第一話『目覚める私』
__原始の海とは、きっとこんな感じだったのだろう。
ねっとりとしていて、人肌くらい生温い。
それはまるで、母の胎内のような__
ゴボッ、と、水の塊が排水溝から抜けるくぐもった音がする。
そして『起きろ』と言わんばかりに、全身に針でも突き立てられたかのような鋭い痛みが走った。
__起動__起きる__目を開ける__
頭の中で鳴り響く声に従い、朦朧とする意識の中で、私はゆっくりと瞼を開いた。
「……………?」
直前の記憶が朧げで、ひどくぼんやりとしている。
だが、自分がたったいま液体が全て抜けたらしい培養カプセルの中に、直立した状態で収まっていた事は、なんとなくだが理解できた。
「や、やった……成功ぢゃ!」
ぷしゅん、と気の抜けた炭酸みたいな音を立てて開くカプセルの目の前に、ガリガリに痩せて頭髪が死滅したお爺さんが佇んでいた。
鷲鼻に長い口髭と顎髭を蓄えたその姿は、サンタクロースみたいだと思った。
そのサンタクロースに、
「……だれ……?」
私は聞いた。
というか、ここはどこだろう?
薄暗くて目の前のお爺さん以外よく見えないが、何かの施設のようだ。
周囲は薬品のような匂いと、ひんやりと湿っぽい空気が漂っている。
「ををっ! もう言語を話せるのかっ⁉︎ 元々人間以上の知識と知能を持っておるとは言われておったが、いや、それにしても流石はこのワシが造ったホムンクルスぢゃ!」
「ホムン……え、なに?」
頭の中に、何か詰まっている。
それのせいで、まとまった思考さえ出来ていない。
「ふぇっふぇっふぇっ! やはりワシの理論は間違ってなどおらなんだ! どーぢゃ! 見たかっ! 無知蒙昧なアカデミーの莫迦共よぉっ! ワシが構築した術式で! 新たに導き出した配列でぇっ! ホムンクルスの『フラスコから出られない』という常識を覆してやったぞおッ‼︎」
私の質問に答える気がないのか、はたまた聞こえていないのか。お爺さんは小踊りをしたのち、ガッツポーズをしながら虚空に向かって叫んだ。
ホムンクルス? フラスコ?
はて、何処かで聞いたことがあるよーな……?
頭の中にある『何かが詰まった感じ』が溶け始めるような感覚と共に、徐々に意識がはっきりとしてくる。
「動作確認ぢゃ! ほれっ! 動いてみぃ!」
言われて、私は両手を閉じたり開いたりしたあと、ゆっくりとカプセルから出た。
感覚__薄着一枚を全身に纏っているかのように鈍いが、確かにある。
「カンッペキぢゃ! 整った唇、整った眉、整った目、それを組み合わせて構築された美しい顔! それに相応しい均整の取れた肉体っ!」
「……貴方、さっきから何を言って……」
顔にへばりつく髪を掻き上げながら言いかけて__気づいた。
少し粘性のある液体に、頭から爪先までたっぷりと濡れた私は、なにも身に付けていなかった。
「え゛っ⁉︎」
全裸だ。すっぽんぽんだ。文字通り、生まれたままの姿だ。
「き……きゃあぁああっ⁉︎」
私は思わずお爺さんの鳩尾に正拳突き__パンチを撃ち込んだ。
「ぐぉっ⁉︎」
くの字に曲げたお爺さんの身体が冗談のように後ろに吹き飛び、壁に激突した際に、蜘蛛の巣状のヒビを走らせる。
「え゛っ⁉︎」
私は正拳突きの姿勢のまま固まった。
ぶん殴るとき、握り込んだ拳が淡く輝き同時に強烈な衝撃波が放たれたように見えた。
「なっ、なにを……するん、ぢゃ」
それだけ言い残し、お爺さんはガックリと首を横に倒して動かなくなる。
__それはこっちのセリフだ!
何コレ? なにこれ! 拉致監禁? 婦女暴行? この人なに? ここどこ? 痴漢? 変質者?
__え、待って。私、まさかこんなじーさんに……い、いや、考えるのはよそう……。
「……というか__」
いま、手から何か出なかった……?
『【体術】を習得しました』
『体術スキル【マジック・ブロウ】を獲得しました』
『装備品:なし』
そんな声が、頭の中で響いた気がした__
初投稿となりますが、楽しんでいただければ幸いです。
いいねとかブックマーク、感想などいただけるとモチベーションが上がります。