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迷宮の奥で

「悪く思うなよ、アレックス」


 ヒュドラの向こうに見えるパーティの仲間たち、チャールズ、アムリーナ、エズラ。

 薄暗いダンジョンに白い光が走って彼らを包む。

 

 光が消えた後にはその姿も消えていた。

 脱出(エスケープ)のスクロールを使って逃げて行ったんだ。


 ヒュドラが咆哮を上げてこっちを向いた。7本の巨大な蛇の顔の14個の目が俺を睨む。

 魔法で迎撃するかと一瞬思ったが、ヒュドラ相手に一人で勝てるはずがない。逃げるべきだ。


 周囲に視線を走らせる。いま来た回廊は遠すぎる。

 別の道を、と思ったところでヒュドラが巨体を踏み出してきた。地響きのような音がとともに体が下から突き上げられるように揺れる。


 同時に足元の石畳に音を立ててヒビが入った。ヤバいと思うより早く足もとが崩れて、体が浮くように重さが消える

 ……落ちる



 気が付いたら、見知らぬ場所にいた。ダンジョン特有の薄く発光する壁で視界は辛うじて保たれている。

 広めの四角いホールのような部屋のようだ。

 古い建物やダンジョン奥の特有のかび臭い乾いた感じの空気を感じる。

 

 崩れた岩の大きな破片が周りに散らばっている。

 よく死ななかったな……と思う。ささやかな魔法の防具とかけていた防壁が幸いしたのか。


 ヒュドラはいなかった。

 まあいたらとっくに食い殺されているだろう。どこに行ったんだろうか。


 ここはどこだろう。

 落ちたということはダンジョンの深層だろうが、どの辺なのか想像もつかない。

 見上げてみると吹き抜けのような回廊が見えて、それよりはるか上にかすかに光が見えた。


 周りの見たことも古びた無い壁の装飾、そしてなにより押しつぶされそうな雰囲気を鑑みるに、かなり深い場所だろう。

 ……生き残ることはできないか。

 いっそ落ちる途中で死んでいれば楽だったかもしれない。

 

 悪く思うな、というチャールズの言葉を思い出す。

 予期せぬヒュドラとの遭遇、そして戦況が不利になったら躊躇なく撤退した。

 見捨てられた……ということだろう。


 酷いことをしやがる、とも思うが、あの状況じゃ仕方ないとも思う。

 あのまま戦い続けたり、俺を助けようとすれば犠牲は増えたかもしれない。一人でも助かるやつが多いほうがいいという考えは正しい。


 俺が重要なメンバーってわけでもない、現実的には。

 すでに40近いB帯下位どまりの中堅を助けるために危険を冒すなんて賢明ではない。

 それに、俺がいなくなれば新しいメンバーを入れられる。

 むしろちょうどよかったんだろうな。

 

 ……と、理性ではわかる、だが見捨てられたという現実には打ちのめされてしまうが。

 そして今の状況にも。


 絶望しかけたが……今はその気持ちを胸から追い出す。

 死ぬまでは生きるために努力するのが冒険者の鉄則だ。諦めが人を殺す。


 幸いにも相当な高さから落ちたのに大きなけがはない。装備も失ってはいない。

 多少の痛みはあるが、アイテムボックスのポーションは温存しよう。今使うのは得策じゃない。


 剣を抜いてあたりを確認する。

 回廊の入り口が四方の壁に見えた……とはいえ、その道がどこに通じているかはさっぱりわからない。

 分からないのに考えこむのは無駄だな。比較的足元が安定している回廊に入る。


 気配を伺いつつ歩く事10分ほど……遠くから響くような音が聞こえた。

 これは戦闘音だ。


 こんな階層に誰かいるのか?

 だが誰かいるなら、合流して生き残りの道もあり得るぞ。


 音のほうに足を進める。

 音が近づくとともに、回廊の壁が次第に崩れかけの状態から整えられた感じになっていって、同時にその方向から肌を刺すような冷たい空気が吹き付けてくる。


 冷たい空気と言うのは適切じゃない。

 今まで何度も感じたことがある空気、強力なモンスターが発する敵意と寒気だ。魔法の炸裂音が立て続けに響く。


 回廊の出口が見えて、広い丸い部屋に出た。

 其処には真っ黒いローブをまとったモンスターと一人の戦士風の男が向かい合っていた。



 男がだれか、そのくらいはすぐわかった。

 勇者カイエンだ。数少ない勇者クラス。勇者アストンと賢者フェレールの間に生まれたエリート。18歳の若さで冒険者S帯に達した英雄だ。


 剣聖(サムライ)カエデ、司教(ビショップ)エステス、魔術導師(ウォーロック)ロキを従える最強の勇者パーティ。

 彼らが最近街に来てこのダンジョン攻略していることくらいは流石に知っている。


 ということは……あの黒いローブの奴はダンジョンマスターか。

 なんてところに来てしまったんだ。


「そこの人!」


 カイエンが声を上げる。

 俺に言ってるということを察するのに少し時間がかかった。

 

「すみません!カエデとロキを連れて脱出してください。スクロールはロキが持っています!」


 いわれて初めて気づいた。

 カイエンの後ろには二人倒れている。異国風の鎧に身を包んだ女剣士と、灰色のローブを着た魔法使い風。

 

「逃げてください!その二人を連れて!早く!」


 意味を理解するのに少し時間がかかった


「ちょっと待ってください。あなたはどうするんですか、勇者カイエン!」


 相手は年下だが、思わず敬語が出てしまう。


「仲間が……エステスがあいつに囚われています!見捨てることはできない!」


 ノーライフキングの黒いローブの中には、白い豪華な衣装をまとった女の姿が見えた。

 あの人がエステスか。


「逃げてください!僕は大丈夫!勇者ですから!必ずエステスを連れて戻る!

誰だか知らないが貴方が来てくれてよかった!お願いします!」


 そう言ってカイエンが黒いローブ姿のモンスターの方を向き直る。

 そういうが。どう考えても一人でエステスさんを助けて戻るなんて無理だということは俺にだってわかった。


 あのモンスター、というかダンジョンマスター。

 俺の見立てが間違ってなければノーライフキングだ。


 不死の王(ノーライフキング)はその名の通り、アンデット系モンスターの最上位だ。

 桁外れの耐久力、再生能力を持ち、最上位の攻撃系魔法を操る。

 死の指先(デスタッチ)という魂を凍らせる能力もあるから接近戦でも一撃で人間を殺すくらいの力がある。

 勇者カイエンであっても……一人で勝てる相手じゃない。

 

 後ろで倒れている二人を見た。

 あそこには脱出(エスケープ)のスクロールがある。今なら安全に生き残れる。

 

 だが……それでいいのか?

 自分より若い勇者を死ぬのが分かっているのに、置き去りにしていいのか。

 助かりたくてそうするのは……チャールズたちと同じじゃないか。


「援護します!」


 思わず声が出た。剣を持って勇者カイエンに並ぶ。


「馬鹿を言わないでくれ!仲間を連れて行ってくれ!頼む」


 カイエンが怒ったように言うが。

 はいそうですか、と逃げるわけにはいかない。


「それに、貴方では力不足だ」


 カイエンが言う。確かにご尤もだ。俺はしがない40手前のB帯冒険者の魔法剣士。どこにでもいる存在だ。

 ……できれば使いたくない能力だが、今はそういうことは言ってられない


「すみません。力を借ります。勇者カイエン!」

「……なにが?」


「【鏡よ写せ。彼の者の姿を、力を。鏡が其を写す限り、我は彼なり彼は我なり】」


 ユニークスキルを発動させる。体に力が宿るのを感じた。


「白竜八爪!」


 剣から白い竜のような光が伸びてノーライフキングを切り裂く。

 勇者クラスだけが使える剣技、竜剣術の技だ。カイエンが衝撃を受けたって顔でこっちを見る

 

「あなたも勇者クラスなんですか?」

「いえ、違います」


 俺は単なる中堅冒険者で勇者なわけがない。


「でも援護はできます。あなたがもう一人いると思ってください。とはいえ、そんなに長くは持ちません」

「わかりました……事情は後で聞かせてください!」


 カイエンが剣を一振りする。

 その剣から俺と同じように白い竜のようなオーラが噴き出した。


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