好きになってほしい
ここから番外編です。
下品な発言多々あり。ちょいエロ風味。
苦手な方はご遠慮ください。
フィオナとマティアスがきちんと両思いになるまでの道のりはなぜか遠いです。あしからず。
フィオナは洗面室の鏡の前で自分の姿をじぃっと見つめていた。
空色の長い髪は、今日はポニーテールだ。
ミュリエルに『どうしたら色っぽく見えるかな』と尋ねたところ、『さりげなく露出を増やしたら良いんじゃない? 胸元とか足とか。あとは……うなじとか?』とアドバイスをもらったけれど。
「これ色っぽいのかな?」
横を向いて自身のうなじを見ても、自分ではよく分からない。色っぽいというより、元気な感じがする。
だけど実践あるのみなので、今日はこれでいこうと意気込んだ。
次に自身の胸元をじいっと見た。そして両手でむにむにとしてみる。
レイラよりは小さいけれど、ニナよりは大きい。ミュリエルとは同じくらい。
ごくごく一般的な大きさだと自分では思っているが、どうだろう。
「大きい方が好きかなぁ……」
もしそうだったら、どうしよう。どうにかなるのだろうか。後でレイラに聞いてみることにした。
露出を増やすのはちょっと恥ずかしいなと悩む。というか今日は任務があるので、いつも通り白いシャツに黒いズボンだからどうしようもない。
また今度、どの程度肌を出せば良いのかミュリエルに教えてもらいながら試すことにする。
朝から何だかんだと悩んでみたけれど、結局いつもとあまり変わらない。ポニーテールなんて時々している髪型なので、今更どうも思ってくれないよなという結論に至る。
朝の準備を終えて食堂へ向かうと、入口でマティアスが待っていた。
朝一番に大好きな人に会えて、自然と顔が綻ぶ。
「おはようマティアス」
「おはよう。今日は朝から任務があるのにポニーテールなんだな」
何と、さっそく髪型について聞かれてしまった。
いつもは任務や訓練がある日は後ろで緩く編み込んでいて、休日や訓練後シャワーを浴びて午後から休みという時はポニーテールにしていた。
特に意味はないけれど、何となくそうしていたのだが、マティアスは気付いていたようだ。
嬉しいような恥ずかしいような、胸の奥がこそばゆい。
なぜ今日はポニーテールなのか。理由なんて言えるはずがないと、フィオナはもじもじとしながら目を逸らした。頬はほんのり赤く染まっていく。
「えっとね……何となくだよ。意味はないの」
「そうか」
マティアスはそれ以上は何も聞かなかったので、フィオナはホッとした。
食堂に入って注文カウンターに向かうと、彼女は今日も甘々な朝食を注文する。
「ほらフィーちゃん、今日もたっぷり入れておいたよ」
「ありがとうおばちゃん」
食事を受け取って席につくと、マティアスは彼女の隣に座った。
彼はいつも対面に座ることが多く、ごくたまに隣に来る。
隣だと距離が近いので嬉しい。フィオナは朝からご機嫌で朝食をとり始めた。
フレンチトーストをナイフで小さく切り分けて、シロップがたっぷり入った器の中で泳がせてから口に運ぶ。
かけるよりもくぐらせる方が効率が良いと気付いたのだ。
これ以上ないというほどの甘さに顔がとろける。
「うわぁ」
「うげ……」
背後から声がするので振り向くと、ミュリエルとグレアムが食事を載せたトレーを持ちながら顔を歪めていた。
「おはよう」
「おはよ。ねぇ、シロップの量増えてない?」
「はよ。さすがにやりすぎじゃねぇか?」
「魔力をいっぱい使うようになったから、甘いのいっぱい欲しくなっちゃうの」
そう説明すると、二人は渋々納得したようだ。
グレアムとミュリエルは、そのままフィオナの前の席に並んで座り、何やらコソコソと話をしながら食事を始めた。
仲が良いなぁなんてぼんやりと思いながら、フルーツをシロップの中で泳がせてから口に運んだ。
黙々と食べ進めていたが、フィオナは段々と内心穏やかでなくなってくる。
隣からひたすら視線を感じる。目で見て確認したわけではないが、明らかに視線を感じるのだ。
どうしたのだろう?
どこかおかしな所があるのだろうか。
気になって食事に集中できない。段々とフィオナの頬と耳は赤くなってくる。
もちろんマティアスに見られることは嫌ではない。だけど気になって仕方がない。
「……ねぇ、マティアス。恥ずかしいからあまり見ないでほしいの」
堪えきれず、俯きぎみにマティアスの顔を見る。か細い声で訴えかけると、彼は『ぐっ……』と唸った。
そしてコホンと咳払いを一つする。
「あぁ、すまない」
そう言って彼はすぐに視線を食事に戻したので、フィオナはようやく緊張から解き放たれた。
再びフレンチトーストを小さく切り分け、シロップの中でゆらゆら。
滴り落ちるシロップを器で受けながら口に放り込んでは、とろける表情を浮かべた。
朝食を終えると、フィオナは部屋に戻ってクローゼットから深緑色のローブを取り出して羽織った。
金の腕輪は装着しない。
フィオナが帝国の皇子に連れ去られ、マティアスとルークに助け出された後、再びルークに託して王城の宝物庫に封印してもらったからだ。
そのまま常時使用していいとの許可が国王から出ていたが、何だかずるい気がして断った。
仲間達とはできるだけ対等の立場でいたい、腕輪の力には頼りたくないという意向を汲み取ってもらえた。
* * *
「フィオナ、リタ、一体も逃さないように包囲しろ」
「了解」
「うん、分かった」
黒々とした針葉樹が生い茂る深い森の中。今回の討伐メンバーのリーダーであるグレアムの指示により、フィオナとリタは、見上げる高さの土の壁をいくつも出現させ、魔物の群れを閉じ込めた。
リタは二十代後半の女性魔術師。焦げ茶色の長い髪を後ろで結わえたクールビューティーな女性である。
フィオナと違い、見た目通り中身もクールなので、フィオナは格好いいお姉さん的存在として慕っている。
二人が出現させた壁の間隔はそれぞれ40cm程空いているが、今回の討伐対象は体長三メートル超えの四足歩行の大型の魔物なので問題ない。
即死レベルの突進をまともにくらう訳にはいかないので、壁の外側から攻撃し、仕留める算段だ。
「アラン! よろしく」
「はいよー!」
先制攻撃を担っているアランは元気よく返事する。少し長めの赤茶色の髪を揺らしながら前に出て、魔物の頭上から雷撃を浴びせた。
「ミュリエル、そっちはオマエの担当な」
「任せて」
グレアムに従い、ミュリエルは雷撃で動きが鈍った魔物数体を取り囲むように炎の渦を放つ。風で煽って炎をどんどん大きくさせていく。もちろん森を焼いてしまわないように調整しながら。
彼女は第一魔術師団に入ってまだ一年半、団では最年少だ。だけど火、風、水、土の四属性の魔術を扱える極めて希少な存在である。
昔から天才少女と言われおだてられながら育ったため、少し勝ち気で怒りっぽい性格になってしまったが、きちんと指示に従い、冷静に対処すれば頼もしい戦力になる。
グレアムは反対側へ回り、魔物の群れに氷の矢を降らせ、動きを鈍らせる。一体ずつ水の玉を口内に放り込み、中に入ると同時に凍らせて窒息させていった。
フィオナは巨体が壁に突進する度に、突破されないよう補強を重ねる。
「くっ……」
同じく壁を維持し続けているリタが少し苦しげなので、フィオナはそちらにも魔力を送る。その他全員のサポートも同時に行ったため、全ての魔物を仕留め終えた時にはフィオナの魔力はほぼ空になっていた。
「オマエなぁ……サポートはマジ助かるけど、程々にしとけよ。皆まだ余裕あるんだから」
グレアムは眉をひそめて呆れながらも、フィオナの頭をポンと優しく押さえた。
「うん、分かってたんだけど……つい発動させちゃった……」
「今までみたいに使い放題じゃねぇんだから気をつけろよな、ったく」
「ばかフィオナ! 帰り道に魔物と遭遇することだってあるんだからね!」
ミュリエルはツンツンしながらも、『その時はしょうがないから守ってあげるわよ!』と頼もしく告げた。
* * *
「ねぇ、グレアムはどんな仕草に色気を感じる?」
「あ?」
魔物討伐の任務を終えた帰り道。
前日に降った雨で足元がぬかるむ中、フィオナは隣を歩いていたグレアムに唐突に質問をした。
ミュリエルと他の二人は、後方の少し離れたところを歩いている。
グレアムは目を細めながら低い声を漏らしたが、すぐに彼女の心の内を察した。
「あー……あの鬼畜野郎に意識してもらいたいとか、そんなことか」
ずばり言い当てられてしまい、フィオナはきょとんとする。そして恥ずかしくなって俯いた。
『鬼畜野郎』というところには特につっこまない。
グレアムが鬼畜野郎と呼ぶのはマティアスのことだと分かっている。
自分には優しいマティアスが、グレアムに対してそう呼ばれても仕方ないような仕打ちをしていることは知っているのだ。
それはさておき、自分の考えがバレバレなのは恥ずかしい。
どう答えようかと悩んでいるフィオナに、グレアムは内心やれやれだ。
「あの鬼畜野郎はとっくにオマエのことが好きだろうが。誰が見たってそれ以外は考えられねぇんだよ」
グレアムがストレートに言い切るが、フィオナは浮かない顔をしている。
「それは、いつも私のことを気にかけてくれてるからそう見えるだけだよ。マティアスは私に同情してくれてて優しいから。最近ほんの少しは好意を持ってくれてるかなって自分でも思えるようになったけど、まだまだ全然だめなの。だからしっかりと好きになってもらえるようになりたいんだ」
「は?」
グレアムは、コイツ何言ってんの? という信じられない気持ちでいっぱいになる。
(少しどころじゃねぇっての。ってかコイツ、今まで全く気付いてなかったのか? マジで? 鈍いにも程があんだろ……)
ぼんやりとしていて感情表現に乏しいフィオナは、いつも平然とした顔でマティアスと接している。
グレアムから見ても、マティアスはムカつく程にモテる男という認識である。
あれだけのスペックを持つ男に全力で尽くされたら、のぼせ上がってもおかしくはない。しかしフィオナは少しも気にする素振りを見せない。
そんな様子から、彼女は恋愛ごとに興味がないものだと思っていた。
まさかマティアスの気持ちにすら気付いていなかったなんて……
驚きを通り越して呆れ果てたグレアムは、一番確実で手っ取り早い方法を教えることにした。
「色気だとか何とかそんなまどろっこしいことしてないで、脱ぎながら迫って既成事実作っちまえ。面倒くせぇんだよオマエら」
「……そういうことは、きちんとお付き合いしてからすることだよね。ダメだよ」
グレアムの下品な提案にフィオナは動じない。帝国でうんざりするほど情事を目撃してきた彼女は、今更そんな話題で動揺することはない。
淡々と自身の考えを述べた。
「あ? 別に付き合ってなくても性欲があればすんじゃねぇの、普通」
「え……普通? 普通……なの?」
「普通だろ。今どきそんな形にこだわらなくても良いと思うぞ。じゃなかったら世の中ほとんど童──……」
まさかの普通発言に、フィオナは驚いて目を丸くさせた。驚きすぎてグレアムの発言の後半は耳に入らない。
(普通? それじゃ、あれも普通だったってこと……?)
帝国の皇子が誰彼かまわずに部屋に連れ込んで情事に勤しんでいたのは、彼の頭がおかしいからではなかったのか。
あれが普通だった? ごく一般的な行いだったというのか。まさかの事実に驚愕する。
フィオナが今まで持っていた常識が覆されてしまった。
世間知らずだと自覚はしていたが、最低限の一般常識はあると思っていた。
女子力が高そうなミュリエルからいろいろと教えてもらい、時には本を借りて、男女のあり方は学んで知っているつもりでいたのに。
新たな知識を得たところで、先程のグレアムの下品な提案をしっかりと考えてみる。
マティアスに迫ってみたら、受け入れてもらえたら。そんなのもちろん嬉しいに決まっている。お好きにどうぞと全て差し出す勢いだ。
だけどそこに気持ちが伴っていなければ、後には虚しさしか残らない。
(そんなの嫌だな……)
やはりまずは、きちんと好きになってもらいたい。どうぞと差し出すのはそれからだ。
そのためにどうしたらいいのだろうと考えながら、ぬかるんだ道を歩く。
「っっおい、フィオナ!」
「え?」
離れたところからグレアムの慌てたような声が聞こえて振り返る。いつの間にか距離ができていた。
──ズルッ
『あっ』と思った時には、すでに足を滑らせていた。
これはちょっと、いや、非常にまずい。さすがのフィオナも血の気が引いていく。
先程まで歩いていた森のけもの道は、すぐ脇が崖になっていた。フィオナは十数メートルある高さから下へ落ちていく。
今日は魔力を使いすぎた。体を浮かせる程の魔力は残っておらず、頭を手で覆って守る以外はなんの手立てもない。
もうすぐ訪れるであろう衝撃と痛みに備えてぎゅっと目を閉じた。
すぐに急斜面から土の壁が出現する。体を受け止めるように大きな水の玉も現れ、土の壁と体の間でボヨンとクッションになった。
落下が止まると風が体を包み込む。
フィオナはふわりと持ち上げられ、仲間の元まで運ばれた。
無事地面に足を着けると、脱力してその場にぺたんと座り込んだ。
「あっ、危ないじゃないのっ! ちゃんと前見て歩きなさいよ!」
風の魔術でフィオナを運んだのはミュリエルだ。心臓をバクバクさせながらフィオナの無事を確認すると、眉を吊り上げてわめいた。
「本当、お願いだからもっと気をつけて」
土の壁を作り出してフィオナの落下を止めたリタは声を震わせる。
「皆ありがとう。迷惑かけてごめんね。考えごとしてたら落ちちゃった……」
眉尻を下げて力なく謝罪すると、四人からは溜め息と苦笑いで返された。
申し訳なさすぎてじわりと涙が滲んでくる。その姿にミュリエルは慌てて声をかけた。
「泣くんじゃないわよ! 守ってあげるって言ったでしょうが。あんたのおかげでまだまだ魔力は余ってるんだからねっ!」
「うん……ありがとう。ミュリエルは優しいね」
「っっ……!」
涙目でへにゃりと笑いかけたら、ミュリエルは真っ赤になって顔をふいっと横に逸らした。
その後は、フィオナは前後左右を四人の仲間に囲まれながら帰ることとなった。
「ねぇ、何考えてたら崖から落ちるわけ?」
左隣のミュリエルが尋ねる。フィオナは『えっとね……』と、落ちる前にグレアムから聞いた、男女のあれこれにまつわる驚愕の事実を伝えた。
「「はぁぁ!?」」
ミュリエルとリタの声が重なり、二人とも不快そうに顔を歪める。
「いや、それは本当に人それぞれだと思うわよ。グレアムの話は鵜呑みにしない方がいいわ。あの子はどうしようもない類の男だから」
「っそうよ。あんなヤツの言うことなんて聞いちゃだめよ! て言うかアイツに相談なんてしちゃだめだって」
「そっか……それなら良いんだけど……」
両隣からグレアムの俗悪さを延々と聞かされることになり、フィオナは真剣に聞いた。
前方からは時たま『オマエらうるせぇんだよ』という文句が飛んでくる。
フィオナは聞いた相手が悪かったのかと納得し、今後グレアムには相談事を持ちかけないようにしようと決めた。