは50cmほどで、柄まで入れて70cmほどの小剣だった。
刀身は肉厚・幅広の両刃で、先端は鋭角に尖っている。形状としては一般的な剣より幅広な形をしている。
何より特徴的なのは、菱形を縦に引き伸ばしたかのような形をした黒檀の握りの先に、大きな球状の柄頭が付いていること。
「……グラディウス?」
ことり、と小首をかしげる私に、
『いや『アゾット剣』だよ、カノン。しかも、ヒトの手で作られたやつじゃない』
ローブの内側から顔を出したヒートが教えてくれた。
「……アゾット剣? それって、パラケルススが持ってた剣の名前……」
パラケルススは「医化学の祖」、「毒性学の父」、「医学界のルター」と呼ばれる人物で、錬金術師としても有名である。
そんな彼が常に持ち歩いていた剣、または杖が『アゾット剣』だ。
__確か柄頭に悪魔を容れてたとか、賢者の石が入っているとか……ああ、だから小剣にしては妙に柄頭が大きいのか。
つまりアレ、容れ物なんだ__
「あいや! お嬢ちゃん良く知てるナ! コレその昔うちの爺様がドワーフから買い取ったヤツね。なんでも結婚資金にするからて置いてたらしいネ」
あげるヨ、と言って、店主は鞘に収める。受け取った剣の柄には『Azoth』と刻印されていた。
「パラケルスス使てたホンモノちゃうアルけど、このアゾット剣、業物なのはホンモノヨ? ニセモノちゃうアルヨ? なんなら試し斬りするか? 私、何故か皆から怪しい言われるヨ」
「い、いや、大丈夫です……でもコレ、家宝とかじゃ……?」
「私とっとこお金稼いでこの街でるアルヨ。あなたの『錬成品』でそれ出来るネ。だからそのお礼ヨ」
あ、ソーダ! と、何かを思い出したらしい店主は手を叩く。
「ちょと待てて!」
再び奥に引っ込んだ店主をよそに、
『魔導武器【ソード・オブ・アゾット+5】を装備しました』
と言うウインドウが脳内に表示され、いつの間にか腰に剣帯付きでアゾット剣が装備されていた。
「お待たせしたた! お嬢ちゃん! 友好の印にコレあげるネ‼︎」
ごとん、と音を立ててカウンターに、木箱が置かれた。
蓋の中身は、ビロードの敷物に収まったブレスレットだった。
幅の広い、金属製の、精緻な彫刻が施されたものだ。
「コレ、私の知り合いの魔法導具専門店に売ってあるマジックアイテムでナ。生き物以外なら、どんな大きなモノでもなんでも仕舞える優れものヨ!」
「え゛っ⁉︎ い、いや……でも……」
さすがに貰いすぎな気が__
「あいや信じてナイナ? ヨシ、ちょとおいで!」
「え゛っ⁉︎ あ、あのっ、ちょっと……!」
カウンターを飛び越えて私の隣に立った店主は、私の手を掴んで店の外に出る。
そしておもむろにキョロキョロと周りを見渡して、店の前に停めていた私のマウンテンバイクに目を止めた。
「コレ! コレ今からこの中いれる! 見てて!」
「あ、いや、ソレ私の自転車……」
有無を言わさず、店主はブレスレットと自転車を打ち合わせる。
きん、と甲高い音が響いて、次の瞬間、ブレスレットが光を放ち始めた。迷路のように彫り込まれた精緻な彫刻の、その溝の部分が内側から発光している。
淡い青色の、しかし強い光である。
「ハジメテ収納する時は叩かないと駄目アルネ。次からはソレの名前呼べば良いヨロシ」
次の瞬間、私の自転車は、まるで強力な掃除機に吸い込まれたかのように、渦を巻きながらブレスレットの中に入って行った。
「出すときは、こうネ__“来来”!」
言いながら、店主はブレスレットをフリスビーのように投げる。
三歩ほど大股で進んだ先の虚空で回転したまま止まったブレスレットは、その大きさを変える。
大型のフラフープサイズになったブレスレットから光が降り注ぎ、そこから収納されていた自転車が、まるで天から舞い降りるかのように神々しく現れた。
「今回はアレしか入てなかたから何も言わなかたけど、出したい時は【“来来”】て言うてから出したい物の名前言うすれば出るね。
あと、派手だから投げたけど別に投げなくても良いヨ。
__どうネ、お嬢ちゃん! 信じる気なたか?」
ブーメランのように手元に戻ってきたブレスレットを手渡しながら、店主は言った。
「あ、はい……」
「良かたナ! ソレ私とオソロイヨ!」
「え゛っ⁉︎」
店主は、グイッと長袖を捲り、左腕に嵌めたブレスレットを見せる。
「ソレ会員証にもなてるネ! お嬢ちゃんナラ、サービスするヨ! 今後とも雑貨道具屋『珍堂』をごひーきにアルヨロシ!」
『インベントリアイテム【壺中天の腕輪(珍堂の会員証)】を入手・装備しました』
珍堂の店主の笑い声と、黄ばんだ羊皮紙型ウインドウのメッセージが脳裏に表示されるのは、同時だった__
ソード・オブ・アゾットの見た目はオージャカリバーZEROです。
大きさはだいたい打刀と同じサイズです。
なんとなくDX版よりちょっと大きい感じをイメージしていただけたらわかりやすい……かなぁ?(ー ー;)




