新しい友達 ― ココとピパ
穏やかで幸せなエミリア達との生活が始まって数年が過ぎた。
ユリウスは相変わらず私を溺愛している。ラザルスのこともとても可愛がっているから、元々子供好きで面倒見が良いのかもしれない。
私たちは、家を囲う塀から出さえしなければ、比較的自由な生活を送ることができた。
塀で囲われた面積はかなり広く、家庭菜園や鶏を飼えるスペースもあるくらいなので、私とラザルスは毎日庭で泥だらけになって走り回っていた。
ルキウスは相変わらず私が苦手なようで、目を合わせようともしないし、常に距離を置きたがっている。でも、もう慣れた。
彼と同じ部屋に居る時は気をつけて息をひそめるようにしていた。たまに本当に息を止めてしまい顔が真っ赤になることもあった。
それでも、ルキウスは何も言わずに顔を顰めて部屋から出ていってしまう。
嫌いな人間と同じ屋根の下で暮らさないといけないなんて申し訳ない。それなのに意地悪するわけでもなく受け入れてくれるルキウスには感謝の気持ちしかなかった。
1.視界に入らない。
2.話しかけない。
3.同じ空間に居る時は空気になる。
ルキウスのための心得三箇条である。
もちろん、家族として温かく受け入れてくれるエミリアとユリウス、ラザルスにも心から感謝していた。
彼らのおかげで私の生活は幸せなものになったのだ。
だから、子供なりにできるだけのお手伝いをしようと心がけた。
毎朝生みたての鶏卵を取ってくるのは私の仕事だったし、家事や畑仕事のお手伝いも積極的に申し出た。
エミリアは常に子供達の良いところを探して褒めてくれる。私にもいつも優しい言葉をかけてくれる、いいお母さんだ。
恥ずかしながら、中身アラサーの私も喜んでもらえるのが嬉しくて、ますます張り切ってお手伝いをするようになった。
前世の料理の知識を活かして、エミリアを手伝いながら新しい料理を提案することもあった。
マヨネーズを作った時はみんなから絶賛された。
卵と酢と油さえあればすぐに作れるからね。ゆで卵とマヨネーズで卵サンドを作った時は、あっという間にお皿が空になって、追加で作らなくてはならないほど好評だった。
いつも無表情のルキウスが夢中になって食べている様子が可愛いというか、年相応の子供らしく見えてとても嬉しかった。
少しは嫌われなくなるといいんだけど……。なんて下心もあったりして(恥)。
他にもトマトソースを作ってロールキャベツを作ったり、餃子もどきを作ったり、私の料理は家族の間で評判が良かった。
「本当にあなたは大人びていて聞き分けが良すぎるくらいだわ。そんなに早く大人にならなくていいのよ」
エミリアは私の頭を撫でながら困ったように微笑んでくれた。
ラザルスは年相応の可愛い男の子だった。私より数か月年上だったが、弟ができたみたいで嬉しくて、一緒に遊ぶのが毎日楽しくて堪らなかった。
エミリアによるとユリウスとルキウスはやんちゃで、目を離すとすぐに消えてしまうような活発な子供だったらしい。
ラザルスはどちらかというと大人しくて、自己主張をしない慎重なタイプだ。
私がおままごとをやりたいと言っても、鬼ごっこがやりたいと言っても、静かに本を読んでいたいと言っても、嫌な顔せずに素直に聞いてくれた。
「ラザルスもやりたいことを言ってね」
「うん。僕はユリアがやりたいことを一緒にやりたいんだ」
いつも優しく微笑んでいるような子だった。
それからラザルスは異常に動物に好かれる。一緒に居るだけで鳥が寄ってきて、彼の肩の上でぴいぴい鳴き声をあげるのだ。
「ラザルスは鳥使いの才能があるのかしら?」
エミリアは思案気に首を傾げていた。
鳥使いというのは、生まれつき鳥と心を通わせる不思議な力を持っている人たちのことをいう。その稀な才能を活かして、狩りや偵察などに鳥を使役する職業に就くことが多い。
鳥が喉を震わせて囀る様子は悶えてしまうほど可愛い。こんなに近くで鳥たちと触れ合えて幸せだ。今世の私の人生は恵まれたものだと思う。
もちろん、王宮に移った後はどうなるか分からないけれど。
私は歩きだすようになってから、ずっと丹精込めて花壇の世話をしてきた。前世の知識を応用して質の良い堆肥を作り、土壌改良を行ったので花はスクスクと育ってくれる。
前世では植物は話しかけると良い、というような俗説があったので「元気になぁれ」というような声かけを常に行っていた。ここでは魔法が使えないから、本当に気休め程度のものだけど。
花の世話はラザルスも手伝ってくれて、我ながら素晴らしい花壇になったと思う。
「こんなに色鮮やかで生き生きとした花壇は見たことがないわ! ユリアには植物を育てる才能があるのね。あなたをとても誇りに思うわ」
エミリアが感動して私を抱き上げてくれた。嬉しくて胸がキュンとする。
「えへへ。ラザルスがてつだってくれたの」
照れくさそうに言うと、エミリアはニコニコしながら私に頬ずりしてくれた。
エミリアのいい匂い、幸せだなぁ。
そんなある日、私が庭の花壇の水やりをしていると、突然バラの蕾が開いた。
蕾が少しふくらんでいたので、そろそろ開くかなぁと楽しみにしていたが、こんなにスピーディに開くとは聞いてない。
まじまじとバラの花を見つめると、中から小さな妖精が二人ぱたぱたと透明な羽根をはばたかせながら飛んで来た。イメージはティン〇ーベルだ。
……妖精? 精霊かな? さすがファンタジーの世界! 本当に精霊がいるのね。
「ユリア。いつも花の世話をしてくれてありがとう! みんな、とても幸せだって言ってるよ」
「私たちはあなたの味方になることを約束するわ!」
二人の精霊が小さな羽根で嬉しそうにパタパタと羽ばたいている。
う~ん、可愛い!
「あなたたちには名前があるの?」
「僕はココ」
と薄茶色の髪の毛をした妖精。
「私はピパよ」
もう一人のピンクの髪の毛をした妖精が答えた。
「僕たちはいつもユリアの傍に居たいんだ。その……友達になりたいんだ。いいかな?」
ココが躊躇いがちに聞いてきた。
「もちろん! 二人が居てくれると心強いわ」
「ホント?!」
ピパが手を叩きながらふわふわと舞っている。
「もちろん、恋人とのデートの時は邪魔しないから安心してね」
訳知り顔のピパに笑ってしまった。
「そんな相手はできないから心配しなくても大丈夫よ」
私が微笑むとココとピパは不思議そうに顔を見合わせた。
「どうして……? まぁ、いいや。それでね。そのためにこのバラの花びらを食べてもらいたいんだ。そうすれば僕たちはずっとユリアと一緒に居られるよ」
ココの言葉に少し戸惑った。バラの花びらを食べる? 儀式みたいなものかしら?
「……えーと、一枚だけでいいの?」
「うん!」
二人は大きく頷いた。
バラの花びらは前世でも食べたことがある。まぁ、バラのジャムとかそういうものだったけど。
ココたちが差すバラの花びらを一枚摘んで口の中に入れた。ごくんと飲みこむとココとピパは嬉しそうに踊りだした。
う~ん! 本当に可愛いなぁ。
その日の夜、夕食の席でココとピパの話をすると、エミリアとユリウスは口をポカンと開けて唖然としていた。
「……ユリア、あなたには精霊が見えるのね? すごいわ!」
エミリアは興奮している。
「えーと、ふつうは見えないの?」
「少なくとも俺は一度も見たことがない」
ユリウスが言うと、ルキウスとラザルスも頷いた。
「まぁ、精霊王くらいの大物になると普通の人間でも見えるみたいだけどな。この家では魔法は使えないけど、ユリアには元々魔力が備わっているから精霊を見ることができるのかもしれない。父さんもたまに精霊が見えると言っていた。うちは父さん以外に魔力を持つ人間はいないから……」
ユリウスが寂しそうに呟いた。
あ、そうか。マリウス将軍は平民ながら魔力も高かった、って以前ユリウスから聞いた気がする。悲しいことを思い出させてしまって悪かったな……。
「魔力か……。最近は騎士団でも魔力が強い騎士の数は減ってきているんだ。だから、ますます女王への押さえが効かなくなっている」
ルキウスが話し出した。彼が食卓で口を開くのは珍しいから、私は思わずじっと彼を見つめてしまった。
すると彼と思いっきり目が合った。
その瞬間、ルキウスの顔が真っ赤に染まる。
しまった。三箇条を破ってしまった。
「……ご、ごめんなさい」
慌てて顔を伏せる。
「い、いや。いいんだ。その……悪い。びっくりしてしまって」
ルキウスは相変わらず優しい。嫌いな人間に見つめられたら気持ち悪かったろうに。
申し訳ない。もう彼の顔を見ないように気をつけよう。うん。
ユリウスは何事もなかったかのように話を続けた。
「貴族の中でも高い魔力を有する人間は減ってきていると聞く。だから女王は、ユリアの魔力を搾り取ろうとするつもりなんだな」
彼の呟きを聞いて、私は呆気に取られた。
……え? なにそれ?
動画の中で、ユリアは確かに幽閉されていたし、魔法は制限されていたと思う。でも、魔力を搾り取られてはいなかったはず……。
なんだそれ? ……聞いてないよ!
「ユリア、怖がらせてごめん。でも知っておいた方が良いと思うんだ」
ユリウスが真剣な顔で私の瞳を覗き込んだ。
「だいじょうぶ。ただ……女王が私の魔力をしぼりとるって、どういうこと?」
「俺は伝令として城の中を飛び回っているから、色々な噂が耳に入る。女王はいつも壁にかかっている大きな鏡と話をしているらしいが、その会話の中でユリアの魔力を奪う相談をしているらしい」
彼の説明に、私は納得した。
やっぱり話の流れは変わってきているんだ。
「だから、五歳になる前にユリアをどこかに逃がしたい」
ユリウスの言葉にびっくりして目をパチクリさせていると、エミリア、ルキウス、ラザルスは既に知っていたみたいで、真剣な表情で私を見つめている。
「でも、あの、逃げるってどこに? 私はみんなに迷惑をかけたくないの」
「俺たちがちゃんと考えているから大丈夫だ。五歳になるまでにはまだ時間があるけど、一応ユリアにも伝えておいた方が良いかと思って。そんなに不安そうにしなくて大丈夫だよ」
ユリウスはいつものお日様みたいな笑顔で私の頭をくしゃくしゃ撫でてくれた。
彼の大きな手はいつも私を安心させてくれる。
でも、既に変わっている筋書きを考えると頭が痛い。
私はユリウスたちの言う通り、逃げるべき?
どうするのが正解なのだろう?
****
ココとピパが次に姿を見せたのは二週間後のことだった。
ユリウスの話だと精霊は気まぐれだから、常に一緒にいる、といっても長く姿を見せない時もあるらしい。
久しぶりに会ったピパは眉間に皺を寄せていた。
「ユリア、あなたはもうすぐここから逃げた方がいいわ」
ココもうんうんと頷いている。
精霊にまで逃げろと言われて驚いたが中身はアラサーの余裕がある。
「にげるってどこへ?」
尋ねてみると、二人はそわそわと居心地悪そうな表情になった。
「……それは分からないけど。でも、このままここにいたら、いずれあの意地悪な女王に捕まって酷い目に遭わされるよ」
ココが訴える。
……そうだよね。それは分かっているんだ。
ココとピパは女王や聖女の噂を聞いたのだろう。それで心配になったに違いない。優しいな……。
「でも、私が逃げるとエミリアたちに迷惑がかかるの。それだけは絶対にしたくない」
二人は顔を見合わせて難しい顔をした。
「それに、にげてもすぐにつかまると思う。住むところも食べ物もなくて子供ひとりでは生きていけないもの」
お爺さんが約束した願い事を使うことも考えたが、エミリアたちに迷惑をかけないためにはきっと一つの願いだけじゃ足りない。
それに、この先どんな困難が待っているか分からない。切り札とも言うべき願い事をここで使ってしまうのはもったいないよね。
「僕たちは花の精霊なんだけど、魔法の力が弱くって……大したことはできないんだ。ごめんね」
悔しそうなココに私は優しく声をかけた。
「でも、私の話し相手になってくれるでしょう? 王宮に行く時も一緒に来てくれる?」
「もちろん!」
ココとピパは私の周りをパタパタと飛び回った。
可愛いなぁ、と孫を見るおじいちゃんのような心境になる。
ココとピパに言ったことは本心だ。私が一番避けたいこと。それは大事な家族であるエミリアたちに迷惑をかけることだ。
だから。やっぱり逃げるという選択肢は選べない。