婆ちゃん店主 1000人目のお客様
しばらくすると
彼女は泣き止んだようで
私の出したお茶をゆっくり飲んでいた
良く見ると綺麗な顔立ちの女性
歳は22~3ぐらいかしら?
色白で優しい目元
可愛い娘だわ
どんな事情でこんな山奥に?
まあまあ、聞かなくても私には味噌汁を通せば大体わかる
「落ちついたかしら?」
彼女に声をかけると
ゆっくりと彼女は頷いた。
「ありがとうございます。タオルまで貸していただいて、お茶まで。」静かに話す彼女。
「お腹は空かないかい?うちは味噌汁しかメニューにないけど」
すると彼女は何の疑問も抱かず
「味噌汁、頂けますか?」と。
驚いた。
[味噌汁しかない]に反応しないお客は初めてよ。
私はすぐに味噌汁を用意した。
早く彼女の悲しみを拭ってあげたくて。
湯気のたつお椀を
彼女の前に置く
普通なら具がない味噌汁に
戸惑いや驚きを隠せない客が大半。
でも、彼女は違ったのよ。
中を見た瞬間
ふわっと笑うと、両手でお椀を持ち
ゆっくりと味わい始めたのよ。
普通なら夢に落ちたように
誰もが夢の中に入るのに
この娘には何も起こらない。
少し混乱した私は
彼女が味噌汁を味わう姿を
黙って見るしか出来なかった。
やがて
味噌汁を飲み干した彼女は
軽く息を掃くと
私に向き直りニコリと笑った
その顔は先程まで泣いていたあの娘とは別人のように清々しさが増していた。
「ありがとうございます。ご馳走様でした。」
彼女はそう言うとスッと立ち上がる。
私も慌てて立ち上がった。
「あの、お代は?」と聞かれる。
「いえ、今回は要りませんよ。ただ」
私は言葉を切り彼女の顔を見る。
❬何故、彼女からは何も読めなかったのかしら?❭
そんな疑問が頭に浮かぶ。
今までの999人には、それぞれ色々な事情や悩みや未来が見えたのに。
彼女は不思議そうにこちらを見ている。
「ただ、なんですか?」
不意に声をかけられハッとする。
いけないわね。見すぎていたら。
「今まで私の味噌汁に、なんの疑問を抱かなかったのは、お嬢さんが初めてだったからね~」
そう答えると
彼女はクスクスと笑い
「だって。貴方が1番、そのわけをわかってるじゃないですか?」
そう答えると軽い足取りで店を出ていく。
いきなりの言葉に一瞬
不意を突かれていたけど、慌てて追いかける。
と、彼女は既に姿がなかった。
「アナタガイチバン、ソノワケヲワカッテルジャナイデスカ?」
彼女の言葉はずっと引っ掛かる。
こうして
私の1000人目のお客様は
[幻または謎]として終わったわ。