鏡の罠
モナさんと話している間に戦は始まっていた。
騎士団は勇猛果敢にオグル兵たちを倒していく。バラバラにぶつかってくるオグル兵と対照的に、騎士団は連携しながら戦っているので動きにも無駄がない。
ルークは目にも留まらぬスピードで敵陣を縦横無尽に暴れまわり、彼が動く度に魔物たちがバタバタと倒れていく。
辺境伯軍の主力部隊はルークの遥か後方に位置しているので、彼は独りで最前線に立ち魔物との戦いを繰りひろげているのだ。単独で敵陣の奥深くに入り込む形になっているルークが心配で必死に目を凝らした。
彼は強いから大丈夫だと思うけど……。
なぜだろう? 胸がざわつく。
ルーク、独りでそんなに奥まで行かないで!
私の願いも虚しく彼はドンドン敵陣深くに攻め続ける。
嫌な予感が当たってしまいそうで怖い。というのも彼が一番大きくて鎧も強固なマンモス型魔獣に近づいていくのが見えたから……。
その上空には魔獣に乗った女王が様子を伺っている。ニヤニヤと嗤う彼女の顔を見るとますます不安が大きくなった。
確かにあのマンモスは女王の軍勢の要に見える。ルークは軍の主力を一気に叩くつもりなのだろう。
でも、胸騒ぎがどんどん膨らんでいく。
ダメ……そっちに行っちゃダメ……!
ルーク、危険よ!
私の心の叫びなどつゆ知らず、彼は空高く飛び上がり巨大マンモスに切りつけようとした。
その時、女王が空中からルークに魔法をかけた、のだと思う。
すぐに彼の動きが封じられマンモスの背中にいた魔物たちに拘束された。
マンモスの背中には微かに反射する光が見える。
あれが鏡だ! ルークは引きずられるように鏡に近づいていった。
鏡がルークに何かしようとしている……?
どうしよう? あの場に転移しようか?
でも、そうしたら城の結界が守れなくなる。
城への攻撃は続いている。私が離れたらすぐに結界は破られてしまうだろう。
心の中で葛藤しながらも、その場を動かずに結界へ魔力を流し続けるしかなかった。
しかし視線はルークから離さない。魔獣の背中から黒い霞が空中に立ち昇り、ルークの全身を包み込んだように見えた。
その刹那、女王の高笑いが微かに聞こえた。
魔獣の背に立つルークの姿が見える…が、その体にはねっとりと黒い霞がまとわりついている。
ルーク!? ルーク!? 一体何が…?
次の瞬間、ルークが物凄い速さで魔獣から飛び降り、今度は味方の騎士団に向かって攻撃を開始した。
風圧だけで何十人もの騎士が一気に吹っ飛んだ。
指揮を執っていたユリウスの馬が乱れた。きっと慌てているんだ。まさかルークから攻撃を受けるなんて思っていなかったから。
どうしよう…どうしよう…? あれは鏡が悪いんだ。
悪い魔法をかけられて操られているんだと思う。あの黒い霞みたいなのを何とかしないと……。
気持ちばかりが急くが、今ここを離れるわけにはいかない。どうしたらいいのか分からず、悔しさとやるせなさで涙が出てきた。
「ユリア、ここは私に任せろ! お前はルキウスのところに行ってやれ」
馴染みのある声が背後から聞こえて私は慌てて振り返った。
そこには精霊王様が立っていた。ココとピパを肩に乗せている。
「お前達の事情は把握している。ルキウスは心の闇を敵に操られているのだろう。元凶はあの鏡か?」
安堵で膝から崩れ落ちそうだったが何とか踏ん張る。
「そ、そうです。さっき、ルークが鏡を覗きこんでいたような気がしますから」
「だったら、その鏡を壊せ。そうすればルキウスも元に戻るだろう。私が城の結界を守る。早く行け!」
軽く会釈をすると私はすぐに戦場に転移をした。
***
実際の戦いの現場は想像以上の過酷さだった。土埃と血にまみれて、騎士達が魔物たちと戦っている。
あまりの喧噪に耳を塞ぎたくなる。自分がどこにいるかも分からなくてパニックに陥った。
あまりに多くの人たちが傷ついている。目を覆いたくなるような傷を負った騎士を見て思わず頭を抱えてうずくまってしまった。
「ユリア! あそこにユリウスがいるよ!」
ココの声が聞こえてハッと我に返る。転移した時にココとピパもついてきてくれたようだ。
二十メートルほど離れたところに騎馬で騎士たちに指示を出しているユリウスが見えた。ラザルスがユリウスを守るように戦っている。
突然ルークからの攻撃を受けて混乱する現場をユリウスが懸命に支えていた。
「ユリア!!! 危ない!!!」
ピパの声が聞こえて咄嗟に自分の周囲に結界を張った。
おかげでオグル兵からの攻撃をかわすことができた。オグル兵は苛立ったように何度も私の結界を打ち続ける。
結界は強固なので破ることはできないだろうけど、このままだとこの場から動けない。
私は防御専門で攻撃はできないんだよな……と戸惑っていたら聞き覚えのある声がした。
「ユリア!? なんでこんなところに!? 危ないから城へ戻れ!」
馬上のクレメンスが私を攻撃していたオグル兵を切り捨てた。
「クレメンス! 良かった! あの…ルークは敵の鏡に操られているの! 鏡はあのでっかい象みたいな魔物の上にいるわ! それを何とか壊したいの!」
彼は私が言いたいことをすぐに理解したらしい。素早く私の手を取り、馬の上に引き上げた。
「ユリウス! ユリウス!!!」
私とクレメンスを乗せた馬がユリウスに近づいていく。
振り向いたユリウスが私を視界に捉えると、驚きで一瞬表情が固まった。しかし、すぐに私たちのところに駆け寄ってきた。ラザルスはピッタリとユリウスに続く。
「ユリア!? 何故こんなところに!?」
しどろもどろになりながらも何とか事情を説明した。ユリウスは理解が早いので有難い。
敵と戦いながらの会話は大変だったが、ラザルスが敵を薙ぎ払ってくれていたおかげで、鏡を壊さないといけないことと鏡が大きなマンモスの上にあることは分かってもらえた。
「分かった。鏡のことは俺たちに任せて城へ戻れ」
そう言うとユリウスたちはその場から走り去った。
でも私はルークの近くにいきたかった。
ルークは心の闇を操られている、と精霊王様は言っていた。それはもしかしたら私のせいかもしれない。
何とかルークと話がしたい。ルークに愛していると伝えたかった。
私は必死でルークを探した。




