女王の激高
翌日の夕方、私たちは王都に到着した。
荷台の扉が開き、私は警備兵に取り囲まれて女王の元に送られた。ジェラルドは石膏像のような無表情で後ろをついてくる。
謁見の間に辿り着くと、女王が目をギラギラさせながら待っていた。
……皺が増えたな、などという感想は胸の内に留めておく。
「はは! ようやく戻ってきたな! 手間をかけさせおって!」
女王は勝ち誇ったように嗤い、跪く私の顔面を蹴っ飛ばした。
ジェラルドが「あっ!」と声を出す。
「何か文句があるか? 所詮お前も私の犬だろう?」
女王は彼を見て嘲笑う。
本当~っに性格が悪いな。
ジェラルドは何も言えずに顔を伏せた。握り締めている拳が震えているのが分かった。それでも声は落ち着いている。
「女王陛下、ご命令は果たしました。私との約束も…」
「ほほほ! 分かっておる。ムア帝国に使者を送ろう。お前は見事に任を務めたとな」
女王の甲高い嗤い声が謁見の間に響く。
「お前はもう用無しだ。どこにでも好きなところに去るが良い」
女王の言葉を聞いて、ジェラルドはもう一度じっと私を見ると踵を返して去っていった。
気がつくと私と女王は二人きりになっていた。女王の目が興奮してギラギラしている。
…何をされるんだろう? 恐怖が全身を包む。
「よくも逃げ出してくれたな。妾に歯向かうとどうなるか思い知らせてやる!」
気がつくと女王の手には鞭が握られていた。
バシーン、バシーンと鞭の音が響き渡る。
「これでもくらえ!」
大声で叫びながら鞭で打ち続ける女王の顔は残酷な歓喜に溢れていた。
何度打たれただろう…。皮膚が裂ける感覚は耐えがたい苦痛を生む。激しい痛みに堪えながら床に蹲った。
痛い…。辛い…。もう耐えられない…。
意識を消失しそうになった時、男性の声が聞こえた。
「女王陛下、もう止めておいた方がいいでしょう。魔力が消耗してしまう。死んでしまうかもしれませんよ」
その声を聞いて、女王は苛立たしそうに「ちっ」と舌打ちして鞭を振るうのを止めた。
私ははぁーーーっと息を吐いた。打たれている時は痛みを堪えるために無意識に息を止めていたらしい。
激しい痛みで息をするのも苦しい。体が思うように動かない。
女王は容赦なく私の首の襟元を掴み、無理矢理に立たせた。
「こっちに来い!」
苦痛のため足がふらふらして歩くこともままならない。
「さっさと歩け!」
そう言われても足が動かない。立っていられなくて、その場に倒れ込んでしまった。
「だから、言ったでしょう。加減しろと…」
再び男性の声が聞こえた。でも誰かがいるわけではない。声は壁に掛けてある大きな鏡のほうからしているようだ。
……これが噂の鏡の精か。
ぼーっとする頭で必死に考える。
「ええい! 面倒くさい。ジェラルドはどこじゃ?! まだこの辺にいるであろう? 連れてこい!」
女王が謁見の間の扉を開けて叫んだ。
怒鳴り声を聞いて、外側にいた警備兵が「はっ! すぐに!」と駆け出した。
しばらくして、急いで走っているような乱れた足音が遠くから聞こえてくる。
次の瞬間、バンと扉が開いて駆け込んできたのはジェラルドだった。
顔面蒼白になっている。
彼はキッと女王を睨みつけた。
「聖女を傷つけることはない、とお約束されましたよね!?」
明らかに怒ってる声色だ。
こんなに感情をむき出しにするジェラルドは珍しいな、なんて呑気なことを考えてしまった。
「お前が口を出すことではない。…イリスと言ったか? お前の養母がどうなっても良いのか?」
バカにしたように女王が発した言葉に、私は全てを察した。
……なるほど。イリスさんを人質に取られていたんだ。
なんでジェラルドみたいな人が誘拐なんてするんだろう、っていう疑問が解けた。
彼も辛かったのね。
ジェラルドは女王を無視して、床に横たわっている私の傍らにしゃがみこんだ。
そっと私の髪を整えながら呪文を唱えると、体がふわっと温かい空気に包まれるのを感じた。
あぁ…気持ちいい。
傷がふさがり全身が癒されていくのが分かる。少しずつエネルギーも注入されていくようだ。
ジェラルドが心配そうに見守るなか、私は確実に回復していった。彼が治癒魔法を使ってくれたのだろう。
痛みがなくなり自由に体が動かせるようになると気力も戻ってくる。
ジェラルドは女王を睨みつけた。
「聖女を傷つけないという約束はお守りください。さもないと…後悔することになりますよ」
女王の顔が怒りで赤くなった。
「何を偉そうに! お前の養母がどうなっても良いのか?」
「私はお約束したことを守りました。女王陛下も同じようにしてくださることを祈ります」
「うるさい! 出て行け!」
「聖女にまた危害を加えられては困りますので、私はここに残ります」
ジェラルドは怒った表情のまま言い切った。
「妾の言うことに従わないと、ムア帝国にお前の養母を殺すようにという使者を送るぞ」
女王は怒りでワナワナと震えながら凄んだ。
え!? それは困る。
「私は大丈夫だから、もう行って。お願い。イリスさんを助けてあげて。ね? イリスさんが大切だからこんなことしたんでしょう?」
ジェラルドは黙って考えていたが、もう一度「お願い」と頼むと不承不承頷いた。
彼は泣きそうな顔で私の頬を軽く指でなぞる。
「…すまない」
もう一度囁くと足早に部屋から出ていった。




