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兄のように

「おい、フィオナ。暇してるんだったらちょっと付き合え」


 空色の長い髪をさらりと下ろし、中庭のベンチでいつものようにぼーっと腰掛けて暖かな日差しにうとうとしかけた時。


 フッと影が差したと同時に頭上から声が降ってきた。

 ぼんやり眼で見上げたら、目付きの悪い緑色の双眼に見下ろされていた。よくあることである。


「……グレアム、どこか行くの?」


 彼は黒いVネックシャツにダークグレーの細身のズボン姿だ。右耳にはシルバーのピアスが二つ光り、左腕にはジャラリと重なったブレスレット。

 気怠げな雰囲気と目付きの悪さと相まって、町のチンピラと言われても文句は言えないようなガラの悪さ。

 そんなグレアムにいつものようにのんびりと問い掛ければ、ニヤリと悪そうな笑みで返された。




 * * *




『ガキの相手を頼めるか』


 彼の申し出を快く受け入れて、そのまま歩いて町の郊外までやって来た。

 フィオナの両手には大きな箱がそれぞれ三つずつ重なっている。

 風の魔術を発動させてバランスを取りながら軽くしているので、落とす心配もなければ重さも問題ない。


 そんなフィオナを先導して歩くグレアムの両手は空いている。

 彼が得意なのは水の魔術。物を押し流すのは得意だが、濡らさずに運ぶには膜を張る必要があるので多量の魔力が必要になるし面倒くさい。

 自分が楽をするためならば、使える物は人だろうと何だろうとありがたく使うのが彼のモットーだ。


「いやぁ、オマエほんと役に立つわ。キープしておいた台車が誰かにパクられてた時はマジで犯人ぶっ殺そうかと思ったけどな」

「そんなことしたらダメだよ。また反省文書かされちゃうよ」

「あーアレな。アレは何回書いてもかったるいよな。しょうがねぇから犯人の鼻の穴に氷の粒大量につっこむだけにしておくか」

「……女の子だったら止めてあげてね」


 グレアムは女性に荷物を全て持たせているという状況を少しも気にすることなく、平然とスタスタと歩き進めていく。


 十数分後に到着した場所は、彼が育ったという孤児院だ。

 三角屋根の木の建物は、所々がベニヤ板で修繕されていたり、子どもが描いたような花の絵で彩られていたり。手作り感溢れる花壇やポストなど、そこかしこにどこか温かみを感じる。


 可愛らしいプレートが掛けられた白塗りの大きな扉を開けて中に入ると、すぐに管理者である神父が出迎えた。


「よお、グレアム。人を連れてくるなんて珍しいじゃねぇか。オマエの女か?」


 フィオナはちょっぴり驚いた。可愛らしい場所だったので、小柄でふくよかで笑顔が素敵な女性が出迎えてくれると想像していたから。

 ゴツくて背の高いガラの悪い男性が出てくるとは思っていなかった。


 格好こそ洗練された白い神父服だが、焦げ茶色の長髪を後ろに流し、葉巻をふかしながら気怠げに話し掛けてくる様は、さながらチンピラのボスという感じだ。


 フィオナは一瞬で悟った。グレアムの口の悪さと気怠げさ、素行の悪さはこの人の影響だと。


「コイツは第一の仲間だよ。あの鬼畜野郎に何されっか分かんねぇから、俺の女だなんて二度と口にすんじゃねぇ」

「……へぇ」


 神父はフィオナに興味がわいたようだ。両手に持っていた箱を床に積んでいる彼女をまじまじと見た。


 それなりに名のある良家出身で、今でも資産家のパーティーなどに顔を出すことがあるこの男は、グレアムの言う『鬼畜野郎』が誰のことなのかを知っている。

 どんな女性に言い寄られても軽くあしらう姿をよく目にしていたが、年下のクール系美人が好みだったのかと納得した。


「あぁ、自己紹介がまだだったね、お嬢さん。俺はウォルトってんだ。ここの管理を任されてるしがない神父だよ」

「はじめまして。私はフィオナって言います。よろしくお願いします」


 いつものようにのんびりゆったりと挨拶し、ぺこりと頭を下げると、ウォルト神父は葉巻をポロリと落とした。


「違和感半端ねぇな」

「これがこいつの普通だ。すぐに慣れる」


 眉をひそめてしみじみと呟く姿も二人はそっくりだなぁなんてぼんやりと思っていたら、奥から子ども達が走り寄ってきた。


「グレ兄何持ってきたのー? お菓子ある?」

「おもちゃは? 私おもちゃが良い」

「グレアムさん、新しい魔術書を持ってきてくれるってこの前言っていましたよね」


 あっという間に箱の周りに子ども達が群がった。

 勝手に開けることはしないが、期待に満ちた表情が早く開けろと訴えてくる。


「おら、オマエら先に言うことがあんだろうが」


 ウォルト神父が促すと、子ども達はスッと立ち上がり背筋をピンとさせた。


「「「こんにちは!」」」


 礼儀正しくペコリと頭を下げたかと思えば、わっと一斉にグレアムとフィオナを囲んだ。


「お姉さんだぁれ?」

「グレ兄の彼女じゃない?」

「違うよー。グレ兄は彼女はいらないってこの前言ってたじゃん。だから遊びの女だよー」

「飽きたらポイっとされるやつだぁ」

「グレ兄さいてー」

「おんなのてきー」


 子ども達が口々に囃し立てるのでグレアムは切れた。


「おい。オマエら勝手なことばっか言うんじゃねぇよ」

「うわぁい! 高い高ぁい!」

「もっとゆらゆらしてぇー!」


 ピキリと青筋を立てた目つきの悪い男が両肩に男児を担いで前後左右に揺らしている。仲が良いんだなぁとフィオナは微笑ましく見ていた。


 その様子を後方の扉の隙間から二人の少女が覗いていた。扉に置いた両手を震わせながら、わなわなと怒りをたぎらせる。


「どうしよう。グレ兄さまが女を連れてきちゃった」

「わたくし達のグレ兄さまなのに……許せないわ」


 二人はおませなお年頃。将来の夫はグレアムともう決めている。そんな彼が連れてきた女性というだけでフィオナは敵確定だ。


「追い払うわよ」

「ええ、これでもくらいやがれですわ」


 少女は手に持っていた籠から芋を一つ取り出してフィオナに投げつけた。


「あいたっ」


 抜群のコントロールで後頭部に直撃。フィオナは、床に落ちてコロコロと転がる芋を拾い、首を傾げる。


「……芋?」


 小さく呟いて飛んできたであろう方を見ると、第二弾、第三弾が迫っていた。

 すかさず風で勢いを殺してふわりと受け止める。


 ヒュン ヒュン ヒュン ヒュン


 芋攻撃は止まらない。

 二十個程受け止めたところでようやく収まり、フィオナは少女達に声を掛けた。


「食べ物を人に投げつけちゃいけないよ」

「「ぐぬぬ……」」


 ごもっともな言葉に反論できない。


「ソニア、ロザリー、お前らこっち来い」

「「ひうっ」」


 ドスのきいた声でウォルト神父に呼ばれてしまい、二人はびくうっとなった。すごすごとゆっくりフィオナに近付いた。


「「……ごめんなさい。もうしません」」


 二人で顔を見合わせてから不貞腐れた顔で声を合わせて謝罪する。そして全く反省していない反抗的な目を向けた。


「うん、もうしないなら良いよ。こんにちは。私はフィオナっていうの。よろしくね」


 ふんわりと微笑んでそう言えば、二人は一瞬たじろいだ。

 大人の余裕を感じてぐぬぬとなる。だがしかし、負けじと若さで対抗する。


「ロッ、ロザリーよ。ピチピチの十歳よっ! 年増な女になんて負けないんだからねっ」

「ソニアですわ。わたくしも肌艶が自慢の十歳ですわ」


 ふわふわの桃色ツインテールを揺らし、吊り目がちの猫のような瞳で威嚇してくる少女と、藍色の長い髪を手で払いのけながらツンと顎を突き出す少女。なんて可愛いんだとフィオナはキュンとなる。


「可愛い……ロザリーちゃんミュリエルにそっくり。ツンツンしてて可愛い」

「は? かわっ?」


 ロザリーは目付きの悪さも相まって、いつも生意気だと言われてばかり。可愛いと言われたのは久々だ。


「ソニアちゃんは大人っぽくて可愛い。それにすごく綺麗な髪だね。落ち着いた藍色。私の大好きな色なの」

「へ? きれい?」


 ソニアはもっと可愛らしい明るい髪色が良かったといつも嘆いていた。自分の暗い髪色が嫌いなのだ。だけど少しでも綺麗に見えるように毎日手入れを欠かさない。


 日頃から欲していた褒め言葉に、二人の気持ちは速攻でグラリと傾いた。

 だけど負けてなるものか。グレアムに相応しいのは自分達なのだ。


「グレ兄さまに相応しいのは私達なんだからねっ!」

「そっか。二人ともグレアムのことが好きなんだ。グレアムは優しいもんね」

「そうですわ。あなたには勿体ないですわ」

「グレ兄さまは私達と結婚するって決まってるんだからねっ!」

「わぁ、そうなんだ。良いなぁ……」


 この歳でもう結婚相手が決まっているなんて。自分はまだお付き合いすらできていない段階なのにと羨ましくなる。


「ふふ、残念でしたわね。あなたはグレ兄さまと結婚できませんのよ」

「え? そんなのこれっぽっちもしたくないよ」


 真顔できっぱりと言い切るフィオナ。二人は『あれ?』と首を傾げる。


「これっぽっちもって……本人目の前にしてんだから、ちったぁ言葉選べよな」

「そっか、そうだね。えっと……ごめんね?」

「ははっ、フラれてやんの」

「フラれてねぇよ。ったくどいつもこいつも」


 面倒くさそうにブツブツ呟きながら、グレアムはフィオナの頭を軽くポンと押さえる。その瞳からは優しさが滲み出ている。


「へぇ……」


 数年ぶりに見た彼の柔らかな表情を、ウォルト神父は興味深そうに見る。


 ソニアとロザリーはまたしてもぐぬぬとなった。何て羨ましい。しかもグレアムの様子は明らかにいつもと違う。こんなに柔らかく穏やかな空気を纏った姿は知らない。


「ねぇ、このお芋どうするの?」

「え? えっと、それは庭に集めてある落ち葉で焼こうかと……」

「そっか。それじゃ行こっか」

「へ? あ、はい……」


 両腕に芋を抱えながら、どこまでもマイペースに接してくるフィオナに二人は怒りを忘れる。庭に案内することにした。


「何だアレ……」


 せっかく遊び要員として連れてきたのに、女子二人に連れて行かれたフィオナにグレアムは眉をひそめる。


 他の子ども達は箱を開けて中のおもちゃや本を取り出しながら盛り上がっていた。

 そんな中、一人の少年が一冊の本を手に不満そうな顔でグレアムに近付く。


「グレアムさん、この魔術書は子どもには難しすぎますよ。もう一つ前のレベルのものじゃないと理解できません」

「あ? オマエこの前持ってきたやつは『こんなの幼児レベルですよ』って偉そうに言ってただろうがよ」

「この前の本のレベルからいきなり難易度を上げすぎなんですよ。もう少し頭を使ってもらわないと」


 少年は片手で眼鏡を押さえながら、やれやれといった顔で鼻で笑う。グレアムはブチギレた。


「っのクソガキがぁ」

「ギャァァァ!」


 腕をひねりながら寝技をかける。手加減は一切ない。


「ギブっ! ギブですっ!」


 悲痛な声にもグレアムは手を緩めない。生意気な態度にはそれ相応のお仕置きが必要なのだ。


「ごめんなさい。もう文句は言いませんからぁ! その代わり教えてくださいよ!」

「あ? 俺は炎系は専門外なんだよ。オマエが自分で──……」


 言いかけたところで、グレアムはあることを思い立った。


「そうだ、アイツが教えたら良いんだよ」

「??」


 グレアムはニヤリと笑い、絞め技から少年を解放した。


 二人が庭に出ると、フィオナは落ち葉に火を起こしているところだった。


「うんそうだよ。それでね、マティアスは本当に格好よくてね──」

「おい、フィオナ」


 庭に向かう道中ですでに少女達と打ち解けたらしく、仲良くお喋りしている背中に声を掛ける。


 三人同時に振り向き、フィオナの両サイドにいたロザリーとソニアは憐れみの目をグレアムに向けた。

 そう、実ることのない恋心を抱く男に同情する目だ。


「だから違うっつってんだろが」


 煩いほど伝わってくる二人の心の声につっこんでから、グレアムは少年をフィオナに託した。


 しっかりと火を起こし終え、恋バナはまた後でと少女達に告げてから、フィオナと少年は庭のベンチに向かった。

 難しい魔術書の読み方を分かりやすくレクチャーすることになった。


 本に自由に書き込みをしていいとのことなので、複雑な説明文は分かりやすい言葉に書き換えながら、実践も交えて説明していく。


「この紋様はね、炎の大きさを表しているんだよ。ここに術式を加えていくとね……」


 フィオナは指先に炎を灯し、形や大きさに変化を加えながら一つずつ丁寧に見せた。

 眼鏡の奥の瞳を輝かせながら、真剣に自分の話を聞いてくれる少年に感慨深くなる。


 まさか自分がこうやって魔術の基礎を教える立場になるなんて。帝国での辛かった日々は何一つとして無駄じゃなかったのだと思えた。


 一時間程経ち、本の説明が一通り終わった頃、両肩に幼児を乗せ、両足に幼児をぶら下げながらグレアムがやって来た。


「おいフィオナ。コイツの相手はもう良いからこっち来い。ガキどもの相手しろ」

「うん、分かった。それじゃあっち行ってくるね。勉強頑張って」

「はいっ! とても有意義な時間をありがとうございました」


 少年はすっと立ち上がって背筋をピンと伸ばし、ほんのりと頬を染めながらハキハキとお礼を口にした。

 建物の中へ入っていく後ろ姿をぽーっと見つめながら、自分もいつか宮廷魔術師団に入るんだという決意は強固なものになった。


 孤児院の建物内へと戻ったフィオナは、すぐに幼児に囲まれた。


「お姉ちゃん遊ぼー」

「良いよ。何しよっか?」

「絵本読んでぇ」

「おにごっこしようよぉ」

「えー、違うのが良いよ」


 しゃがんでいるフィオナを五人の幼児達が取り合う。

 前から後ろから、腕にも抱きつかれて身動きが取れない。

 幼子に慕われて嬉しいフィオナは、もみくちゃにされながら幸せそうにへへへと笑った。


 その様子を少し離れた所で見ているウォルト神父は、すぐ横であぐらをかいて休憩しているグレアムに話し掛ける。


「あの子はリルカによく似た雰囲気だと思ったが、本当によく似てるな。優しいところも一見クールそうに見えてほんわかしているところもそっくりだ」

「……ああ、ついでにどんくさいところもお人好しなところもな」


 グレアムは優しい眼差しをフィオナに向けた。

 彼女と姿を重ねているのは、七年前に病気でこの世を去った最愛の妹。

 フィオナとは髪の色も顔も全く違う。見た目は何一つ似ていないけれど、それ以外は驚く程そっくりで、目が離せなかった存在。彼にとって唯一無二の存在だった。


「オマエ、あの子のこと可愛くて仕方ないだろ。騎士様から奪っちまえよ」

「あいつは妹みたいなもんだよ。俺のタイプはもっと色気のあるエロい姉ちゃんだっての」

「っは、そうだったな」


 くつくつと笑うウォルト神父に、グレアムはいつものように悪そうな笑みを向けた。


 そう、これは恋愛感情などではない。

 大人になれなかった少女の分も幸せになってくれたなら。それを見届けられたら満たされるはずの淡い感情。

 密かな願いがほのかに存在するだけ。



「あのね、グレアムは私にとってお兄ちゃんみたいな人なの」


 フィオナは幼児とたわむれながら再び女子二人と話す。

 楽しげに空色の長い髪を揺らす後ろ姿に、グレアムはフッと笑みをこぼした。


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― 新着の感想 ―
[良い点] グレアムくんをほんのり推してたので嬉しく、最後にほろりと来た点 [一言] グレアムくん筆頭に、優しくあったかいみんなが幸せになりますように 妹は次ではどこかで健やかに楽しくあれますように
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