旅路 その3
旅は順調に進み、気がつくと王都にそびえる城が見える距離になってしまった。
その夜に泊まったのは王城から逃げ出してすぐにルークたちと野宿した森だった。
ああ、懐かしいな…と悲しくなる。
あの時はアガタやモニカさんもいて…ルークたちと楽しく過ごしたっけ。
これから自由になれるって嬉しくて堪らなかった。
今はまったく逆の状況。
また閉じこめられて魔力を吸い取られるのかと思うと胸に重い鉛がのっているようだ。
でも、クロエさんを人質に取られている。逃げ出すわけにはいかない。
明日には王城に到着してしまう。
今夜が人生最後の自由な夜になるのかもしれないな……。
なにをどう考えても前向きにはなれない。
「私ね、五歳の時からずっと王城で監禁されていたの。最近、初めて自由になった時に野宿したのがこの森だったんだ。…すごく嬉しかった。ここは思い出の森なんだ」
それを聞いてジェラルドはとても辛そうな顔をする。
自分で誘拐しておいてどうしてそんな顔をするの?
夕食を食べながら、ジェラルドがぽつりと呟いた。
「…すまない」
「なんで? どうしてあんな女王のために働いてるの? なんで誘拐なんかしたの?」
ジェラルドは俯いたまま何も言わない。
人に言えない事情があるのかもしれない。私は甘いのかもしれないけど。
王城に戻ってまた監禁されたら、二度と外に出ることは叶わないだろう。
ジェラルドに会うことはもう一生ないに違いない。最後の夜がこんなふうに気まずいのは嫌だな。
「ジェラルド。明日には王城に到着するし、そうしたらもうお別れでしょ?」
「…ああ」
「私を女王に引き渡したら、すぐにクロエさんを解放してね」
「それは大丈夫だ。約束する」
「…じゃあ、もう少しジェラルドの話をしてよ。岩塩鉱山の話とか。どんな村で育ったの?」
思いがけない質問にジェラルドは純粋に驚いたようだった。
私はこの世界での経験に乏しい。基本的に王城での生活とティベリオの城での生活しか知らないからね。
楽しかった生活も終わっちゃうのか…と思うと胸が苦しい。
でも、自由でいられる最後の夜くらいは何か明るい話がしたい。
ジェラルドは岩塩の話をしていた時に穏やかな表情をしていた。彼の村の話を聞きたいな、と小さい声で呟いた。
ジェラルドは何かを懐かしむように遠くに目をやった。
「……両親は、俺が生まれてすぐに亡くなった。顔も覚えていない。身寄りのなかった俺を母の親友だったイリスが引き取って育ててくれたんだ。イリスはお人好しで、困っている人を放っておけない性分で……。生まれたばかりの赤ん坊なんて厄介者でしかないだろうに……。俺を育てたことが人生で一番幸せな出来事だって、いつも言ってくれた」
イリスさんは良いお母さんだったんだろうなと簡単に想像できるくらいジェラルドの瞳は優しい。
「貧しかったけど幸せだった。イリスは小さな食堂で岩塩鉱山で働く男たち相手に安くて美味い料理を出していた。俺はイリスの手伝いをしながら、鉱山の話を聞くのが大好きだった。イリスの料理は最高に旨くって大人気だったんだぞ」
「うん」
ジェラルドが私の髪の毛を一房つまんだ。
「イリスの髪は茶色だったが……。イリスによると俺の母親も君みたいに輝くような金色の髪をしていたそうだ。俺の黒髪は父親譲りらしい」
私の髪を放すとジェラルドは話を続けた。
「少し大きくなると俺も鉱山で手伝いをするようになった。魔法が使えたから子供でもそれなりの戦力になったし良い賃金が貰えたんだ。初めての賃金でイリスに首飾りを買った。どんなのが好きか分からないからイリスにさりげなく好きな色を聞いたりして…」
笑みを浮かべながら話すジェラルドを見ていると、彼がどれだけイリスさんを大切にしているかが分かる。
「君は知らないかもしれないが、ムア帝国では皇族でも魔力持ちはなかなか生まれなくなった。魔法が使える人間がどんどん減ってきている」
「そうなの? …そういえばザカリアス王国の貴族でも魔法を使える人は減ってきているって聞いたことがあるわ」
「どこでも同じなのか……。まあ、それで俺が魔法を使えるから……道具みたいに利用されるようになってな。今じゃこんなザマだ」
彼の言葉には苦さや苛立ちが混じっている。自らを嘲笑っているかのような……。
過去に…もしかしたら今も事情があって悔しい思いをしているのかもしれない。
「大変だったのね……」
ジェラルドが突然私の肩を掴んで引き寄せ、そのまま体ごと強く抱きしめた。
体に巻きつく腕の力が強い。驚いて目を白黒させる。
経験値が少なすぎて…な、慣れていないのよ。
「すまない…。」
ジェラルドは耳元でそう囁くと、パッと私を離して寂しそうに微笑んだ。




