スタットが解雇されたんだが
前作発表より前から書き続けている長編がまだまだ続きそうなので、先に構想がまとまった本作を執筆しまとめ上げてみました。
文字数は前作の4割増しと言ったところですが、それでもかなり短めなほうだと思います。おおむね2、3日置きに公開しますので、剤後までお付き合いくださいませ。
「お前クビな」
5文字で解雇通知を突き付けてきたのは、冒険者パーティ【星と雷】のリーダー、ラステ。突き付けられたのは、「【星と雷】」所属の荷物運びをやっているスタットだ。
「心配するな、もちろん理由は説明してやるよ。規則だからな」
冒険者ギルドに登録しているパーティには、いくつかの規則を守ることが義務として課せられている。そのひとつが解雇理由の説明。
「無能だからとか役立たずだからとかじゃねーぞ、実際スタットは役に立ってる。それは認めてやる。【星と雷】の中で5番目に使えるやつだと思ってる」
5人パーティの中で5番目ということは、一番使えない奴だと宣言しているに等しいが、そう言ってしまうとパワハラにあたるのでこういう言い方をしたのだろう。ラステはその点抜け目がなかった。
「だがな、残念なことに自衛スキルを持っていないから、危険なダンジョンに連れていくことができない。【星と雷】全員が、お前のレベルに合わせた安全な場所でしか戦えないんだ。まあ死んでもいいから連れて行ってくれと頼むならそのようにしてやってもいいが・・・嫌だろう?」
スタットは無言でラステの言葉の続きを待つ。
「で、スタットの代わりになる高位戦力を迎え入れようと、こう考えたわけだ。よろしく頼むぜ、ファスタ」
「こちらこそよろしく頼むであります、ラステ殿」
ラステの横に立っていた戦士が答える。スタットには見覚えがないが、一目見ただけで経験豊富なベテラン戦士であることがわかる。
「給料分の働きはしてくれよ」
「通常の3倍の報酬をいただけるという契約でありますからな。通常の3倍働いて見せましょうぞ」
「頼もしいな。・・・でだ。ファスタが加入すると【星と雷】は6人パーティになってしまう。これは問題だよな?」
問題というほどのこともない。ギルドの規則ではパーティは5人まで非課税なのだ。6人になるとダンジョンで得た報酬の数パーセント(累進課税方式、上限は50%)を納めないといけなくなる。スタットはそのことを察して言葉にした。
「節税目的か」
「その通り!スタットは賢いな、話が早くて助かる」
「税金の支払いを逃れるためには荷物持ちをパーティメンバーとして計上したくないと」
「及ぶ限り完全な回答だよスタット。満点だブラボー!」
ラステは拍手でスタットの答えを称賛した。
「さて、ご理解いただけたところで他のメンバーにも意思確認だ。スタットの解雇に反対の者は挙手」
ラステに最も近い席に座っているのが「国際司書」の資格を持つ中年女性、セカン。国際司書とはブッコフ条約に加盟する全世界の国々のすべての図書館に自由に出入り可能な資格で、これは神聖ラオマ帝国を除くすべての国が加盟しているため、事実上世界中の図書館フリーパスの資格といえる。この資格があれば、どこの国の図書館にある古代人の財宝や遺跡の資料であっても入手可能であるため、国際司書資格持ちは引く手あまただ。セカンがなぜ【星と雷】のメンバーであるのかというと、これはもう偶然というしかない。セカンが大金を必要としたタイミングでラステが大金を持て余していた。ただそれだけの理由である。そのときの契約期間は10年で、約7年が経過したからあと3年ほどはセカンは【星と雷】専従の国際司書だ。3年で稼げるだけ稼ごうとすると、多少危険なダンジョンであってもついてこられるメンバーが必要というのがファスタを加入させた理由であろう。
セカンは挙手しなかった。
セカンの対面に座っているのは女盗賊のサート。【星と雷】の斥候役だ。ダンジョンのトラップの発見と解除を得意としており、ダンジョン内では常にパーティより先行して安全の確認と危険の通報を行っている。サートなしでは【星と雷】は何度全滅したかわからない。その分軽装であり、重量級の敵と遭遇した時にはスタット共々後方に下がることが多い。
サートも挙手しなかった。
サートの隣、スタット側に座っているのは魔法使いの少女フォイ。全属性の魔法に長けた優秀な魔法使いだ。でありながら国際魔法学会の会員ではないのは年齢のせいである。18歳以上という加入要件を満たすまでのあと6年を1人で過ごすのは12歳の子供には酷すぎた。理由は本人が話そうとしないが、なぜかフォイは孤児である。本人も【星と雷】を抜ければ自分を狙ってくる有象無象がすぐさま寄り付いてくるであろうことと、それらを合法的に退ける自信がないことから、現状維持を望んでいた。勿論非合法にであれば相手を燃やすなり凍らせるなりすればよいのだが。
フォイは挙手したいかのように右手を浮かせたが、結局テーブルより上までは上がらなかった。
「さて、異論はないようだな」
ラステの最後通告。
「スタット。規則に基づき退職金を支給する。すでに支給した装備の時価総額と、前借済みの報酬を差し引いて銅貨3枚だ。受け取りたまえ・・・と言いたいが、君が今飲んでいるバナナミルクの代金は銅貨3枚だったな?その分の代金は置いて行けよ」
つまり差し引きゼロである。
「ファスタ。スタットを見送ってやれ。」
「了解であります」
スタットがごねて居座ろうとしたら実力行使で追い出せという意味だ。だが、スタットにそのつもりはなかった。無言で立ち上がり、飲み残しのバナナミルクを腹に流し込むとメンバーを一瞥もせずにギルドを出て行った。
「ファスタ」
「何だ小僧」
ラステに対するのとはまるで異なる態度でスタットに接するファスタ。
「忠告する。ラステはケチでがめついぞ」
「言われんでもわかっとる。が、あいつは剣以外は何もできん男だ。俺の人脈と人生経験に太刀打ちできるとは思っておらん」
「意外と冷静に見てたんだな」
「通常の3倍の報酬と訊いてはいるが、どうせ支払いを渋るだろう。取り立ての経費を差し引くと通常の5割増しがいいところだろうな。それでもよしと割り切ってるんだ」
「ならいいや、忠告はした」
「このぐらい離れれば見送りの命令は果たせたかな」
すでにギルドから100メートルは歩いている。
「別にお前に恨みがあるわけじゃない。強く生きろよ小僧」
「あんたこそな」
スタットは最早未練なく、【星と雷】を離れるつもりでいた。