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一緒に食べたい

 レイラは眉をつり上げ、『あなた、きちんと説明しておきなさいよ!』とマティアスに何度か念押しして部屋を出ていった。


 口うるさい人間が去り静かになった。彼は若干疲れた顔をして長いため息をひとつ吐く。そしてフィオナをソファーに座らせ、自身は椅子に腰掛けて今の状況を説明し始めた。


「君は処刑されない。処罰もされない。これは確実だ」

「そうなんだ……すごいね」


 帝国では、ちょっとした失敗でもすぐに罰を与えられ、皇帝や皇子の機嫌を大きく損ねて処刑されるのは当たり前。最近あの人見ないなぁ、なんて思うことなどしょっちゅうだったので、フィオナは少し驚いた。


 マティアスは説明を続ける。

 彼女は幾度となく攻撃を仕掛けてきたが、誰一人として殺していないのだ。

 この国では快楽殺人や大量殺人でも犯さない限り、処刑されることはまずない。


 そして彼女は敵国の人間だが貴重な神器の使い手。処罰するよりも国に取り込む方が有意義だと判断された。

 そのためには、この国を裏切らないという忠誠心を示さないといけない。

 一旦魔力を封じ行動を制限し、彼女を今後どのように扱うかはこれから審議していくところだと言う。


「帝国に未練がないのなら、この国の魔術師になって欲しい。返事は急がないからよく考えて決めてくれ」

「えっと、つまりこの国の魔術師として生きていくには、私はまた誰かと呪印による契約を結ばないといけないってことだよね……」


 忠誠心なんて上辺だけならどうとでも取り繕えるのだから、呪印で縛るのが一番手っ取り早く確実だ。彼女は敵だったのだから、そうなるのは確実だろう。


 ──どうしよう。また誰かの支配下に置かれて縛られるのは嫌だな。


 それならもう生きていけなくていいやと思ってしまった。しかし彼女の言葉はマティアスによってバッサリと否定される。


「そう言い出した奴もいたが俺が却下した。しばらくはルークが呪印を施した手枷の装着だけで済むよう話を進めている。というかそう決定させた。まだウダウダ言う奴等も出てくるだろうが、全てねじ伏せるから問題ない」


「ねじ伏せ……あのさ、マティアスって、もしかしてすごく偉い人?」


 そんな話し合いの場なんて、お偉いさんばかりが集まっているイメージだ。それをねじ伏せるだなんて、よっぽどの権力者しか無理ではなかろうか。


「そうだな。血筋的には高位の方だ。それに相まって神器の使い手でもあるから、王に次ぐ権力が与えられている。だからまぁ、偉いといえば偉い」


 目の前の男は国を統べる者の次に偉いという権力者だと判明した。彼女は今更ながら態度を改めることにし、背筋をピンと伸ばした。


「そうでしたか……えっと、マティアス様って呼んだ方がいいですか?」


 フィオナが急にかしこまりだしたので、彼は顔をしかめて不快感をあらわにする。


「やめてくれ。ルークたちの態度を見たら分かるだろう。俺はたいして敬われていない」

「……そういえばそうだね」


 ルークの態度はフィオナに対してもマティアスに対しても変わっていなかった。レイラなんて、むしろ彼女の方が偉い立場にあるのかなと思ったほどだ。

 フィオナはかしこまるのを秒で止めた。


「もう魔術師として生きたくないと言うのなら、それでも良い。自由に生きられるよう手を尽くそう。しかし当分の間はこの状態でいてもらうことになる。すまないな」


 目の前の男は、強い権力を持っているとは思えないほど自分に気を遣ってくる。なぜだろう。彼女は不思議に思い、そしておかしくなってきた。口に手を当ててクスクスと笑いだす。

 マティアスは表情を和らげ、しばらく黙ったまま愛しそうに眺めていた。


「さてと、何か望みはあるか。何でも言ってくれ」

「それならもうさっき聞いてもらったよ」


 シャワーを浴びさせてもらい、サッパリすっきりした。その前は美味しい食事をいただいたからお腹も満たされている。

 恐縮すぎてこれ以上望みなんて言えない。


「あんなのは望みの内に入らない」

「えー……そう言われても……」


 フィオナは困ってしまった。正直言って欲しいものや行きたいところ、やりたいことなど山ほどある。ずっと娯楽のない生活を送ってきたから欲は人一倍持っている。

 だけど自分は捕虜という立場。素直に欲を伝えるのはさすがに気が引けてしまう。


「何もないよ。こんなに素敵な部屋で過ごさせてもらって美味しい食事をいただいて。皆優しくしてくれるし。すっごく満足してるから、これ以上望みなんてないよ」


 半分嘘だけど半分本当のことだ。望みなんて聞いてもらわなくても、もう十分なのだ。


「そうか。それなら食事の好みを聞かせてもらおうか」

「え? ……えっとね、何でも好きだよ。食べたことがないものは分かんないけど」

「好き嫌いはないのか?」

「ないよ」


 フィオナはきっぱりと言い放つ。だけどこれは嘘だ。本当のことを言ったらこの人は用意してくれるんだろうなと思ったから、敢えて言わないことにした。これ以上手を煩わせたくはないのだ。


 マティアスは腕を組みながら少し考え、そして口を開いた。 


「……そうか、分かった。それでは俺はこれから用事があるから失礼する。鎖を繋がせてもらえるか」

「うん」


 すぐに両手をスッと前に出すと、彼は『すまない』と一言いって枷と鎖を繋ぎ、ガチャンと錠をかける。そして部屋から出ていった。


「……優しい人だな」


 部屋に一人になったフィオナは、ぼそっと呟いた。

 一年ほど前から戦場で顔を合わせるようになり戦ってきた相手なのに、なぜ優しくしてくれるのだろう。

 彼はいつも眉間にシワを寄せていて、少しでも気を抜いたら真っ二つに斬られそうな威圧感があって怖かった。だけど話してみると少しも怖くなくて。ただひたすらに優しい。


「よく分かんないけど、皆いい人ばかりだな……」


 ほんわかした温かい気持ちに包まれる。自国で受けていた扱いとの差に戸惑いながらも、今日だけで一生分の人の優しさに触れたような気分になった。

 自分に優しくしてくれたのなんて両親だけだったから。



「お母さん……」


 もう一生会うことのできない、記憶の中の母を思い浮かべる。

『フィオナ、ちゃんと食べてんの?』

『辛かったら言うのよ。皇帝にガツンと言ってやるから』

 ちょっと口うるさいけれど、会うたびに自分を気にかけてくれた。辛いだなんて本当のことは言えるはずもなく、皇帝にそんなこと言ったら殺されちゃうよ、辛くないから大丈夫だよって笑って誤魔化したら、少し寂しそうな顔をした。

 父は無口だけれど、そんな母の隣でいつも優しく微笑んでいた。


「お父さん……」


 二人のことを思い出していたら涙が出てきた。ぽっかりと穴のあいた胸が寂しくなってすぐ横にあったクッションを手繰り寄せてぎゅっと抱きしめる。

 可愛らしい小花柄でしっとり上質な手触り。何だかお高そうなクッションに思える。


「……」


 こんなのを涙で濡らしてしまうのは気が引けて、そっと横に置き直した。

 本当になぜこんなに無駄にいい部屋に自分はいるのだろうか。悲しい気持ちが少し薄れてきて、膝を抱えて丸くなる。


 少し経ってから気分転換しようと、部屋の窓を開けて外を眺めることにした。


 窓からは自然豊かな広い庭が見渡せて、レンガの小道やベンチ、花壇、ガゼボなどがあり、休憩中の深緑色のローブを纏った魔術師たちや歩いている紺色の騎士服を着た人の姿がちらほら。

 今いる場所は彼らの本拠地か宿舎辺りなのだと窺える。


 真下を覗きこんで窓を一つ二つと数えていったところ、ここは建物の五階のようだ。

 少し離れたところには王城らしき立派な白い建物がそびえ立っている。


 しばらく窓枠にもたれながらぼんやりと外を眺めてから、部屋の中を見て回ることにした。

 部屋の中の物は好きに使っていいとマティアスが言っていたので、何があるのだろうと確かめることにする。

 まずはすぐ横に置いてある小さなドレッサーの引き出しを開けてみた。


「わ、なにこれ」


 引き出しの中には宝石箱があり、蓋を開けると中にはぎっしりとアクセサリーが入っていた。

 ……なぜ?

 初っぱなから自分に全く必要のないものが出てきて首を傾げる。だけどどれもキラキラとしていて綺麗で、しばらくじっと眺めていた。

 いつかはこんなのを着けて町に出かけられる日が来るのだろうか。そんな淡い期待を抱きながら、そっと引き出しに仕舞った。


 五段になっているチェストには服が入っていた。何日分あるのだろうというくらいにみっちりと。そしてどれもお高そうに見える。

 今着ているものもおそらく高価なものだろうと彼女は思っている。シンプルなワンピースだけど肌触りと着心地が抜群なのだ。


 本棚にはぎっしりと本が並ぶ。専門書から小説、図鑑まで種類豊富で、誰でも必ず趣味にあった本を見つけられるような取り揃えだ。

 フィオナはそこから一冊の本を選び、ソファーに座って読み始めた。少年と少女の心温まる冒険物語だ。



 どれくらい時間が経っただろうか。ふと窓の外に目をやると薄暗くなっていた。かなりの時間、本に没頭していたようだ。

 ソファー横のテーブルに本を置いて、うーんと伸びをしていると、ノックの音が響いた。


「入ってもいいか?」


 低くて聞き心地の良いマティアスらしき声がする。


「どうぞ」


 返事をすると、やはりマティアスだったようで、彼は扉を開けて大きな二段ワゴンを押しながら入ってきた。


「夕食を持ってきた」

「わぁ、ありがとう」


 彼はすぐにポケットから鍵を取り出し、フィオナの手を取って腕の鎖を外した。そして部屋の中央の四角いテーブルに料理を次々と並べていく。


「えっと、これ全部私の分じゃないよね?」

「君の分だが」


 当たり前だろうと言わんばかりにテーブルに所狭しと料理を並べながら軽く返事をされる。

 夕食をいただけるのは嬉しいが、昼食を食べてから殆ど動いていないし元々あまり量は食べられない。フィオナは少し苦笑いをした。


「あのね、すごくありがたいけど、さすがに食べきれないよ」

「好きなものを選んで食べたらいい。あとは残せばいいだけだ」

「……そんな勿体ないことできない」

「問題ない。残りは俺が全部食べるつもりだ」


「……え」


 キリッとした顔で、まさかの残飯を食べるという宣言をされてしまった。

 それは問題あるよとフィオナは思う。王に次ぐ権力を持つ人間が捕虜の残飯を食べるだなんてありえない。


 しかし残りを食べてくれる人がいないと、せっかくの料理が無駄になってしまうというのも事実。それはそれで困る。

 食べ物を粗末にしたくはないのだ。フィオナは少し考え、それならばとお願いをしてみることにした。


「えっとね、マティアスに残り物を食べさせるのは嫌なんだ。だけど残った料理が廃棄されるのも嫌なの。だからね、ここで一緒に食べてほしいんだけど……ダメかな?」

「ぐ……」


 マティアスは少したじろいだ。少し遠慮がちの上目遣いでのお願いが反則級の可愛さで断れない。


「……いや、ダメではない。一緒に食べよう」

「良かった。ありがとう」


 フィオナはホッとして微笑んだ。

 マティアスは耳を赤くさせながら、彼女の席にフォークや取皿を並べ、前の席にも予備で持ってきていたものを並べた。


 二人は向かい合わせに座り、食事を始めた。

 テーブルにはとにかくいろんな種類の料理が並んでいて、これって自分が好きな食べ物を言わなかったからだろうかと、フィオナは不安になった。


「ねぇマティアス、すごく嬉しいし美味しいんだけどね、何だか悪いよ。私、捕虜なのに」

「嬉しいのなら良いだろう。誰も俺のすることに文句は言えないから問題はない」

「問題あるよ。こんなところで権力を使うのは勿体ないと思う」

「却下だ。俺がどう権力を使おうが俺の自由だからな。もともと使うあてのないものだから勿体なくはない。減るものでもないしな」

「えー……」


 フィオナは眉尻を下げながらも、鶏肉の香草焼きを口に運ぶ。もぐもぐしながら顔を綻ばせた。


「気に入ったか」

「うん。皮がパリパリでお肉がすごく美味しい」

「そうか。好きなだけ食べるといい。全部食べてもいいぞ」

「ありがとう。でもすごく美味しいからマティアスも食べて」

「……分かった」


 ふんわりと微笑みながら勧められては断れない。マティアスも食べることにした。


「美味しいな」

「うん」


 美味しいものを誰かと分かち合うのは何年ぶりだろう。フィオナは彼との食事を心から楽しむ。

 そしてテーブルいっぱいにあった料理は二人で全て綺麗に平らげた。大半はマティアスが食べてくれたので、残さずに済んで良かったとホッする。


「君は昼にシャワーを浴びているが夜はどうする?」

「んー……今日はもういいかな。少しも汗をかいていないし。だけどそうしたら明日の朝シャワーを浴びたくなると思う……」


 その時はまた鎖を外してもらって彼に側にいてもらわないといけない。手を煩わせるのが申し訳なく思う。


「朝でも昼でも好きに浴びたら良いんだぞ。では今日の夜は寝巻きに着替えるだけでいいんだな」

「……あ、そっか。着替える時に鎖を外さないといけないから、また夜に来てもらわないといけないんだね。それなら今から着替えてくる」


 何度も来させるのは気が引けるのだ。フィオナは引き出しから寝巻きを取り出し、着替えるために急いで脱衣所に向かった。


「用事があれば何度でも呼んでくれてかまわないのだが……」


 夜にまた訪れる機会がなくなったことを残念に思い、部屋に残されたマティアスはボソッと呟いた。


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― 新着の感想 ―
[一言] >「そう言い出した奴もいたが俺が却下した。しばらくはルークが呪印を施した手枷の装着だけで済むよう話を進めている。というかそう決定させた。まだウダウダ言う奴等も出てくるだろうが、全てねじ伏せる…
[良い点] 先が気になるので読み進めてしまう [気になる点] 他に女性が居ないのならともかく、話の流れで女性が出ているのに主人公の女性の世話役が男性というのに違和感を感じる
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