本性
アルバーノさんが素早く駆け寄りクロエさんの震える肩を抱いた。
「アルバーノ、私は何もしていないわ。手が痛いの…お願い。助けて…」
彼女は後ろ手に両手首を縛られていてアルバーノさんは騎士に縄を解くように懇願した。しかし、それを止めたのはティベリオだ。
「彼女が無実だと証明されれば縄を解く。それまで待っているように」
ティベリオは厳しい顔を崩さずにアルバーノに告げる。
「だけど…! どうか…ティベリオ! 頼む!」
必死に叫ぶアルバーノさんをティベリオは完全に無視した。
ティベリオからこんな風に扱われるのは初めてなのだろう。アルバーノさんの顔が衝撃で真っ青になる。
クロエさんは両手で顔を覆ってシクシク泣き始めた。
ところがそれを見たガイウス師団長がバカにしたように鼻を鳴らした。
「か弱い女ぶりやがって…。強かな女だ」
それを聞いてアルバーノさんがキッと師団長を睨みつけると、ピリついた険悪な雰囲気がさらに悪くなった。
「みんな、落ち着いてくれ。まずユリアの話を聞こう。何があったのか時系列に話してくれないか?」
ユリウスの言葉に頷いて、私は何が起こったのかを話し始めた。
夜、ユリウスに教会の宿舎まで送ってもらった直後に攫われたこと。馬車の荷台に閉じ込められていたこと。ジェラルドとブルーノたち破落戸にアクセサリーを取られたこと。クロエさんが人質になっていたこと。ジェラルドに王宮まで連れていかれたけどクレメンスに助けられたことなどを説明した。
それぞれの話をする度にクロエさんが涙ぐみながら
「そんなことないっ…」
「嘘っ…」
「違うの!」
などと口を挟み、ユリウスに睨みつけられていた。
「ユリアの話は全て真実だ」
私の話が終わるとジェラルドが付け加える。
「あ、あのね。ジェラルドは育ててくれたお母さんを人質に取られて、仕方なくこんなことをしたの…だから、できたら、その…許して欲しいなって」
ルークの目つきが次第に険悪になっていき、私の声もそれに合わせて小さくなっていった。
ユリウスは苦笑いをしながら私の肩に手を置いた。
「ジェラルドからも話を聞く。その前にクロエとガイウス師団長だ。今のユリアの話に異論はあるか? クロエから聞いた話とは大きくかけ離れているな」
「俺は何もしていない。視察旅行に行ってもいないしな」
「お前がクロエを買収したんだろう」
うそぶく師団長にジェラルドが冷たく言い放つ。師団長はムッとした顔でそっぽを向いた。
「わ、私は無実です! あの魔導士は人を操る力を持っています。私はあの魔導士に操られていたんです。だから…」
ティベリオが冷たく首を横に振った。
「操られている人間は通常自分が操られていることに気がつかない。あの朝、君が倒れているのを発見し、侍医が君を念入りに診察したのを覚えているだろう。私もその場にいた。魔法の痕跡があったら気がつくはずだ。君には魔法をかけられた痕跡はまったく無かったよ」
クロエさんが必死の形相でアルバーノさんに訴える。
「アルバーノ! 恋人がこんなに理不尽に責められているのよ! 何か言いなさいよ! 本当に頼りにならなんだから! この役立たず!」
それを聞いてティベリオが顔色を変えた。
「アルバーノを侮辱するな! 彼は君なんかにはもったいないくらいの立派な人間なんだぞ!」
いつも穏やかな表情を一変させて怒鳴りつけるティベリオにアルバーノの顔が真っ赤に染まる。
「ああもう、どこが立派よ! 辺境伯の腹心の部下だっていうから、もっと金を持ってるのかと思ったら、家だってボロ屋だし姑は無愛想で意地悪な婆さんじゃない! 結婚なんて考えたくもないわ! あんたみたいなつまんない男と付き合ってやったんだから、ありがたく思いなさいよ!」
クロエさんが形相を変えて叫んだ。
その場にいる全員が絶句して見つめる中、アルバーノさんはとても悲しそうな表情で彼女に近づいた。
「この間、君を母さんの家に連れていったよね。初めての恋人だったから家族にちゃんと紹介したかったんだ。……君がそんな風に思っていたとは知らなかったよ」
静かなトーンの声が余計に切ない。
ティベリオが暗い顔でガイウス師団長とクロエさんを退室させようとした時、精霊王様が指をパチンと鳴らして二人の姿が忽然と消えた。
え!? え!? 何があったの?
「あんな人間はここに必要ないだろう。荒野に移動させた。まぁ、一日も歩けば人間が住むところに着くだろうから死ぬことはない。少しは懲りるだろう」
えーっと。まぁ、仕方がない…のかな?
皆、戸惑いながらも精霊王様が決めた罰だから仕方がないと諦めたようだ。
「さて…これからが本題だ。我も重要な話がある」
精霊王様はニヤリと笑みを浮かべたが目は笑っていない。ジェラルドを睨みつける獰猛な表情に背中がゾクリとした
「先ほど、ブルーノとかいう破落戸の話をしたな。我が森にも来たことがある、と…。それは我が妻を害するためにやって来たと推察するが、それで正解かな?」
静かな口調ながら精霊王様の怒りが頂点に達するくらい激しいものだということを私たちは明確に理解した。




