モナの思惑
それ以降、ルークの姿を見かけることはほとんど無くなった。
たまに外から戻ってくるルークを遠くに見かけても、近づこうとする前に姿が消えている。避けられているのかな、と思うことが多かった。
私のせいで気を悪くしてしまったのかもしれない。せめて直接謝りたいんだけど、そんな機会もないのかな…。
「ルキウス様のことを気になさる必要はありません! そもそもルキウス様があんな言い方をされたんですから! あの無愛想をまず何とかされるべきだと思いますよ!」
アガタは結構辛辣だ。
どうしても鬱鬱としてしまい結局ジェラルドにも手紙を書けていない。
ルークともう一度話す機会はないのかな…。そればかり考えてしまう。
その日もルークの姿を見かけて、そこに走っていこうとする最中だった。
「あら! 何急いでるの?」
声をかけられて振り返るとモナさんが笑顔でヒラヒラと手を振っていた。
「あ……モナさん。戻っていらしてたんですね。お久しぶりです」
「ルキウスの様子が何かおかしいのよ~? 何があったの?」
「…あ、えっと、もしかしたら私が怒らせてしまったのかも……」
しょんぼりしながら言うと、モナさんが目をキラキラさせながら私の両手を握りしめた。
キラキラというかギラギラしている…?
「ゆっくり話を聞かせて頂戴!」
半ば無理矢理、人気のない食堂の隅っこのテーブルに連れていかれた。
「うん、それで? 何があったの?」
好奇心満々のモナさんにジェラルドから手紙をもらったことと、それについてルークと言い争いになったことを簡潔に説明した。
モナさんはとても嬉しそうに腕を組みながらうんうんと頷いている。
「手紙っていっても、単なる手紙じゃないんでしょ? 恋文? 愛の告白でも書いてあったんじゃないの?」
何故分かるのだろう? うまくごまかすことができず頬がカーっと熱くなる。モナさんが「うふふ」と妖艶に微笑んだ。
「なるほどねぇ。それで? ジェラルドと付き合うんでしょ? 返事は書いたの?」
「は!? いえ…それはお断りする方向で…。もちろん、私なんかにはもったいないくらいのお相手で、とても嬉しかったんですが、やはり気持ちにお応えできる自信がなく…」
「なに言ってるのよ! 私はそのジェラルドって男を知らないけど、強くてイケメンで頭も良くて優しいんでしょ?! 何が不満なのよ!」
モナさんが珍しくムキになっている。なんと答えたら良いか分からなくて、ただもじもじと俯いていた。
そんな私に苛立ったのかもしれない。モナさんが食堂のテーブルを思いっ切り握り拳で叩いた。
「まったく! なに? まだルキウスが好きなの?」
直接的に聞かれて私は固まってしまった。
「え!?」
な、なんで私がルークを好きだと知ってるの?
モナさんはルークの婚約者なのに……。突然強い罪悪感が胸にこみあげてきた。横恋慕しているってことだもんね。でもモナさんはルークとあの謎めいた男の人との関係を知っているのだろうか?
頭が混乱し狼狽している私にモナさんはハッキリと告げた。
「そんなの、みんな知ってるわよ。ねぇ、ルキウスに脈はないの。彼は私の婚約者だから。よその女が自分の婚約者に恋してるなんて…嫌な気持ちになるわ。私も辛いわ。けど、諦めてちょうだい」
「みんなが知ってる……?」
そんなに自分の気持ちはあからさまだったのか、と心から反省する。まったくの正論で何も言い返せない。言葉の一つ一つがナイフのようにグサグサと胸に突き刺さった。
「…ごめんなさい。ルキウスと恋人になりたいとか、そういう邪な気持ちは本当に持っていません。でも、モナさんが不快になるのは当然だと思う。本当にごめんなさい」
「じゃあ、もうルキウスのことは忘れてね! だから、ジェラルドと付き合ったらいいじゃない? 素敵な人なんでしょ?」
「…私にはもったいないくらいの人です。だからこそ、こんな気持ちでお付き合いするなんて不誠実なことはできません」
「真面目ねぇ~。だったらさぁ、そういう気持ちも全部ひっくるめてジェラルドに言ってみなさいよ。度量の大きい男だったら『その男を俺が忘れさせる』くらいの台詞は言うわよ。そしたら不誠実にはならないんじゃない?」
モナさんはしきりにジェラルドを勧めてくる。
そりゃ当然か。婚約者に横恋慕している女に恋人ができたほうが安心できるものね。
その気持ちが分かるだけにモナさんの言葉を無碍にはできない。
正直、ジェラルドは素敵な人だし好意を寄せられて嬉しい気持ちはある。
でも…私はルーク以外の人を好きにはなれないだろう。直感でそう思った。絶対に結ばれない運命だったとしても。
だから、いずれは修道院に入ろうと思っているんだ。
ただ、モナさんをこれ以上不安な気持ちにさせたくない。
「うん、ジェラルドとのこと、考えてみるね」
それを聞いたモナさんの顔がぱっと輝いた。
「早速ルキウスに報告しないと~」
スキップでその場から去っていく。
その後すぐにアガタが血相を変えて食堂にやってきた。
「ユリア様! 探したんですよ! どうかお一人にならないでくださいと何度お願いしたら…」
お説教が始まり、いろいろな意味で反省した私は神妙にアガタの言葉を聞く。
何度か謝罪の言葉を口にするとアガタも気がすんだようだ。二人で部屋に戻ろうとした時に遠目にルークとモナさんの姿が見えた。
親しげに頭を寄せて何か話していたが、途中ルークの頭上から黒い靄のようなものが立ち昇った。
あれ……? なんだか前にも見たことある。
ルークは大丈夫?
嫌な予感がしてルークと話がしたいと思ったけど、まったく遭遇する機会がなくなってしまった。今まで以上にルークに避けられているのは明白だった。
さらに気持ちが沈んだが、もはや何が正解だかわからない。私は深くため息をついて夜空に浮かぶ月を眺めた。




