かりつめかりかり
ある日、歯の詰め物が取れてしまったので歯医者に行ったら、応急処置として仮の詰め物を入れられた。
治療は二週間後。
「気になる。」
歯にガムをへばりつかせたような詰め物の違和感が気になり、ついつい舌で触ってしまう。
治療はまだ先、この歯の異物感、どうにかならないものか・・・
「お、ちょおっ!舌こすりすぎて赤くなってるよ。」
突然、私の頭の中に響く声。
「え?なに?・・・え?」
周囲を見回すが誰もいない。
「いや、口ん中口ん中!」
「え?え?」
そう言われ眼球を目一杯下に向けるが当然見えない。
「いやほら、僕、さっき歯医者で処置してもらった仮の詰め物。」
「え?・・・ええ!?」
信じ難い事を告げられ更に混乱した。
「まあ、あのー・・・ね、突然の事で戸惑ってると思うけど、治療までの短い間よろしくね。」
「いや、ちょ・・・えー・・・」
そして、仮の詰め物カリツメとの奇妙な共同生活が始まった。
「そろそろ寝るか。」
夜もちょうど良い時間を周り、私は電気を消すためスイッチに手をかけた。
「ちょいちょいちょい、そのまま寝る気か?」
しかし、カリツメの待ったがかかる。
「え?」
わけが分からずスイッチに指が触れた状態で停止する。
「歯磨き!今まで大きな虫歯にならなかったからって油断しちゃイカンよ。」
「ああ、わかったわかった。」
説教とともに歯磨きを促された私は洗面所へと向かった。
「糸ようじが通らないんだけど・・・」
歯磨きを終え、仕上げの糸ようじをするがカリツメのいる歯に糸が通らない。
「あーごめんごめん。治療まで我慢してー。」
カリツメは申し訳なさそうに言うが、治療という言葉に私は寂しさを覚えた。
「治療まで・・・か。」
「なあ、今日歯医者でしょ?そろそろ歯ぁ磨いたりして準備したほうが良くない?」
部屋でくつろぐ私にカリツメが言う。
時計の針は二週間前に歯医者で予約した時刻に近づいていた。
「えー?・・・別に良くない?」
「・・・おい。」
歯切れの悪い私にカリツメは何か気づいたようだ。
「まさかバックレる気?」
「・・・。」
鋭い言葉に図星を突かれ私は声を失う。
「行きたいのは山々なんだけど、情が伝染っちゃって・・・」
そして、早々に復帰すると私は白状した。
「僕は仮の詰め物だよ?このままバックレ続けてもいずれ何らかの事で取れることになる。」
「でも、それまで生きながらえるじゃん。」
正論をぶつけるカリツメにどうにか反論する。
「そりゃそうだけど、僕のアイデンティティーは治療されて終わる事にあるんだ。治療以外で取れるなんて考えられない。情が伝染ったんならわかってよ。」
しかし、正論相手に勝てるはずもなく、あっさりトドメの一撃を貰う。
「・・・わかった。この二週間楽しかった。ありがとう。」
そして、観念した私は小さく礼を言った。
「僕もだよ。ありがとう。また何処かで・・・あ、僕がいなくなっても歯磨きはちゃんとして、また僕が来る事が無いようにね!」
カリツメも礼を言って思い出したように一言を添える。
「わかったよ。」
そして、重い腰を上げ歯医者へと向かった。
歯医者に行くとカリツメは外され、あのお喋りな詰め物がいた場所には、代わりにはめられた銀歯が無機質な輝きを放っている。