ジェラルドの告白
*ユリア視点に戻ります。
大雨は数週間以上降り続いた。
その間、堤防が決壊したとか、川が氾濫したとか、不穏な知らせが届きながらも大きな人的被害は出さずに済んだ。
騎士団や国軍が必死で働いてくれたおかげだと思う。
ガイウス師団長がいなくなってから、国軍の兵士は全面的に辺境伯領を支持すると表明してくれた。
辺境伯に駐留している国軍と王都との関係がどうなるのかはよく分からない。多分だけど…カントル宰相がうまくやってくれているような気がする。その辺りはファビウス公爵とユリウスが動いている雰囲気だ。
ファビウス公爵は外交面でムア帝国との不可侵条約に深く関わってきたので、裏切られたと知った時は大層悔しがっていた。
モニカさんが一生懸命慰めていたのが印象的だった。
いいな。素敵な夫婦になりそうだ。
ルークは騎士団に所属しているので、水害から人々を守るためにほとんど城にはいない。たまに城に戻ってきても彼とゆっくり話す時間は皆無である。
私の話し相手になってくれるのは専らアガタだった。彼女は驚くほど情報通で何が起こっているのかを的確に把握して教えてくれた。ラザルスと仲が良いので彼から情報を仕入れているようだ。
アガタによるとムア帝国の皇帝が精霊王様に追放されたらしい。イリスさんを始め不当に監禁されていた人たちは全員解放されたという。
皇帝の代わりに現在はジェラルドが執政官という役割で国を治めているそうだ。ジェラルドは力業で大規模な改革を行い、皇族や貴族の腐敗を暴いているとのこと。
どうやらジェラルドは皇帝一人が国を統べるのではなく、民衆の代表が力を合わせて国を治めるような制度を作りたいらしい。
おお! まさに民主主義だね。選挙のこととか教えてあげたい。民権思想が存在しないこの世界でゼロから民主主義を立ち上げるのは大変だと思う。周囲の理解も得られないだろうし。
精霊王様から国を滅ぼすと脅されているムア帝国の人々は、今のところ従順にジェラルドに従っているというが、心の中では何を考えているか分からない。
ジェラルドに手紙でも書こうかなと思っていた矢先に、ラザルスから一通の封書を手渡された。
「ジェラルドからユリア宛の手紙だ」
何故だかそういう時には地獄耳になるルークが早速話に入ってくる。
「なんで!? どうしてあんな奴から手紙がくるんだ!」
カリカリ怒っているルークは拗ねている子供みたいで、ついクスッと笑ってしまった。
「ユリア、笑いごとじゃないんだぞ! あいつは誘拐犯なんだから…」
ムキになって言い募るルークに私は微笑みかけた。
「笑ってごめんね。でも、ジェラルドは好きで誘拐したわけじゃないから…。どうか許してあげて? それに私もジェラルドに伝えたいことがあったからちょうどいいわ。ラザルス、あとで手紙を書くからジェラルドに届けてくれる? …あ、その前にこれを読まないと…」
ラザルスは苦笑いしながら頷いた。
後でゆっくり読もうと胸元にしまうと、ルークの眉間に皺が寄った。
「変なことが書いてあるかもしれない。今どんな内容か教えてくれないか?」
「え? でも……」
「家族として、ユリアに危ないことがあったら大変だから」
ルークは断固として退こうとしない。
ラザルスも「それはそうだな。用心のために」と頷いたので諦めて封筒を開けて手紙を読み始めた。
だが……読み進めて顔が赤くなるのを止められない。
これはいわゆる恋文というものではなかろうか?
しかも物凄く熱烈だ。こんなに甘い手紙を初めてもらった。
最初は私への真摯な謝罪の言葉が並べられていた。
その後、直接的な愛の告白があり…寝ても覚めても私のことを想い続けているとか…。
一緒に旅をしながら、気持ちが惹かれるのを止められなかったとか…。
私の顔を見るだけで幸せな気持ちになれたとか…。
こんな風に女性を好きになったのは初めてだとか…。
ずっと一緒にいたい、俺と一緒に生きる未来を考えてほしいとか…。
あまりにストレートな愛情表現にパニックになった。いやもう、これは完全なプロポーズじゃない?!
あまりに予想外の内容で大量にたらたらと汗が噴き出した。
そんな私を見て、ルークの目がどんどん険しくなっていく。
ラザルスも心配そうだ。
「ユリア、何て書いてあるんだ?」
ハッキリ言って返答に困る。
ずっと傍にいたアガタがそっと私の背中を支えてくれた。
「決まっています。これは恋文ですね。ジェラルド様からの」
アガタの言葉に小さく頷くと、ルークの表情が引きつった。
「……!? 恋文?」
ルークは信じられないという表情だ。
……私が恋文を送られることがそんなに驚きなの?
多少傷ついたが、この手紙に危険はない。
「うん。だから、心配しなくても大丈夫よ。何も変な…というか危ないことは書いてないと思う」
「いや! その恋文が罠かもしれない! どこかにユリアを誘き出そうとか、上手く操ろうとしているんじゃないか?!」
私にはまともな恋文なんてくるはずないと言われている気がして再度傷ついた。
確かに私が純粋に好意を寄せられるのは考えにくいかもしれないけどさ。
前世もモテなかったし。
「…どこかに誘き出すような内容じゃないよ。いつになるか分からないけど全部片づいたら会いにくるって。その時に気持ちを聞かせてほしいって書いてあるだけだもん」
つい拗ねた口調になるのを止められない。
「それに、誘拐されたけどジェラルドは気を遣って優しくしてくれたわ。途中仲良くなって色々と話もしたの。純粋に好きになってくれたのかもしれないじゃない? ルークは信じられないのかもしれないけど!」
そう言うとルークの顔から感情が消えた。
「…そうか」
硬い表情のルークが何を考えているのか分からない。そのまま踵を返すと無言で立ち去った。
ルークを怒らせてしまったかも…。
私は途方にくれた。胸が痛くて苦しい。
「ルキウスはユリアが攫われて本当に心配していたんだよ。ユリアのことになると過剰反応してしまうのは愛情からなんだ…。だから、悪く思わないでやって」
残ったラザルスに言われて慌てて首を横に振る。
「全然そんな風に思わないよ。ごめんなさい…。私が無神経だったのかも。でも…ジェラルドから悪意は感じられないから…」
ラザルスは苦笑しながら私の頭をポンポンと軽く叩いた。
「二人とも不器用だからな…」
何とも言えない表情のラザルスとアガタを見て、コミュ障の自分が益々情けなくなった。
その日は胸にずっと重石がのっかっているみたいな気持ちで過ごした。
アガタは「気にすることありません!」って断言してくれたけど、自分が何か間違えてしまったようで不安を拭い去ることができなかった。




