精霊王、再び
精霊王の森は強い結界で守られているが、ココとピパが一緒なので直接森の中心に転移することができた。
地に足が着いた時に、一瞬体のバランスを崩しそうになってジェラルドがすかさず支えてくれる。
私を支える手が壊れ物を触るように優しくて知らず知らず顔が赤くなった。
「あ、ありがと」
ジェラルドが笑顔で「大丈夫か?」と私の手を取る。いつもの冷徹さが嘘みたいな温かい表情だ。
「ユリア~、顔が赤いよ~~」
「ジェラルド素敵~。お似合いかも~」
ココとピパが揶揄った。
「そ、そんなことない…!」
言いかけて、ふと顔を上げると精霊王様が呆れたように私たちを見つめていた。隣に寄り添っているのはスイレン様だ。生き生きとした瞳で顔色も良い。
意識がある時にお会いするのは初めてだ。私は慌てて深くお辞儀をした。
「あ、あの、精霊王様、奥方様。儀式もなく不躾にお訪ねして大変申し訳ありません。お会いできて光栄です」
「いや、お前なら構わない。スイレンもお前に会いたがっていたし、ココとピパが連れてきたんだろう。問題ない。……しかし、お前はいつも変わった男ばかり連れてくるな」
苦笑いの精霊王様の言葉にスイレン様はくすりと笑う。ジェラルドはしかめっ面で「男ばかり…?」と呟いた。
「え、えーと、あの…彼はジェラルド、元々は旅の魔導士の方です。辺境伯の城から私を誘拐したのですが…云々」
かいつまんで事情を説明する。
「…可哀想に! 辛い思いをしたわね。でも、会えて嬉しいわ!」
スイレン様は優しく私を抱きしめてくれた。爽やかな花の香に包まれて、気持ちが穏やかになる。素敵な奥方様だなぁ…。
精霊王様は難しい顔つきでジェラルドを睨んでいた。
ジェラルドは相変わらず冷徹な無表情だけれど、若干の戸惑いが口元に現れている。
最近、彼の微かな表情の変化が読み取れるようになった気がする。
ただ……。精霊王様とスイレン様にお会いできて嬉しいけれど、私は早くルークたちのところに戻りたいのだ。
「あの…私たちすぐにお暇しないといけません。できるだけ早く辺境伯の城に戻りたいので…。多分すごく心配していると思うんです。また、改めて伺います」
焦りながら伝えると精霊王は私を落ち着かせるように両方の手のひらを見せた。
「待て。私も大事な話がある。それにその男を黙って帰すわけにはいかない。辺境伯にお前が無事だと伝えればいいのだな?」
口角をわずかに上げながら精霊王はそのまま姿を消した。
えっ!? どこに行ったの? …それにジェラルドが何?
スイレン様が困ったように微笑んだ。
「多分、辺境伯の城に転移したんだわ。あなたが無事だって知らせにいったんじゃないかしら? すぐに戻ってくるわよ」
そして顔を輝かせながら私の腕を取った。
「ねぇ、良かったら一緒にお茶しましょう?」
おずおずと私が頷いたタイミングで精霊王様が戻ってきた。……髪や服装が若干乱れている。
「……そなたは余程愛されているようだ。辺境伯にだけ聖女の無事を伝えるつもりだったんだが、男たちに掴みかかられてな。ユリアが無事だというなら本人を連れてこいと物凄い剣幕だった」
精霊王様が溜息をついた。
「あ、あの…申し訳ありません。大変なご無礼を働きまして…」
焦りながら頭を下げる。
「本来なら、精霊王としてこのような無礼は許さないのだが、それだけそなたのことが心配だったのだろう。特別に今回は不問にする。ユリアを連れてきて事情を説明すると約束してしまったからな。私も一緒に行こう。どうしても話さなければならないこともある。スイレンは留守番をしていてくれ。すぐに戻るが留守の間は水脈の龍神に護衛をしてもらう」
精霊王様は、地に手のひらを当てて「地の龍神よ」と呼びかけた。
しばらくすると、以前会った水脈の龍神様が現れた。相変わらずの美しい姿に見惚れてしまう。
青緑の龍は精霊王様と私を見て口元を歪めた。
……多分微笑んでくれているんだと思う。
龍神様は、人々が以前よりも井戸を敬い水を大切にするようになったと感謝してくれた。大雨がきても洪水被害が大きくならないよう努力すると言ってくれた龍神様に私も心からの感謝を伝える。
さすが神様。新しく建造された堰のことも知っていた。
「……上手く機能すれば、被害を軽減できるだろう。兄者は天空を司り、我は大地の水脈を司る。地に落ちた時点で雨は我の力の領域に入る」
話の合間に精霊王様が口を開いた。
「地の兄弟よ。私が留守の間、スイレンを頼む。森全体に結界が張ってあるから大丈夫だと思うが、念には念を入れてな」
龍神はゆっくりと優雅に頷いた。
「次回は絶対に一緒にお茶しましょうね? 絶対よ!」
スイレン様が残念そうに私の手を握る。ああ、可愛い方だなぁ~。仲良くなれたら嬉しい。
「もちろんです! こちらこそ是非!」
「では参るぞ」
精霊王様の合図に合わせて、私とジェラルドは辺境伯の城に転移をした。