力を持つものは
豪華な食事を頂いた次の日、早々に次のダンジョンを攻略しに行くという勇者カイエン達を城門の方まで見送った。
すでに城門には立派な馬車が止まっていて、旅支度を整えたカイエン達がいた。
「おはようございます、アレックスさん」
カイエンが爽やかな感じで挨拶してくれる。
なんというかすがすがしい若者って感じだ……と言うか、さわやかすぎてまぶしい。
「そういえば、一つ聞いていいですか?」
「ええ、なんでも」
「あの能力は何なんです?」
昨日の食事の場では酒も入っていたから聞かれなかったが、やはり聞かれるか。
隠さなければ行けないようなものではないが、話すには少し抵抗がある、そんな話題だ。
「俺のユニークスキルです、鏡」
そう答えると勇者カイエンが首をひねってロキを見た。
ロキが知らないと言わんばかりに首を振る。
「なんなんです、それは?」
「人の能力を写せるんです……鏡のように」
俺にユニークスキル、鏡
見た相手のスキルや能力を写す事ができるユニークスキルだ。俺以外に持って奴は見たことも無いし、記録も全くなかった。
「そんなユニークスキルがあるのか、聞いたこともない」
「知ってるかい?」
カエデが言ってロキが首を振る。賢者として知られるロキでさえ知らないのか。
「ねえ、あたしの剣術も写せるの?」
「ええ、多分」
「じゃあやってみて」
カエデが言って地面に転がった木の枝を二本拾った。
一本をこっちの放り投げてきたからそれを受け取る。
「では、失礼して」
カエデの方を見て鏡を発動させる。
体に剣聖の技がしみ込んでくるように感じた。体の動かし方、剣気の発し方。
剣聖の能力は剣気を纏って身体能力を拡大するというものだ。
木の棒を軽く振ると、カエデの表情が何かを察したように引き締まった。枝を正眼に構えて間合いを取る。
「じゃあ、いくわよ!」
カエデが疾風のように踏み込んできて、白い剣気をまとった枝を振り下ろしてきた。
●
しばらく彼女と切りあって、カエデが後ろに大きく飛びのいた。剣を下ろす。
どうやらこれで終わりってことらしい。エステスとロキが小さく拍手してくれる。
当たり前だが剣聖は写したことが無い能力な上に、上位の能力だから消耗が激しい。
身体能力が上がるのは便利な能力だな。流石レアクラス。
「まあ少し反応が遅いけど……信じられないわね、とんでもない能力じゃない」
カエデが木の棒を地面に捨てていう。
「だが、それほどの能力を持っていて……なぜB帯なんかにいるんです?」
不思議そうな顔でカイエンが聞いてきて、ロキやカエデが同じように問いかけるように俺を見る。
昔、言われたことが痛みともに思い出された。
「お前自身は努力してないじゃないかといわれてね」
この能力を勿論使ったことはある。初めは便利な能力だと思ったし、仲間たちもその便利さと有用さを喜んでくれた。
だが、この能力は相手の能力を写し取るものだ。使っている力は自分のものじゃない。
「物真似野郎、お前自身は何の努力もしてないくせに」
「それはお前の力じゃないだろ、調子に乗るなよ!」
少し有名になった時、長く一緒に戦った仲間に言われたあの言葉は本当につらかった。
そんなことはない、と言い返すことは出来なかった。
あの時の蔑むようなインチキしている奴を見ているような眼が未だに胸に棘の様に刺さっている。
パーティを脱退して故郷を離れてアルフェリズに移り住んで、鏡の能力は使わずに冒険者として生きてきた。
魔法剣士として魔法も剣の修行も怠らなかったが……どうしても器用貧乏な感じにしかならなかった。
◆
長く気まずい沈黙が続いた。カエデとエステスが顔を見合わせる。
「それは、気持ちはわかりますが……意味がないと思います」
勇者カイエンが口を開いた
「そうでしょうか」
「能力は神からの贈り物です。それを授かった人は、それを生かす義務がある。
僕は勇者として生まれた。そうであるならその力で皆のために戦う義務があると思って戦ってきました」
カイエンが真剣な口調で言って俺を見る。
「あなたのすぐれた能力を生かせば救われる人がいる。それを使わないのは神への冒涜です」
「どうも君は自覚が無いようだが……これは素晴らしいユニークスキルだぞ。
例えば戦場で枢機卿が一人しかいない時と、もう一人いる時、救える命がどれだけ違うか、分かるだろう?」
賢者ロキが諭すように言う。
「それにさ、あたしの能力を写しても使いこなせるかは別よ。貴方自身が鍛錬しているからこそ使いこなせる」
「僕も龍剣術を体得して使いこなすまでに5年かかりました。映すのは貴方の能力ですが、使いこなすのは貴方の努力でしょう」
「ていうか、あたしの剣技とコイツの竜剣術、どっちも使えるって普通じゃないって」
カエデとカイエンが言う。そういうものだろうか……そういわれると少しは救われた気がする。
「勿論その能力は誰にとっても有益だが、強い相手と組む方がより効果を発揮する。君はしかるべきところに行くべきだ」
「そうだね……じゃあこれを差し上げます、アレックスさん」
ロキが言って、勇者カイエンがアイテムボックスから一本の剣を取り出した。
白い光を発する両片手持ち大剣だ。柄には複雑な文様が彫り込まれていて、握りには使い込まれた跡があった。
「これは?」
「護法の白帝剣。最近新しい剣を手に入れたので使ってないですが、性能は保証します。僕の使ってたもので申し訳ないですけど」
そういってカイエンが剣を俺に押し付けるように渡してきた。
「これを持っていれば、僕の関係者だと分かると思います。きっとあなたの役に立つ」
「いや、こんな業物、貰うわけにはいかないよ」
「もし次に誰かを写した時に、剣が貴方の力に耐えられないと困るでしょう?それなりの装備を持つのは義務です」
カイエンが生真面目な口調で言う。
確かに前に使っていた剣は、ノーライフキングとの戦いで竜剣術の負荷に耐えられなくて砕け散ってしまった。
次の得物は必要だったが、俺の多少の魔力が賦与された前の剣と比べると、これはあまりにも格が違う。
「貴方の為、というのが嫌なら。次にあなたと一緒に戦う誰かのために、だと思ってください」
そう言ってカイエンが剣を俺に押し付けて、もう渡したぞと言わんばかりに一歩離れた。
「クラスは今は才能と訳されているが、元は贈り物と言う意味です。神から人への。
神からの贈り物は人のために使うべきだと俺は思っています」
カイエンが生真面目な口調で繰り返した。
「あなたがそのすばらしい能力を生かしてくれることを僕は望んでいますよ。
僕を助けてくれたように、誰かを助けてあげてください」
馬車につながれた馬が促すように嘶いた。
カイエンが馬車の方を一瞥する。
「ではアレックスさん。またお会いできるのを楽しみにしております」
「本当に感謝するわ。あなたがいなけりゃあたしたちはあのダンジョンで死んでたんだし」
「こうして太陽を再び拝めるのは君のおかげだよ。助かった」
エステスとカエデ、ロキが順番に握手してくれる。
「次に会うときは英雄になっていてくださいね。じゃあまた」
カイエンが力強く俺の手を握ってほほ笑む。
カイエン達が乗り込むと、馬車が音を立てて行ってしまった。
今まで、この能力は忌まわしくて疎ましかった。こんなユニークスキルは無い方が良かったと思ったことは数知れない。
だが、この能力があったからこそ勇者カイエンを助けられた。
護法の白帝剣を腰に吊るす……この力を人のために、か。
◆
……後から知ったことだが、チャールズ達はギルドに虚偽の報告をしたことや、俺を意図的に見捨てたことを咎められ、ギルドを追放されたんだそうだ。
王都ヴァルメイロのギルドで聞いた。
ざまあ見ろ、とまでは思わんが……少しだけ溜飲は下がった。