エピローグ
あのお爺さんは贈り物をくれると言い残して去っていった。
多分だけど……、贈り物とはルークの前世の記憶のことだったんだと思う。
だって目を覚ましたルークには鴨くんの記憶が完全に甦っていた。ルークとしての記憶を失うことはなく、ただ鴨くんの記憶が付け足された感じだという。
私とルークは沢山話をした。
鴨くんの記憶を取り戻したルークは、前世で鴨くんが死んだ後の私のことをとても気にかけてくれた。
その頃のことは思い出したくもなかったけど、問われるがままに答えていたら涙が止まらなくなってしまった。
「ごめんな……。辛い思いをさせた」
ルークは私を優しく抱きしめて、ずっと頭を撫でてくれた。
「もし、前世の記憶があったら諦めようなんて考えもしなかった。俺は実奈……リアがいないと生きていけない。もう絶対に離さない」
いろいろなことを思い出してますます涙があふれてしまいルークを慌てさせた。
鴨くんの記憶が戻ったルークは、多少の違和感はあったというがルークの記憶もしっかり残っているので日常生活で怪しまれることはなかった。
ただ、一度エミリアたちに
「あのさ、俺、リアと寝室を同じにしたいんだけど」
と提案して、ユリウスたちにボコボコにされていた。
エミリアにも
「……」
という冷たい視線を送られたルークは
「早く! 早く結婚しよう!」
と焦っているが、結婚式は準備が大変なのでまだしばらくは難しそうだ。
***
そんな中、ファビウス公爵とモニカさんの結婚式が行われることになった。
「なんで俺たちが結婚できないのに……」
不満そうなルークはブツブツ文句を言っている。
そんな不貞腐れたルークも可愛くて笑ってしまった。
「だって、公爵とモニカさんはもっとずっと前に結婚する予定だったのよ。国が落ち着くまでは、ってずっと長く待ってたんだから」
「そりゃそうかもしれないけど……なんかずるい…」
「ずるいって……何が?」
「俺ばっかりリアのことが好きで俺ばっかり結婚したくて……。リアは気にしてなさそうだし、リアが本当に俺と結婚したいと思っているのか不安だ」
「そんなことない! 私だってルークと結婚したいよ。だから、エミリアにドレスのこととか相談してるし……」
必死に言いつのるとルークにギュッと抱きしめられた。
「待っている間に他の男にリアを奪われたらどうしようっていう不安もあるんだ。早く俺だけのものにしたい……」
耳元で熱烈な言葉を囁かれると胸がきゅんっと痛痒くなる。
「私はもうルークだけのものだよ?」
顔を上げると彼の顔が完熟トマトのように真っ赤になっていた。はぁ~っという大きな溜息をついたルークは私の肩に顔を埋める。
「ああ、もう限界……。可愛すぎて死ぬ……」
もう一度強い力で私を抱きしめた。私も彼の背中に手を回して、ポンポンと軽く背を叩く。
「私はルークと想いが通じ合った今がとても幸せ。二人で素敵な結婚式を考えよう。ね?」
「……分かった」
くぐもった声が返ってきた。
***
ファビウス公爵とモニカさんの結婚式の日は快晴だった。
私は淡い青色のシフォンのドレスを身に纏い、髪の毛は高い位置でアップに結っている。ルークの瞳の色に合わせて髪飾りも蒼にした。
ルークは礼装の騎士服で、やっぱりカッコいい。
いつものようにルークにエスコートされて結婚式の会場に到着した。
結婚式の場所は王城の中庭で、美しい花々に囲まれた広いスペースの中心に結婚式の祭壇が用意されていた。
野外での結婚式も素敵だなぁ。
自分達の結婚式を想像しながら軽い足取りで歩いていると、隣のルークがビクッと動きを止めた。
「嫌な奴がいる」
彼の視線の方向を見ると、多くの招待客の中にクレメンスが立っていた。
クレメンスが私たちに気がついて嬉しそうに駆け寄ってくる。
「ユリア! 綺麗だ。青が良く似合っている。俺の目の色だもんな」
挑発的なことを言うクレメンスを私は睨みつけた。隣のルークが一瞬でピリついたから。お願いだから刺激しないでほしい。
「違うの。これはルークの目の色だから!」
何故かクレメンスは嬉しそうに笑った。
「分かってるよ。でも、俺は諦めないからさ。いつか、そいつが嫌になったら、俺のところに来いよ。俺はずっと待ってるから」
クレメンスの言葉にルークの眉間の皺が深くなった。
「クレメンスは国王なんだから、結婚しないとダメでしょ? 私を待つなんて莫迦なこと言ってないで」
隣のルークの反応を気にしつつ子供に対するように言い聞かせると、クレメンスは首を横に振った。
「俺はさぁ、隣のムア帝国みたいに、いずれは王政じゃなくてもいいかな、って思ってるんだ。ジェラルドは民主制っていうのを進めてるんだろ? 民衆から選ばれた人物が国を率いていくのが一番いいと思うよ。そしたら、世継ぎとか必要なくなるし、無駄な世襲がなくなって国も浄化されていくと思うんだよね」
前世日本人の感覚だと真っ当なことを言いだしたクレメンスだが、ルークのイライラは最高潮に達したらしい。
「仮にも国を預かる国王なら、世迷言を言うな! 責任をもって結婚しろ!」
ルークの言葉にもクレメンスは余裕の反応だ。
「今日は揉めたくないから何も言わないけど。結婚は個人の自由だよ。神のお告げがあって、同性同士の結婚も認められるようになったらしいから、俺たちはもっと自由になってもいいんじゃないかな。じゃ、またな!」
軽く手を振って去っていくクレメンスの背中をルークは睨みつけた。
「あいつには絶対にリアは渡さない」
私の肩を抱く手に力が入る。
「大丈夫よ。私はルーク一筋だから!」
せっかく彼を安心させたところに、今度はジェラルドが現れた。
間が悪い……。
「ユリア。今日も綺麗だ。ルキウスと結婚することが決まったそうだな。おめでとう!」
明るく祝うジェラルドにルークの表情が少し緩んだ。しかし……。
「それでも俺はユリアが好きだから。その気持ちに変わりはない」
続く言葉にルークの眉間の皺が再び深くなった。
まずい……。
するとジェラルドは私の表情に気がついたようだ。
「今日は喧嘩をする気はないよ。ルキウス。でも、ユリアを泣かすようなことがあったらすぐに奪いにくるからな」
私の頭をポンポンと撫でると、ルークに殴られる前にスッと転移して消えた。
ルークのしかめっ面がますます酷くなる。
せっかくのお祝いの席なのに……。なんとかしたい……。
どうしたらいい?と考えて、私は物陰にルークを引っ張りこんだ。
そして、彼の頬に両手を当てて背伸びをすると、そのまま彼の唇に自分の唇を押しつける。
一瞬呆気に取られたルークだったが、唇が離れた瞬間に私を掻き抱いて、そのまま深い口づけをされた。
熱い吐息と共に激しい口づけが続き、このままだとマズイと不安になったが、ルークにも理性があったらしくスッと私を離して「ごめん」と謝った。
「ごめん。つい嫉妬で苛々してしまって…。それで口づけしてくれたんだろ? 今日は大切な結婚式だからリアには心置きなく楽しんでほしい。俺のことで不安な思いをさせてしまってすまなかった。ちゃんと祝福する気持ちでいるから」
真面目に謝るルークに愛おしさがこみあげてくる。
二人で手を繋いで結婚式の会場に戻ると、花嫁姿のモニカさんが立っていて周囲に人だかりができていた。
モニカさんは息を飲むような美しさで幸せのオーラに包まれ光り輝いている。
「おめでとうございます!」
駆け寄って伝えると、モニカさんは女神のように微笑んだ。
「ありがとう! 次はユリア達の番ね! 三組で一緒の結婚式にしちゃえばいいのに」
「……三組一緒……?」
意味が分からず首を傾げていると聞きなれた声がした。
「あ、ごめん! もっと早く伝えるつもりだったんだけど…」
ユリウスの声だ。
私とルークが振り返ると、ユリウスとディアナ様、ラザルスとアガタが並んで立っている。
照れくさそうにそれぞれが結婚するつもりであることを伝えられて、私は歓喜に震えた。ルークも知らなかったらしい。
「素敵! ホントに三組一緒の結婚式にしましょうよ!」
「俺たちも良い考えだと思うんだが、ルークは嫌がるだろう……。余計に準備の時間がかかるし…」
ユリウスが頭を掻く。
確かにそれはそうだけど……。
私はルークを見上げて一世一代のおねだりを試みた。
「お願い。ルーク。一生に一度のことだから…思い出に残る素敵な式にしたいの。みんなで一緒に結婚式ができたら、すごく楽しいと思う!」
ルークは物凄く複雑そうな顔で考えこんだ後、諦めたように頷いた。
「リアが望むことは何でも叶えるよ」
その場にいた人たちが全員でワッと盛り上がった。
私も飛び上がりそうなくらい幸せだった。
そこにティベリオとアルバーノさんも現れた。
ディアナ様が嬉しそうに「お兄さま!」と駆け寄る。
ユリウスとディアナ様が結婚したら、ティベリオとも親戚になるんだな。
賑やかな輪の中、ティベリオが小声で私の耳元で囁いた。
「ユリア。色々ありがとう。私の片思いも成就したから」
呆気にとられる私に向かってバッチリと完璧なウィンクを決めた。
アルバーノさんはちょっと照れくさそうだけど、二人の幸せも伝わってくる。
ああ、なんか喜びしか感じない。こんな日があっていいんだろうか。
ギュッとルークの手を握った。
私と視線を合わせるとルークも幸せそうに顔をほころばせた。
私の運命の人。もう絶対に離さない。
どうかこの幸せがずっと続きますように。みんなの笑顔が続きますように。
私はどこまでも続く真っ蒼な空を見上げた。
これで完結になります。読んで下さった皆様、本当にありがとうございました<m(__)m>
*深雪な様が素晴らしいルキウスとユリアを描いて下さいました~(*^-^*)!本当にありがとうございます!




