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遊びたい

コミックス発売記念SSのラスト一話です。お読みくださりありがとうございました。




 冷たい空気が肌を刺す。かじかむ手を擦りあわせながら歩く任務の帰り道。


 空一面を覆う灰色の空から、ふわりと大粒の雪が落ちてきた。


「わぁ、降ってきた」


 フィオナは両手を前に出して顔を綻ばせる。

 彼女にとって雪は珍しいものだ。

 冬でも5℃を下回ることがない帝国ではお目にかかったことがなく、王国に来てから初めて見た。


 弾む心から足取りが軽やかになり、楽しげに林道を歩き進めていった。

 後ろで緩く編み込んだ空色の髪も軽快な動きにあわせてゆらゆら揺れる。


「うげ、最悪。何で今降ってくんだよ……」

「早く帰ろ。寒すぎっ!」


 一緒に任務に当たっていたグレアムとミュリエルは顔をしかめながら文句を垂れている。

 フィオナは不機嫌そうな二人の声に振り返った。


「二人は雪が嫌いなの?」

「嫌いっつーか、寒いのは普通に苦手だな。別に目新しいもんでもないし」

「私も外にいる時に降られるのはちょっとね。部屋の窓から眺めるのは好きなんだけどさ」

「そっか……」


 二人とは楽しい気持ちを分かち合うことができないようだと、フィオナはしょんぼりとした。


 それでも次々と空から落ちてくる雪に、やっぱり嬉しくなる。



 ホームに到着すると、グレアムは報告のために団長室に向かった。


「うー、寒っ。ホットミルク飲みに行こ」

「うん」


 フィオナは両腕を擦って縮こまるミュリエルと一緒に食堂に向かった。

 食堂内には休憩中の騎士や魔術師がちらほらといて、提供カウンターでは食堂で働くおばちゃんがにこやかに待ち構えていた。


「お疲れさん。すぐに温かいの用意するからね」

「私はホットミルクでお願い」

「はいよ。フィーちゃんは甘いのがいいかい? ホットココアならできるよ」

「わぁ、ありがとうおばちゃん」


 しばらく待ち、二人とも湯気が立つカップを受け取った。


 窓際のカウンター席に並んで座り、温かい飲み物を一口飲む。冷えきっていた体がじんわりと温かくなり、窓の外を眺めながら一息吐いた。


 雪は絶え間なく地上に落ちては溶けて消えていく。


「すぐに溶けちゃうんだね……」

「水分が多い雪だからね。でもこの感じだと、そのうち積もり始めるんじゃないかな」

「ほんと? 楽しみ」


 明日には白銀の世界が見られるかもしれないと、フィオナは期待に胸を膨らませた。


 二人でしばらくのんびり外を眺めながら、とりとめもない会話と飲み物を楽しむ。

 どんどん降ってくる雪は、ミュリエルが言ったように積もり始めていた。



「それじゃ私は先に戻るけど、ほどほどにしておきなよ」

「うん」


 しっかり休憩し終えた二人は、食堂を出たところで別れた。

 ミュリエルは自室に戻るために階段の方へ向かい、フィオナは建物から再び外に出て中庭に向かって歩き出した。


 地面はすっかり雪に覆われていて、歩く度にほんの少しだけムギュという音が聞こえる。


「わぁぁ」


 何ともいえない感覚に高揚して、頬を紅潮させながら中庭を歩き進める。


 いつも歩いている見慣れた景色が全く違って見える。新鮮な気持ちだ。


「わぁ……!」


 いつも座っているベンチが白色ベンチになっている。それだけなのに感動が収まらない。


 ベンチの雪を手でかき集めてギュギュッと丸め、それだけでは足りないと辺りの雪もかき集めてギュギュッとした。

 どうにか手のひらサイズの玉ができて、にっこり笑った。


 あちこちから雪を集めて玉を作っては二つ重ねて、拾った石を埋め込んで目を作る。


 小さな雪だるまをベンチに並べることにしばらく夢中になっていると、白い景色の中から黒い服の人物が歩いてきた。


「……あ、マティアス」


 フィオナは鼻先を真っ赤にしながら手を振った。

 たくさん作った可愛い雪だるまを見てほしい。

 だけどマティアスはなぜか眉間にシワを寄せていて、怒っているように見える。

 フィオナの顔からは笑みが消えた。


「……君は何をしているんだ」


 呆れているような低い声。不機嫌なのは間違いなさそうで、フィオナは俯きがちに見上げた。


「えっと、雪で遊んでいたのだけれど……」


 おずおずと答えると、はぁーと大きな溜め息で返されてしまった。


「君は魔術で濡れないようにできるのではないのか? なぜそんなに濡れているんだ」


 その言葉に、髪やズボンがずいぶん濡れていることに気づいた。

 夢中になっていたため、防水性に優れたローブのフードを被るのを忘れていた。

 ローブに覆われていない部分の服はぐっしょりで、指先は紫色に染まっている。


 なるほど。マティアスが怒っているのは、自分の体調を気遣ってのことだと気づく。

 フィオナは髪をほどき、魔術で温風を出して自身の体を包み込んだ。


 髪に服にまんべんなく温風を行き渡らせて水分を飛ばしていく。

 しっかり乾かし終えるとローブのフードをきちんと被り、マティアスの顔を覗き込んだ。


「ちゃんと乾いたよ」


 おずおずと話しかけると、マティアスの眉間のシワは少し薄くなった。

 まだ呆れているような表情だけど、頭を優しく撫でられる。


「よし、それでは部屋に戻るんだ」

「分かった」

「俺は飲み物を用意してから向かう。何がいい?」

「えっと、それじゃホットココアをお願いできるかな」

「よし任せろ。甘々なやつでいいか」

「うん。ありがとう」


 満面の笑みで答えると、ようやくマティアスも目元を和らげた。


 並んで歩いて建物まで戻ってくると、フィオナは先に一人で自室に向かった。

 しっかり部屋を暖めておくように言われたので温熱ヒーターを起動させて、温かい服に着替え、ソファーで毛布にくるまりながら待つ。


 数分後。

 部屋を訪れたマティアスを招き入れて、一緒にティータイムを始めた。


「あのね、初めて雪だるまを作ったんだよ」

「あぁ、ベンチにいくつか並んでいたやつだな」

「うん。明日は他にも沢山作りたいし誰かと一緒に遊びたいのだけど、ミュリエルとグレアムは寒いから嫌なんだって。誰かに声をかけても迷惑になるかな……」

「それでは明日は一緒に遊ぼうか。わざわざ誘わなくても遊びたいやつは勝手に寄ってくると思うぞ」

「ほんと? やった。ありがとうマティアス」


 何をして遊ぼうかと話しながら、楽しくティータイムを終えた。


「俺は今から用事があるからこれで失礼する。しっかり暖かくして過ごすんだぞ」


 マティアスはソファーに座るフィオナを毛布でぐるぐる巻きにすると、頬に口づけを一つ落とした。


「えへへ……」

「ぐっ」


 嬉しそうにはにかむ姿に離れることが惜しくなるが、国王に呼ばれているから行かなければならない。

 マティアスは名残惜しそうに退室した。


 フィオナは暖かな部屋で一人、大人しく過ごすことにした。

 ぬくぬくしながら本を読んで、ぼーっとして。いつの間にか眠っていた。

 目が覚めるともう部屋は真っ暗になっていたので、夕食をとるために食堂に向かうことにした。


「っくしゅんっ」


 部屋から一歩出ると、ひやりとした空気に身震いした。

 分厚いストールをかけてきたけれど寒い。

 何となく怠さを感じながらも階段を下りて、食堂にやってきた。


 あまり食欲がないので、野菜スープと小さなパン一つを注文し、後からやってきたマティアスや仲間達と一緒に夕食をとる。


 しっかりと食べ終えると、マティアスに部屋まで送ってもらった。


「今日は早めに寝るんだぞ」

「分かった。おやすみなさい」


 マティアスの胸元にぴったりくっつきながら、おやすみの挨拶をする。

 お返しのようにぎゅーっと強く抱きしめられ、あまりの力強さに苦しげに唸ったところで解放された。




 ***




「やはり体調を崩したか……」



 翌日の食堂で、レイラからフィオナが風邪をひいたとの報告を受けたマティアスは大きく息を吐いた。


(あれだけ濡れていたら無理もない)


 こうなるのではないかと予想はしていた。

 幸い熱はさほど高くなく、ひどい風邪症状もないという。しっかり体を休めれば大事には至らなさそうだ。


 目をやった窓の外は薄い雲に覆われている。

 雪はすっかり止んでいるが、白銀の世界が広がっていた。

 こういった日はほとんどの任務が延期となり、歩いて向かえる現場や町に巡回に行くことが精一杯だ。騎士や魔術師の多くは休日となる。


 中庭では雪で遊ぶ騎士達がすでにいた。

 彼らの楽しげなはしゃぎ声は、きっとフィオナの部屋にも届いているだろう。


(遊べなくて残念がっているだろうな……仕方ないが)


 可哀想だが体調管理を怠った彼女自身の責任であり、自業自得だ。

 フィオナの看病はミュリエルとニナがすると言っていたので、様子を見にいくことにする。


 ついでに少しくらい世話を焼こうと、ゼリー片手にフィオナの部屋の前までやってきた。



「なんだこれは……」


 扉の外側に張られた紙に、彼は眉根を寄せた。


『マティアス入室禁止』という注意書き。見慣れた美しい文字はレイラのものだと思われる。


 名指しで禁止と書かれてしまっては、ノックをして声をかけることすら躊躇われる。

 途方にくれて壁にもたれかかっていると、ちょうどレイラがやってきた。


「これはどういうことだ?」

「そのままの意味よ。恥ずかしいから寝込んでるところは見られたくないって言ってるわ。諦めなさい」

「……」


 レイラが右手を前に出してきたので、マティアスは無言でゼリーを託した。

 諦めて廊下を引き返す後ろ姿に哀愁を漂わせる。


 残念でならない。

 恥ずかしがってもらえるのは嬉しいが、せめてほんの少しだけでも世話を焼きたかった。ゼリーを手ずから食べさせるくらいはしたかった。


 無念さを頭の中で呟きながら階段を下り、外に出てとぼとぼ歩く。

 雪の中、童心に帰ってキャッキャはしゃぐ騎士達を横目に騎士寮に戻った。



 お昼時。マティアスは看病に当たっていたニナとミュリエルからフィオナの様子を窺った。


「せっかく積もったのに遊べないって残念がっていました」

「仕方ないよね。元気になるまで雪が残ってたらいいけど」

「そうか……」


 目をやった窓の外は明るく日が差していて、雲の隙間から青空が見えていた。

 このまま晴れれば、雪は夕方までに溶けてしまいそうだ。


 昼食を終えたマティアスはバケツを持って中庭に向かった。

 まだ誰の手にも触れられていない白く美しい雪を集めていく。


 バケツに山盛りになったところで、雪を見ながら考えた。


(……これを持っていったところで遊べないよな)


 彼女はまだ寝ていなければいけない。雪に興奮して遊び始めてしまってはお見舞いの品にならない。


 ────あぁ、それならいっそのこと、目で楽しめるものにすればいいか。


 雪が積もったベンチを眺めながら、マティアスは昨日の光景を頭に浮かべた。




 ***




「ほら、マティアスからよ」

「わぁ……可愛い」


 執務の合間に様子を見にきたレイラがサイドテーブルに置いたものに、フィオナは顔を綻ばせた。


 小さな雪だるまに雪うさぎ、そして雪猫。それらがトレーに載ってやってきた。


「この部屋は温かいからすぐに溶けてしまうけど、少しの間だけでも楽しんでもらいたいそうよ」


 可愛い雪の仲間達は、溶けて水になっても大丈夫なように、深さのあるトレーに並べられていた。

 フィオナはサイドテーブルに置かれたそれらをじっと眺める。


 雪うさぎには葉っぱの耳がついていて、目の部分には小さな赤い実が埋め込まれている。

 雪猫の髭には細い枝、つぶらな瞳には青みがかった石と、なかなか凝った作りだ。


 歪だけれど精一杯可愛くしようと努めたのだと窺えるそれらは、何ともいえない愛らしさがある。


「マティアスが作ってくれたんですよね」

「ええ、そうみたい」


 雪の中、可愛いこれらをせっせと作っている姿を想像すると、マティアスまで可愛らしく思えてくる。

 フィオナとレイラは同じような想像をしてふふっと笑った。


 こんなに素敵な贈り物が溶けてしまうのは勿体無い。

 フィオナは右手を前に出した。


 雪だるま達を風で少し浮かせ、トレーの上に分厚い氷の板を出現させる。浮かせていたものをゆっくり下ろすと、それら全てを囲むように薄い氷の壁を張った。


「……あなた、相変わらずとんでもない早さね」


 レイラは瞬く間に行われた魔術に目を見張りつつ、これをマティアスに報告して大丈夫かと心配になる。

 きちんとベッドで横になっているとはいえ、魔術を使い続けていては頭は休まらない。


「眺めるのはほどほどにして、しっかり休みなさいよ。魔術の長時間使用は絶対にダメだからね」

「分かりました」


 きちんと約束を交わしてからレイラは退室した。

 部屋に一人になってからも、フィオナはマティアスからの贈り物をじっと眺めていた。


「ふふっ」


 せっせと雪だるまを作っているマティアスの姿を想像することがやめられず、顔が緩んでしまう。


 薄い氷の壁はこまめに新しく張り直す。

 このままいつまでも眺めていたいけれど、微熱とはいえ症状が悪化しないようにしっかり寝ないといけない。


 寝ている間に溶けてしまわないように、氷の壁の外側に十センチほどの厚みのある氷の壁を作り出し、その外側を土の壁で覆った。

 これで内部の雪が溶ける心配はない。


 起きたらまた楽しもうと、満たされた気持ちで眠りについた。



 翌日にはすっかり平熱になり、フィオナは自分の足で食堂に向かえるようになった。

 部屋から持参したトレーを嬉しそうに持つ姿に、マティアスは複雑そうに目を細めた。


「持ってきたのか……」

「うん。大切だから」

「そうか……」

「眺めてる時以外は分厚い氷とかで覆っておいたから、そんなに魔術は使ってないよ」

「そうか。それならいいが……」


 レイラが釘を刺しておいたと言っていたので、きちんと言い付けを守っているだろうと思っていた。

 だからまさか渡した時の状態のまま残っているとは思わなかった。


 自分が雪で作ったものが、宝物のように氷のショーケースに入っている。

 大切にしてくれるのは嬉しいが、とてつもなく恥ずかしい。


「あれー? フィオナちゃんそれ何? 雪だるま?」

「めちゃくちゃ丁重な扱いだね」

「あのね、マティアスが作ってくれたんだよ」

「そうなんだ……って、え、マティアスさんが!?」

「うん、そうだよ」

「へー……マティアスさんが……」


 食事を終えて前を通り過ぎる騎士や魔術師達に注目されて質問される度に、フィオナは満面の笑みで答えていった。


 その度にマティアスには温かな視線が向けられる。


(彼女が喜んでいるならそれでいいが……)


 それが一番なのは間違いない。それは揺るがないが、しかしこれはなかなか面映ゆい。


 ちょっとした拷問に感じながらも、フィオナが喜んでいるならそれでいいと割り切って、どうにかやり過ごすことにした。





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