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セカンも脱退することを決めたんだが

「あの、こちらは【星と雷】の皆さまがご利用中のお部屋ですよね?」

ギルド職員がラステ達の部屋にやってきた。

「ああ、もうそんな時間か?悪い、延長してくれ」

この部屋は時間貸しのルールである。パーティの内緒話用として利用されることが多く、実際今まさに【星と雷】がそのように使っている。

「いえ、お時間はあと少し残っておりますが、先ほどご提出いただいた書類について記入漏れがありましたので」

「書類?何も出してないぞ」

「サート様が提出して行かれました」

「サート?何を出したんだあいつ」

ラステはセカンに合図して、職員から記入漏れがあるという書類を受け取らせる。

「・・・脱退申請書?」

「はい、こちらの書類の提出日の欄が空欄に」

「脱退だって!サートがか?!」

職員の説明を途中で遮り、ラステが大声を上げた。

「これを本当にサートが出していったんですか?」

「ええ、確かにサート様ご本人でした」

ギルド職員はさすがにすべての冒険者を覚えているわけではないが、【星と雷】は有名どころであり常連でもある。そのため全員の顔と名前を把握していた。

「俺は了承してないぞ、取り消せ」

「しかし、代理の方の提出ではなくご本人様が自身でご提出いただいた場合、パーティリーダーであっても撤回はできないのですが」

「いいから撤回させろよ」

「規則ですから」

これ以上ラステに話をさせると職員を脅迫し始めかねないと判断したセカンが割って入った。

「ええと、とりあえず漏れを記入して後で提出しますので一旦お預かりします」

「お願いします」

セカンはラステが暴走する前にと急いで職員を退室させた。

「提出すんなそんなもん」

「そうですね、とりあえず書類を回収できましたから、このまま再提出しなければ手続きは進まないでしょう。しかし、籍があっても本人がいないのではどうしようもありませんが」

「セカン、ファスタ、お前らで探してこい」

「はて、なぜ吾輩が?」

ファスタが不思議そうに尋ねる。

「メンバーの所在確認だ、パーティの義務だろうが」

「しかし、吾輩は戦闘に関する業務以外一切を免除されておりますが」

確かにそういう契約なのである。ラステの言う通り、「うちのメンバーがどこか行きました。心あたりもありません。行方不明です」ではギルドからペナルティを課せられる。これを所在確認義務というのだが、それを守るのはリーダーの役目だ。もちろんメンバーに命じて探させる権限はあるのだが、ファスタに限ってはそれを免除する契約が結ばれている。ついさっき契約書を読み直したばかりなので、当然ラステもファスタの言葉の正しさを肯定するしかなかった。

「・・・セカンだけでいい、とにかくサート・・・と、フォイも探して連れ戻せ」

「サートの書類は不備がありますから連れ戻せますが、フォイの方は無理では」

「何とかしろ国際司書!」

もちろん国際司書資格と人探しは何の関係もない。しかし、メンバーを探せというリーダーの指示は妥当なものだ。

「では、サートの捜索に行ってまいります」

セカンはなるべく丁寧に一礼すると部屋を出て行った。


(フォイに続いてサートまで。一体何があの子たちに脱退を決意させたの?)

探す気がないわけではないが、やる気がないのも事実だ。書類の不備というのは手続きの問題に過ぎず、すでにサートの気持ちは【星と雷】から離れている。今回は連れ戻せても、次はないだろう。明日にでも不備のない脱退申請書を作成・提出してしまえば、今度こそ連れ戻すことができなくなる。セカンはサートが提出した書類を何気なく読み続け、ある一点で視線を止めた。

(え?こんなに?)

退職金の欄である。本人の記入ではなくギルド職員の記入欄で、そこだけ筆跡がサートの物ではない。おそらく一旦書類を受け付けて手続きを進め、最終確認の段階で不備に気づいて持ってきたのだろう。

退職金はリーダーと脱退者の合意によって金額が決まる。スタットの場合はラステがかなり強引に押し切ったとはいえ、書類上はかなり低い金額で合意が成立したと公式に記録されている。逆に、パーティに大いに貢献したメンバーが脱退するときにリーダーが謝礼として退職金を上乗せすることもよく聞く話だ。そのどちらでもない場合、ギルドがパーティの収入やメンバーの所属期間等の要素を規則に当てはめて機械的に算出する。パーティの預かり金からその退職金の金額を抜いて、元メンバーの預かり金として帳簿に記録するのだ。サートの場合は、【星と雷】がわりと大金を稼いでいたことと、それなりの期間【星と雷】に所属していたこと、専属メンバーであったこと等の要素から、かなりの高額な退職金が算出されていた。

(私の場合は専属ではなく専従だから多少金額は違うはずだけど・・・加入期間7年でしょ、だったら、えーと・・・)

頭の中で概算を算出し、セカンは行き先を変更した。


「ちょっとすみません、私の退職金って今辞めた場合いくらになりますか?」

「はい、えー、【星と雷】のセカン様ですね。試算いたします」

セカンがラステから金を借りた理由は、息子3人の学費である。よりにもよってというか、いや非常に宜しいことではあるのだが、3人とも母親譲りの賢さを発揮し3人そろって帝都の中央大学に合格してしまったのだ。ここの卒業生ともあれば国中から引く手数多、一生失業の心配をしなくて済む。もちろん難易度も相応に高く、兄弟3人が揃って合格するなど母親のセカンですら全く想定していなかったのである。では学費の納入を3人分、と言われて危うく卒倒するところだった。国際司書とはいえ年収数年分に匹敵する学費を右から左に用意できるはずもない。かといって息子たちの将来を考えると入学を断念させるわけにもいかない。一攫千金の危険な仕事を求めて冒険者ギルドに踏み込んだところでラステと出会い、10年の専従契約と引き換えに学費を借りることができたのである。おかげで危険な仕事をすることもなく、息子たちを帝都中央大学に入学させることもできたわけで、最初はラステに大いに感謝していたものの、7年間共に冒険を続けることでラステのよろしくない面を見続けることになってしまった。ちなみに大学は8年制で、息子たちは来年卒業見込みである。

「お待たせいたしました、セカン様。概算ではありますがこのぐらいになります」

ギルドの試算した金額に、セカンは驚いた。

(借金を返して、帝都に家族全員が住める家を借りられるぐらいあるの・・・!)

さらに多少の貯えもあるので、息子たちの収入が安定するまで暮らすこともできる。

「セカン様も脱退されるのですか?」

「いえ、ちょっと気になっただけです」

とは言うものの、もう心は決まっていた。

「先ほどのサート様の脱退申請書、記入終わっておりましたらお預かりしますが」

「あ、そっちはちょっと待ってください」

これからの計画を考えると、まだ提出するわけにはいかなかった。


セカンは、【星と雷】がダンジョンの攻略に向かう際、常に留守番である。戦力的には完全に足手まといである上に、温存する価値があるからだ。留守番と言ってもただぼーっと帰りを待つわけではない。宿の手配、食材の備蓄と調理、買い出し等やることはいっぱいあった。つまり、【星と雷】で一番この街に詳しいのがセカンなのである。

「ああ、やっぱりここに来た」

「う・・・セカンおばさん・・・」

「何でここが?」

スタット、フォイ、サートの3人が好みそうな宿屋はこの街に3つ。うちひとつは【星と雷】の定宿であるから戻ってこないと予測した。あとの2つのうち、なるべく冒険者ギルドから遠い方を選ぶだろうというセカンの予想は大当たりだった。

「私も、【星と雷】を辞めようと思うの」

「え・・・セカンさんも?」

「借金を返すめどが立ったからね。来年には息子たちが戻ってくるし、予定より3年早いけど冒険者を引退するにはいい頃合いだわ」

「国際司書の仕事は?」

「帝都の図書館で内勤をしようと思うの。あそこなら国際司書が何人いても足りないぐらいだから、雇ってもらえるわ」

「もう脱退申請書は出してきたんですか?」

「これから出しに行くの。それで相談なんだけど、帝都までの護衛をお願いできないかしら?さすがに単身で移動するのは危険すぎて」

「あ、なるほど。そういうことですか」

魔法使い、斥候が得意な盗賊、荷物運び。ちょっと前衛が寂しいが、ダンジョンに突入するのでもなければ十分だろう。

「ちょうど3人でこの街を抜ける相談をしていたんです、いいですよ」

「スタットが決めたならまあ、それでいいや」

「うん、お金が足りないからどうしようかと思ってたんで」

「そのお金だけど・・・」

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