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塩対応の騎士が甘すぎる  作者: 北里のえ
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モナの正体

その日、私は辺境伯城の城壁に立ち、戦慄しつつ女王の軍勢を見つめていた。


もちろん、城全体を防護する結界を張っているが、女王軍は予想よりも遥かに数が多い。魔物たちの迫力に怯えて城内に隠れてしまった人達もいる。


辺境伯城に相対して陣を敷いた女王は、飛竜の上で意気揚々と自分の軍勢を眺めていた。


オグルを中心とした多くの歩兵が前面に並び、剣や槍を構えている。人間を攻撃するチャンスを与えられ、舌なめずりでもせんばかりの面相でニヤニヤ嗤っている。


その背後に大型の魔獣らが控えている。前世で言うところのマンモス…に似ている巨大な魔獣たちは耳をつんざくような雄叫びをあげながら、ズシンズシンと足踏みする。その振動が城にも伝わってきて女性たちが小さく悲鳴をあげた。


空中には多くの空飛ぶ魔獣らがひゅんひゅんと飛び回る。一際大きな飛竜には女王が乗っている。


前回の戦いとは規模が違う。魔獣の群れは戦う気満々で牙と爪を覗かせていた。


対するトラキア辺境伯連合軍も鮮やかな色の旗が風に翻り、威容を誇っている。他領の騎士団も駆けつけてくれたので、それぞれの騎士団の旗がはためいているのだ。国軍もこの戦いでは味方をしてくれている。


辺境伯軍の陣頭に立って指揮を執っているのはユリウスだ。そのすぐ後ろにラザルスがピッタリと控えている。二人とも落ち着いて見えるが、やはり緊張の色は隠せない。


ルークのペースについて行ける人間はいないので、彼は一人で先駆けを務めることになるという話を聞いた。


作戦としては、他領からの助っ人は後方で敵から城を守る役割を担っているらしい。敵を攻撃する主戦力はトラキア騎士団と王都からの近衛騎士団、及び辺境伯領に駐留していた国軍であり、それを率いるのがユリウスだそうだ。


近衛騎士団のサルト団長の隣にはクレメンスの姿が見えた。やはり緊張した面持ちだが、チラリとこちらを見た気がした。


ルークの姿はどんなに遠くてもすぐに見つけられる。ルークは馬にも乗らずに最前列のユリウスから10メートルほど離れたところに立っている。


久しぶりに見るルークの姿に目頭が熱くなった。遠目にも酷く窶れているのが分かる。彼に何があったのだろう?


私のせいなのかな……。胸がチクチク痛む。ルークの周囲にやはり黒い霞のようなものが取巻いていて、それも不安の一つだ。


ラザルスによるとルークは何かを拗らせて自暴自棄になっているという。


ルークにはいつでも笑顔でいてほしい。幸せになってほしいと思う気持ちは本物だ。私では彼を幸せにできないのが悲しいし、もう嫌われてしまったかもしれないけど……。


「やっぱりルークが好きだなぁ……」


ルークの勇姿に胸をつかれて、思わず口からこぼれてしまった。


「そうでしょ! あんた、やっぱりルキウスが好きなのよね!?」


突然後ろから抱きつかれて、ぎょっとして振り向くとモナさんが悪戯っぽく笑いながら立っていた。


「モナさん! お帰りなさい! い、いつ帰ってきたの?」

「たった今よ~。ああ、面白かったわ~。女王軍の珍道中を見物していたのよ。女王はヒスを起こしっぱなしだし、鏡は少しでも乱暴に扱われると割れるんじゃないかって戦々恐々としていてね。いやもう、笑えたわよ~」


モナさんはご機嫌のようだ。でも、彼女の言葉で引っかかるところがあったので尋ねてみた。


「……鏡?」

「そうなのよ! 今回はね。あの! あの鏡も戦についてきたのよ! 信じられる? 鏡が…くっくっくっ…ああ、可笑しい」

「…どうして鏡がわざわざ?」

「さあねぇ。何かしたいことがあるんじゃない?」

「あ、あの…鏡はどこに?」

「一番危なくないところ。あの、大きな象みたいな魔獣が見えるでしょ?」

「はい」

「その中でも、やたらゴテゴテと鎧みたいなのをつけているのが見える?」

「えーっと?」

「そうそう。ほら、あそこ。一番目立つ奴。ホント笑えるわ~」


そう語るモナさんの視線を辿ると、確かに魔獣の中でも一際大きくゴテゴテした飾りのついたマンモスが見えた。


太陽の光に反射して、キラリと光るものが背中に乗っている。


あれが、鏡……? なんでわざわざ戦場にまで来たんだろう?


最後の決戦になるかもしれないから戦の行方を見届けたいとか?


鏡だと移動するのも大変だろうに……。


つらつらと考えていたら、モナさんから背中をつつかれた。


「それで? やっぱりルキウスが好きなんでしょ? 嫉妬する? 私から奪い取りたくなったんじゃない?」

「いや…それは別な話で。選ぶのはルキウスだから…」


モナさんは肩をすくめて、はぁ~っと大きな溜息をついた。


「ああ、ホントにあんたって性格悪いわね。つまんないわ~」

「す……すみません」


謝りかけてハッと思い出した。そうだ。モナさんに尋ねたいことがあったんだ。


「あの! モナさん。どうしてもお聞きしたいことがあるんです!」

「何? 情報料は高いわよ~」

「えっと、いくらですか?」

「内容によるわね。何が聞きたいのよ?」


何故私の腕輪を外すことができたのかという質問の後、クレメンスの腕輪の外し方が分かるかどうか尋ねてみた。


モナさんは面白そうに私の顔をじっと見つめた。


「ふふっ。今頃そんなことを訊くなんて……ホント頭が悪いのね」


言い返せない。


「そうなんです。私は頭が悪いんです! だから教えてもらえませんか?」


モナさんはニヤニヤしながら衝撃的な秘密を明かしてくれた。


「……私の腕輪を外すためにルキウスが悪魔に魂を売った…? そしてモナさんがその悪魔……?」

「そうよ~。ぜ~んぶ、あんたのせいなのよ。あんたのせいでルキウスは自分の全てを犠牲にしたのよ。んふふ…。どんな気持ち? 自分のせいで大切な人を不幸にするって?」

「私のせいで…」


頭をガツンと殴られた気分がした。


私を助けるために……? ルークにどれだけの犠牲を強いてしまったのか……。どれほど辛い思いをさせてしまったのか……。


あまりの衝撃に脳みそが蹂躙されているように痛い。申し訳なさと罪悪感に苛まれて考えがまとまらなかった。


でも……色々な謎が解けた。


モナさんが悪魔だったなんて……。不思議と恐怖の感情は薄かった。道理で強いわけだ。神出鬼没なのも、ルークや周囲の人達とよそよそしい雰囲気だったのも納得だ。


ルークは私のために自分の魂を犠牲にしたんだ。


そう思っただけで胸が苦しくて息がうまくできない。どうしたら? どうしたらルークの魂を救うことができるのだろうか? 


私にできることはある?


同時に彼がどれだけ自分を守ってくれていたかを思い知らされた。


ルークは悪魔の道連れにしないために私を振ったんだ。


彼は愛してるって言ってくれた。その後、私は何て言った?


「モナさんと別れてくれる?」みたいなことを言った記憶がある。


そしたら「無理だ」って言われたんだっけ?


そうだよね。既に悪魔に魂を売ってしまったんだったら無理に決まっている。


ああ、なんて愚かな勘違いをしていたんだろう……。


彼がどれだけ私のことを大切にしてくれていたのか。


心の中の一番柔らかい部分にルークへの愛おしい思いがくっきりと刻まれた。


ルークが言ってくれた「愛している」という言葉だけを信じるべきだった。


さまざまな感情の渦に飲まれて、すっかりその場にいるモナさんのことも戦のことも忘れかけていた。


しかしその時、ハッと褐色の肌の男性のことを思い出した。モナさんは彼のことを知っているのだろうか?


「モナさん! 褐色で白い髪の男性を知っていますか?」

「ん? んふふ…」


モナさんの顔を見て、彼女がその男性のことを知っていると確信した。


「一体あれは誰……?」


そう言いかけた時、大きな衝撃が城を襲った。激しい振動が結界を揺るがしている。私は慌てて防御の結界に魔法を注いだ。


いけない。今は戦いの最中だ。集中しないと。自分で自分を叱りつける。


しっかりしろ!


その隙にモナさんは再び消えてしまった。



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