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抗えない

 ここ数ヶ月、エルシダ王国は平和そのものだ。

 帝国がこの国にちょっかいをかけてくることがなくなったからである。重要な戦力であったフィオナを失い、攻め入る術を失ったのだ。


 しかし再び帝国に怪しい動きが見られるとの報告が入った。北と東の二ヶ所で、魔術師数十名が国境を越えてこちらに入ったという。

 マティアス含む第一騎士団の騎士数名と第一魔術師団の半数は北へ、その他の騎士数名と第一魔術師団の残り半数は東へ向かうことになった。


 かつての仲間とは戦いたくないだろうという理由から、フィオナは留守番だ。

 彼女不在の帝国魔術師団など敵ではないので、容易に返り討ちにできるはずだ。


 マティアスたちを見送ると、残されたフィオナは演習場で自主訓練をしていた。

 走り込みをした後は、ちょうど暇していたルークと素手で手合わせをする。しかし非戦闘員であるルークにすら彼女はぼろ負けだった。


「フィオナさん魔術なしだとミジンコなんすね。びっくりっすよ」


 ルークは地面に横たわるフィオナに苦笑いだ。

 土にまみれた彼女はむくりと起き上がり、力なく座った。


「うぅ……これでも少しはマシになったんだよ」

「マジっすか」

「まじっす」


 ひたすらルークに地面に転がされながら素手で手合わせをした後は、魔術を使って軽く手合わせをした。

 彼は戦えないが、近距離でなら相手の魔術を無効化する術が使える。フィオナが空中に描いた魔法陣に魔力封じの呪印を飛ばし、無効化して消し去っていった。


「ルークすごいね。相手の魔法陣を消滅させる呪印士に今まで会ったことなかったよ」

「そりゃ、オレはこの国一番の呪印士っすからね。まぁフィオナさんに空中を埋め尽くす程の魔法陣を描かれたら、全部消滅させる前にオレが消滅するっすけど」


 彼は朗らかに笑いながら指先から黒い紋様をいくつも出し、空中を泳がせていた。


 手合わせが終わり座って休憩していると、一人の騎士が慌てた様子で駆け寄って来た。ルークに何かを耳打ちした。彼の顔からは笑顔が消えていく。


「……マジっすか」


 重い声でボソリと小さく呟き、真剣な表情でフィオナを見る。


「フィオナさん、緊急事態っす。力を貸してもらえるっすか」

「何かあったの?」

「説明は後でするっすから」


 すぐに立ち上がり王城へ走って向かうルークに付いていく。

 門をくぐり、小さなランプの灯る薄暗い地下への階段を降りた。

 降りた先には扉があり魔術により錠が施されている。ルークは目の前の扉のロックを解除し中へ進む。

 廊下の先にはまた新たな扉があり、厳重にいくつもの錠が施されていた。それも全て解除し中の部屋に入る。

 物置のようで少し埃っぽい部屋には、いくつもの大きな棚が並び、箱や袋が置かれている。


「フィオナさん、帝国が見たことのない魔道具を使ってるとの伝令がきたっす。それのおかげか、魔力切れする様子もなく大型の魔術攻撃をいくつも放ってくるらしいっす」


 そう言いながら、ルークは部屋の端の棚の奥から小さな箱を手に取った。


「北はマティアスさんがいるから魔道具を破壊していって、少しずつ撤退に追い込めてるらしいけど、東は手の打ちようがなくてヤバめっす。そこでこれの出番っす」


 箱に描かれた黒い紋様を手で払い除けスッと消す。蓋を開けると光沢のある布に包まれた金色の腕輪が出てきた。


「かつての仲間とは戦いにくいと思うんすけど、お願いできるっすか?」


 眉をひそめながら箱をフィオナの目の前に差し出すルーク。彼女は躊躇うことなく腕輪に手を伸ばし、右手にはめた。


「もちろん。私にとって今大切な仲間はここの皆だもん」


 その目には一切の迷いはなく強い決意がこもっている。


「頼むっす」

「うん、任せて」


 フィオナは急いで厩舎へ向かう。白いローブを纏った数人の治癒士も集まっており、彼らと共に馬で東へと急いだ。






  * * *






 レイラはもう何度目かの魔術障壁を広範囲に施し、とにかく必死に耐えている。前後を挟まれているので撤退することもできずにいた。

 彼女のすぐ後ろでは腹部を損傷し倒れたミュリエルが治癒を受けているが、治癒士も魔力の限界のようで出血を止めることが精一杯のようだ。

 王国側は騎士も魔術師も治癒士も体力と魔力の限界を迎えようとしていた。


 敵は七名の魔術師しかいない。こちらは魔術師十名と騎士二十名だ。それなのにこちらが追い込まれているのは、彼らがそれぞれ使用している魔道具のせいだと思われる。


 彼らがそれぞれ手に持つ黒い大きな杖にはいくつもの魔石が埋め込まれており、その魔道具に触れることで大型魔術を何度も放てるようだ。

 定期的に数人の攻撃が止んでいることから、長時間の継続的な使用はできないようだが、それでもこちらはもう打つ手がない。


「クッソ……」


 グレアムは片膝と片手を地面につけ歯をギリリと鳴らす。彼もあと一度魔術障壁を張るのが精一杯な魔力しか残っていない。

 それでも無慈悲な攻撃は続き遂にレイラの魔力が底をついた。


「もうやだぁ!」

「大丈夫、あなたならできますから。死ぬ気で耐えてください」


 レイラから障壁を引き継いだニナが泣きながら叫ぶので、すぐ横でヨナスが気休めの言葉をかける。彼はもうすでに魔力が尽きている。

 グレアムもニナが覆いきれていない部分に障壁を張る。この二人が最後の砦なのだ。


「ううっ、あれもうムリだよぉ……」


 グズグズのニナが見上げた先には完成間近の大型の魔法陣。もうあれを防ぐ程の力は残っていない。

 あと少しで陣が完成してしまう。あとほんの少し、紋様をひとつ描かれたら終わり。もうダメだ──……


 死を覚悟した次の瞬間、周りを大型の魔法陣が埋めつくし、瞬く間に金色に光った。ニナたちは今まで何度も目にしてきた色だ。


「……あぁ」


 この光景を心強く思う日が来るだなんて。ニナの絶望の涙は歓喜の涙に変わった。

 分厚いドーム状の氷の壁が現れ王国側の人間を守るように包み込む。帝国側の攻撃を受け止めてもびくともしない。


 帝国の魔術師が頭上から絶え間なく降り注ぐ雷撃を防御することに気をとられている隙に、フィオナたちは馬を降り氷の壁に開けた隙間から内部に入り込んだ。

 治癒士は倒れている者たちの治癒をすぐさま始める。


「皆、大丈夫?」


 フィオナはレイラたちの元へと駆け寄った。


「危ないところだったわ。よく来てくれたわね」

「マジでギリだったぞ」

「フィオナさぁぁぁん」


 ニナは泣きながらフィオナに抱きついた。皆ボロボロだが命は無事なようでフィオナはホッとした。


「レイラさん、あの黒い杖が魔道具ですよね。全て破壊すれば良いですか?」

「そうね、こちらで回収して再利用できる程度の破壊に止めてもらえるのが最良だけど、できる?」

「はい、任せてください」


 フィオナは力強く答え、氷の壁から外に出る。

 帝国の魔術師たちは皆顔見知りで、彼女のかつての仲間だった人たちだ。

 だけど手加減なんてするつもりはない。


 全員を取り囲むように炎の渦をいくつも放ち、彼らが自身の防御に徹している間に、魔道具を守る分厚い防御壁にそれぞれ大型魔術を打ち込んだ。

 壁に小さな穴が空いた一瞬に内部に自身の魔力を流れこませ、小型の魔法陣を描く。七つある魔道具それぞれを全て覆うように描き、魔道具に埋め込まれた魔石だけをピンポイントで狙い打ちする。

 炎の矢に打たれた魔石には全てピシリと亀裂が入り機能を失った。


 魔道具が使えなくなった魔術師たちの攻撃が止むと、フィオナは全ての魔道具を風でふわりと持ち上げ自身の元へと運んだ。


 攻撃の要を失った帝国側は撤退を余儀なくされ、慌てて撤退を始める。

 彼らが逃げる様をフィオナはじっと見守っていた。何も攻撃がこない限り追い討ちをかけることはしない。


 これで一安心。氷の壁も解除して任務は無事完了だとホッと息を吐く。


「痛っ」


 突然胸にチリっと電気のような痛みが走った。何だろうと思ったが、一瞬のことだったので気にせず仲間の元へと向かおうとする。


 しかし途中で足はピタリと止まり動かなくなった。


『フィオナ』


 風に乗って聞こえてきた微かな声が耳にまとわりつく。彼女がこの世で一番大嫌いな声が頭の中に何度も大きくこだまする。

 気持ち悪い。嫌だ。彼女は両手で頭を押さえる。


『フィオナ、こちらにおいで』


 頭の中に何度も響くその声に抗おうとすると、心臓が締め付けられるように熱く苦しくなる。

 胸を押さえながらその場に膝をついた。


『フィオナ、抗うな。こちらへ戻っておいで』


 先程よりもはっきりと聞こえた声に彼女の動きは完全に支配されてしまう。すっと立ち上がるとゆっくりと歩きだした。

 何年も聞き続けてきた大嫌いな人の声が頭の中で優しげに語りかけてくる。

 嫌だ。行きたくない。

 それなのに少しも抵抗なんてできなくて、目に涙を浮かべながら歩いていく。


「おい、どうした? どこいくんだ?」


 グレアムがフィオナの異変に気付き、疲労でふらつきながらも駆け寄って腕を掴んだ。


「っっグレアムだめ、危ない──」


『その男を拒絶しろ』


 その命令のまま、フィオナはグレアムを風で思い切り吹き飛ばす。

 そのまま後ろに大きな土の壁を張るよう命じられ、仲間との間に隔たりを作る。


 涙を流しながら歩いていった先に待っていたのは、艶やかな漆黒の髪を靡かせた一人の男。

 ルビーのような赤い瞳に笑みを浮かべ、帝国の皇子ジルベートは両手を広げて彼女を待つ。


『抵抗はするな。もう魔力を使うな』


 抗うことができずに真っ直ぐ彼の元へ向かう。行きたくないのに足は止まらない。


「お帰り、フィオナ。さぁおいで」


 言われるがまま彼の胸に自分から飛び込み強く抱きしめられてしまう。


 ──気持ち悪い。触らないで。大嫌い。


 思考の自由はあるが体がまったく言うことをきかず、少しも抗えない。


「さぁ帰ろうフィオナ。着くまでぐっすり眠っていていいよ。おやすみ」


 その言葉に彼女の瞼は重くなり微睡(まどろ)んでいく。頭がぼんやりして何も考えられなくなる。


「いや……帰らな……い……」


 拒絶したいのに眠気に抗えない。意識が遠のいて彼女はゆっくりと目を閉じていった。 

 意識を失ったフィオナは皇子に抱きかかえられ、そのまま帝国へと連れ戻された。


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― 新着の感想 ―
[一言] うわぁぁぁぁ死ぬほどキモイ
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