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魔術師に憧れて

マティアスの過去話です。

マティアス父は王兄、マティアス母は女公爵です。


彼の身分や父親について、詳しいお家事情については、なろうに投稿した話では出てきていませんが、ここでは省略させていただきます。









 生家は王家に次ぐ高い地位であるが、自由を愛する父の教えのもと自由にのびのびと育ってきたマティアス、七歳。


 同じ年頃の子達より背が高く、父譲りの金色の髪と藍色の瞳に美しい顔立ち。

 文武両道でマナーも完璧というハイスペックな少年であった。


 大抵のことは短期間の学習で人並み以上にできるようになるため、内心で人を小馬鹿にするような生意気なお子様へとすくすく成長していた。


 そんなマティアスだったが、父のことは心から尊敬し、慕っていた。



「父さんな、今日は隣町の森に現れたという幻の生物を探しにいくんだ。お前も一緒にどうだ?」

「幻ですか? ぜひお供させてください!」


 父の誘いにマティアスは悩むことなく答えた。

 病弱で床に臥せることが多い父は、今日はすこぶる調子がよさそうだ。

 長ブーツ、手袋装着の万全の森歩きスタイルに、両手には虫かごと虫取り網。朝から朗らかな笑顔でマティアスに声をかけてきた。


 マティアスは急いで着替えを済ませて、父が待つサロンへと向かった。


「お待たせしました父上。準備ができました」

「よし、それでは行こうか」


 金色の髪に藍色の瞳という、遠目からでも親子とわかる二人。森歩きスタイルでも隠しきれない高貴なオーラを漂わせながら、並んで廊下を歩いた。


 二人の後方には護衛として騎士三人が付き従う。

 剣の腕はさることながら、攻撃魔術や治癒魔術も使える精鋭達だ。

 そんな三人は、後ろから歩み寄ってくる女性に気づくと、すぐに道を開けるようにスッと廊下の端に寄った。


 この家の当主でありマティアスの母である彼女もまた、全身から高貴なオーラを醸し出している。

 長い赤髪を後ろで纏め、落ち着いた色味の上品なドレスを身に纏う。


 マティアスの姿を見つけた彼女は眼光を鋭くし、すうー……と大きく息を吸い込んだ。


「マティアス、どこへ行くつもりですか。あなた午前中は授業があるでしょう」


 後方からかけられた美しくありながらも圧力のある声。

 マティアスはハッとし、不満そうに目を細めながら振り返った。


「……そうでしたね。でもあの方は教科書通りに授業を進めるだけなので、正直言ってもう必要ないように思うのですが……」


 マティアスはだいたいの書物は集中して目を通せば一度で理解する。

 ただ教科書を復習するだけの家庭教師の授業など意味がなく、時間の無駄だという不満を持っていた。


「たとえ必要がなくても、契約した上で教えに来てくださっているのだから、失礼がないようにしなさい」

「そう言われましても、私が頼んだわけではありませんし、せっかく今日は父上がお元気そうなのに……」


 マティアスは物憂げに父を見上げた。

 視線に込めた想いを察した父は、にこりと笑う。


「まだこちらに向かっていないのなら今から断ればいいだろう。契約分の授業料を支払いさえすれば問題ないのではないか?」

「あなた、そんなことばかり言って甘やかさないでください」

「ははは、ごめんよ。でも今日だけは許してほしいなぁ。森に入れる機会は今日だけかもしれない。明日も生きている保証なんてないんだから、今できることはしたいんだ」


 父は終始笑みを浮かべてそう言うと、また『ははは』と朗らかな声をあげた。


 冗談を言っているようで冗談ではないから質が悪く、こう言われてしまうともう反対できなくなってしまう。


「……分かりました。どうぞご勝手に」


 マティアスの母はツンと冷たく言い放ち、踵を返した。

 その場に残った父子は顔を見合わせる。


「さて、母さんのお許しもでたことだし行こうか」

「はいっ」


 口うるさい母のお許しが出たところで、マティアスも父のように笑顔になった。




 そんなこんなで、自家用の馬車で隣町の森の前までやってきた。


 ここからは徒歩で散策する。

 護衛騎士の三人は辺りを警戒しながら父子の後ろをついていった。


 色づく木々の葉はもうずいぶんと少なく、それらも途切れることなくはらはらと落ちてくる。

 足元は落ち葉で埋め尽くされていて、マティアスは軽快な音をたてながら楽しげに踏みしめていった。

 彼の父はその景色と愛しい息子をしっかり目に焼き付けるように眺めながら、時折目についたものを指差した。


「あそこにある茸は乾燥させてからいろいろな薬に使われるんだ。だけど素手で触ってはいけないよ」

「分かりました!」


 父は幅広い知識を有していて、動物や植物にも詳しい。

 森の中で目についたものの情報をマティアスに教えていった。


 道中、茂みから何度か魔物が飛び出してきたが、護衛がいるから恐れることはない。

 マティアスと父の周りには魔術障壁が張られ、魔物の足元に描かれた魔法陣からは無数の土の槍が現れた。

 動きを封じられた魔物は剣で仕留められた。


 瞬時に護衛対象を守り、魔物を無力化する騎士達の魔術はいつも見事で、マティアスの憧れである。


 何でも器用にこなす彼でも、魔術だけはなかなか思うように習得できなかった。

 複雑な魔術式の暗記もさることながら、魔力操作がとにかく難しい。


 まだ手のひらから小さな風を出すことしかできずにいた。



 この日は三時間ほど森の中を散策して帰ることになった。

 結局幻の生物は見つからなかったが、虫かごの中に木の実や山菜を詰めて満足しながら帰路につく。





 ***





 数日後、マティアスの家に客人が訪れた。

 母の友人である女性と、その娘のレイラである。


 母から同席するように言われたマティアスは渋々付き合った。

 もちろん不満を表に出さないように、爽やかな笑みを張り付けながら。


 自由を愛する父の影響もあり、マティアスも自由に好き勝手にすることを好んでいる。

 いつもいろんなことに不満を持っているが、表向きは聞き分けのよい真面目な子息として振る舞う。


 最初は母達の会話に適当に相槌をうちながら、内心ではつまらない、早く解放してほしいと舌打ちしていた。

 しかし内容がレイラの魔術のことになると、とたんに興味を示した。


 マティアスより五つ年上のレイラは、複数の魔術をある程度使えるという。


「レイラちゃんすごいわね。少し見せてもらえるかしら?」

「もちろんです」


 誇らしげな顔でそう言って、レイラは右手のひらを上に向けた。

 すぐに小さな水の玉をいくつも出し、続けて小さな竜巻も出した。それらは応接室の中を自由自在に飛び回る。

 マティアスは瞳を輝かせながら見ていた。



 客人の帰り際、マティアスは真剣な顔でレイラに詰め寄った。


「魔術を教えてくれませんか!?」


 前のめりになりながら要望を伝えると、レイラはにっこり笑った。


「ええ、喜んで」

「やった!! ありがとうございます」


 マティアスは満面の笑みで感謝を口にし、頭を下げた。

 尊敬する父以外に敬意を表したのは久しぶりである。



 そうしてレイラから魔術を教わることになり、週に二回ほど彼女の家に通って魔術を学んだ。


 レイラはマティアスが唯一使える風の魔術を得意としていた。

 彼女の教え方は的確で分かりやすく、なかなか理解できなかった魔術式や魔力の掛け合わせが成功することが増えてきた。

 手のひらから少し風が出せる程度だった風の魔術は、めきめきと上達した。


 レイラは基本的に優しくて物腰が穏やかだが、真面目で厳しく笑顔の圧が怖い。

 マティアスの母とそっくりな部分が多く、どちらかというと苦手なタイプである。


 しかしレイラの教え方は的確で分かりやすく、今まで教わった中で一番だった。

 自分が苦手としていることを得意とする人間は素直に尊敬でき、彼女の教えには真剣に耳を傾けた。




 マティアスが八歳の時、父が亡くなった。


 元々長くは生きられないと言われていたが、亡くなる一週間前まで自由奔放に好き勝手にしていて、最期まで笑顔だった。


 父であり悪友のような存在がいなくなってしまった悲しみを紛らわすように、風の魔術の研鑽に励んだ。

 他の魔術の習得にも励んでいたが、属性ごとに術式や魔力調整があまりに違いすぎた。

 中途半端に違う属性に手を出すことは止めて、一つを極めることにした。



 マティアスの母は喪が明けるとすぐに見合いをして再婚し、翌年に男児を出産した。

 新しく父となった男性は気弱だが物腰が穏やかで優しく、すぐに好きになれた。歳の離れた弟も可愛い。



 そしてマティアスは十歳になった。

 エルシダ王国では十歳になると、国が保有している神器の適性検査が行われる。


 そうして彼は蒼い剣の神器に選ばれた。


 家では剣術を習っていたため、悩むことなく騎士を目指すことにした。

 彼は運動神経が抜群によく、剣の才能は並外れてあった。


 魔術師に憧れはあるが、騎士でも魔術を使いながら戦うことができる。肩書きなんてものは何でもいい。


 すぐに騎士団に見習いとして入団し、雑用仕事をこなしながら訓練に参加した。

 ここでは貴族も庶民も皆等しく、力こそが全てだ。

 高貴な者に礼儀を弁える必要はない。


 元々貴族のしきたりにはうんざりしていたため、最低限の規律を守ればいいだけの騎士団は居心地がよかった。

 家から通うのも面倒になっていたマティアスは、入団二ヶ月目で騎士寮に移り住んだ。


(そうか……別に俺が母の跡を継がなくても弟が継げばいいのではないか)


 長男だという理由だけで、家は自分が継がなくてはいけないものだと漠然と考えていたが、母の現在の配偶者の実子が継げばいいだけだと思い至った。


 自分は神器の使い手として選ばれた。

 騎士として国のためにその力を存分に発揮するためには、余計な肩書きはない方がいい。

 戦いで命を落とす可能性だってある。


 そうと決まればとことん身を軽くしようと、ついでに王位継承権も放棄することにした。

 そもそも自分は王族ではないのだから、血の尊さだけで与えられた権利なんて必要ない。


 国王に直談判しに行くと案の定却下されてしまったが、マティアスは食い下がる。


「認めていただけないのでしたら、神器の使い手であることを放棄するまでです。こんなに重い肩書きをいくつも背負うなんて冗談じゃありません。堅苦しくてどうにかなってしまいそうです」

「……君は本当に父親に似てきたな」


 国王の脳裏には、マティアスの父に振り回され続けた子供の頃の記憶がよみがえる。

 数年前までは表向きは聞き分けのよかったマティアスが、自由奔放な彼の父に似てきたことをしみじみと感じた。

 喜んでいいのか分からない複雑な心境だ。


 もう意地でも考えを改めない強い意思を感じた国王は折れ、後日正式な手続きを行うことになった。


 王位継承権を放棄して身軽になったマティアスは、よりいっそう訓練に打ち込んで力をつけていった。

 任務も真面目にこなし、次々と大きな成果を挙げていく。


 母の跡を継がないことも認めてもらえて、順調に身軽になってきた。


 あとは成人と共に家から除籍してもらえば、貴族としての身分もなくなり更に身軽になれる。


 しかしそれは却下されてしまった。

 弟が成人するまで後ろ盾となってやるのが兄の務めだと言われてしまう。


 マティアスは母からの圧力に弱い。仕方がないので諦めた。



 それから数ヶ月後。

 母の水面下での活動により、いつの間にか神器使いとしての叙爵を授かることとなった。


 国王に次ぐ権力を得てしまったマティアスは愕然とする。


(なぜだ……)


 とてつもなく煩わしい。

 しかし進んで使おうとしなければ大して意味のない権力だと、気にすることをやめて訓練に打ち込んだ。



 そうして十九歳になった彼は、神器がなくとも騎士団一の実力を身に付けていた。


「次の団長は君に決まりだな!」

「謹んでお断りします」


 第一騎士団の団長からのありがたくない言葉を一蹴する。

 せっかく身軽になったのに、また新たな肩書きを背負うなんて冗談じゃない。


 しかしなぜか団長と同じような権限だけを与えられることになってしまった。

 実力があり神器の使い手でもあるのに、一般の騎士と同じ立場では示しがつかないと言われて渋々折れる。


(くそ、面倒だな。だが誰にも指図されずに自由に動けると考えれば……悪くはないか)


 自分に都合のいいように呑み込んで、その日から黒い騎士服に身を包んだ。



 そうして数年が経ち、ガルジュード帝国がエルシダ王国に対して略奪を行うようになっていた。

 いつものように押し退けるため、マティアスは戦場に向かった。


 そこで出会ったのは一人の魔術師。


 空色の髪の凛とした女性は、いくつもの特大魔術を涼しい顔で放つ。

 その姿は壮観で、マティアスはただただ魅入った。


(すごいな……神器を以てして為せる業だとしても、並外れた魔力操作の技術がいるだろう)


 敵ながら見事な魔術に惚れ惚れとする。

 感心しながら戦い、そしていつしか恋に落ちていた。



「俺はあの子を仲間にしてここに連れてくるつもりでいます。誰にも邪魔はさせません。文句があるなら誰だろうと相手してやりますから、そのつもりでいてください」


 国王の御前で高らかに宣言し、そして彼女を国に連れ帰る準備に勤しんだ。



 目の前で倒れた彼女を慌てて受け止めて、ちゃっかり国にお持ち帰りし、過保護に世話をするようになるまで、あと少し。



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― 新着の感想 ―
[一言] 確かルークさんも王の甥だったよね←うろおぼえ つまり従兄弟同士ってことなのか。
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