ルークの闇
どうしてもルークと話がしたい。
周囲を見回すと派手に味方を吹っ飛ばしているルークはすぐに見つかった。相変わらず黒い靄に包まれている。
ちょうど彼が辺境伯騎士団を攻撃しているところだった。剣で切りつけるというより魔法で騎士たちを薙ぎ払っている。
再び大きな風圧が起こり多くの騎士が吹き飛ばされた。
しかしその中で一人だけ風圧に耐え、立ちはだかる騎士がいた。
辺境伯領トラキア騎士団のマルティーノ様だ。
マルティーノ様は鬼の形相でルークの前に仁王立ちになっている。
ルークはニヤリと薄ら嗤いを浮かべた。
いけない!
マルティーノ様に刃を向けて上段から切りつけようとするルーク。
あのままだと下手したら殺してしまう。
操られている間に自分の仲間を殺したと知ったら彼は後で立ち直れない。絶対に自分を許さないだろう。
自分が何をしているか分からなかった。ただ無我夢中でマルティーノ様の前に転移した。
両手を広げてマルティーノ様を庇う私の顔から十センチほど離れたところでルークの刃の切っ先が止まる。刃先がぶるぶると震えていた。
ゼエゼエと荒い息が聞こえる。
ルークだ。
彼は刃を止めたまま固まっていた。白目のはずの部分も含めて目全体が真っ黒で、昏い闇を映しているようだ。全身から黒い靄が立ち昇っている。彼の体は何かに逆らうように震え、じっとりとした汗が噴き出しているのが分かった。
「ユリア殿…な、なんて無茶を…」
背後でマルティーノ様が呟く。
でも、私はルークから視線を逸らさなかった。
「ルーク…私のせいで苦しめてごめんなさい。もう遅いかもしれないけど、あなたを愛してるの。あなただけよ。他の誰でもダメなの。ルーク…お願い。元に戻って」
一瞬ルークの体が大きく身震いした。真っ黒い闇のような瞳に僅かな光が戻る。
ルークの全身の震えが酷くなる。きっと彼の中の闇と戦ってるんだ。
ルーク、頑張って!
「ルーク、お願い。私を見て。いつも、ずっと、私のことを見てくれていたでしょう? もう一度私を見て!」
彼の瞳を覗き込むと、真っ黒い瞳からボロボロと黒い涙が零れ落ちた。
「ルーク、ルーク、辛い思いをしているんだね。どうか…泣かないで。ずっと、ずっとあなただけを愛しているの」
瞳の光が僅かだが強くなった気がした。彼の心が一瞬甦ったのかもしれない。
しかし、体は依然として鏡に操られたままのようだ。身動きが取れないまま硬直状態が続く。
周囲の戦いは続いているが、マルティーノ様やクレメンスたちが邪魔をしないように敵からの攻撃を退けてくれている。
「ユリア、ごめん…体が…いうことを聞かない」
ルークが苦悶に満ちた声でようやく言葉を絞り出した。
その時、視界の端に上空から飛んでくる魔獣の影が入った。女王だ!
こんな時に! 邪魔しないで!
舌打ちしたくなる。私はルークから視線を外さずに彼を呼び続けた。
「ルーク! ルーク! お願い。戻ってきて。私のところに戻ってきて!」
でも彼の体は動かない。ただ黒い涙が滂沱のごとく零れ落ちている。
女王の乗っている魔獣が私たちに襲いかかろうとした。
結界で応戦しようとしたが、その前に色鮮やかな鳥たちがどこからともなく現れて、飛竜の目を目がけて嘴から突っ込んでいく。さらにクレメンスが女王の攻撃を防ぐ。
「くっ! お前まで妾に逆らうか!」
女王の悔しそうな声が聞こえ、鳥たちに目を突かれた飛竜は苦しそうにキィェーと啼きながら上空に戻っていく。
色鮮やかな鳥たちは飛竜から離れると物凄い速さで敵陣の方角へ飛んでいった。
ラザルスのほうに向かっているようだ。ラザルスはユリウスの背後で懸命に馬を走らせている。4~5人の騎士たちが二人を防御しながら敵陣の奥深くに進んでいく。
ユリウスとラザルスは鏡を狙っているんだ。お願い! 早く……。
私はルークに向き直った。
「ルーク。お願い。私の声を聞いて。絶対に絶対にあなたの魂を救ってみせる。悪魔なんかには渡さない。私を信じて。だから、戻ってきて。私を抱きしめて。私はあなたのものよ!」
ルークは苦しそうに荒い息を吐きながら切れ切れにかすれた声で呟く。
「リア…俺も…愛してる。リアだけ…リアは…俺の…もの?」
言葉を絞り出すと瞳から黒い涙がとめどなく流れ落ちた。
先程よりも一段と彼の全身の震えが酷くなった気がする。まだ体が自由にならないようだ。
ルーク、どうか頑張って……。お願い!




