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塩対応の騎士が甘すぎる  作者: 北里のえ
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旅路 その2

王都までの旅は三~四週間かかるらしい。


どうして一気に転移魔法で移動しないんだろう?と思ったけど、早く到着しすぎるとカントル宰相や騎士団長に怪しまれるとかなんとかジェラルドは言っていた。


聖女誘拐の噂は既に巷間に流布されていて、特に王都ではピリピリした雰囲気になっているそうだ。


王都の反女王派は、犯人が女王だと疑っているのでまだ王都に到着しないほうがいいのだとジェラルドは言った。


「まさか誘拐犯がこんなにのんびり旅をしているとは誰も思わないだろう?」


そう言われるとそんなものかな?という気もする。


「……そう言い訳して俺が一緒にいたいだけかもしれないけどな」


苦笑いで呟いたジェラルドの言葉は私の耳には届かなかった。


時間がかかったほうがルークたちに見つけてもらえる可能性が増えるかもしれないし王都には戻りたくないので少し安堵した部分もある。


もちろん問題を先送りにしているだけで全然解決にはつながらないんだけど……。どうにかしてルークたちに連絡する術がないか考えているのだが何も思い浮かばない。


ジェラルドは毎日わずかな時間だが馬車の外に私を出してくれる。その時にさりげなくレースの切れ端やハンカチを落としたことがある。しかし、彼は出発前に何も痕跡がないかどうか入念に確認しているらしい。


困ったのは一緒に過ごすうちにジェラルドが悪人だとは思えなくなってしまったことだ。


決して食べ物につられたわけではない。


ジェラルドは頻繁に休憩を取り私を外に出してくれる。食べ物も新鮮で美味しいものを毎日調達してくれるし、真っ暗だと辛いだろうと小さなランプも用意してくれた。退屈しのぎにとどこかの町で買った本も差し入れてくれた。


馬にも優しいジェラルドを見ていると、どうしても悪い人とは思えないのだ。


こういうのが前世でいうストックホルム症候群なのかもしれない……汗。誘拐犯に好意を持ってしまうなんてあり得ないと思っていたのに。


この人は悪い人、誘拐犯だと自分に言い聞かせる。忘れちゃいけない。家族や友人から私を引き離して女王の元に連れて行こうとしている悪い人間なんだ。


***


その日は森の中で野宿をした。この辺りは近くに町も村もない。


食べ物はどうするのかな?


お腹が空いたと思っていたら、ジェラルドが魚を獲ってきて串に刺し焚火で焼いて料理してくれた。


新鮮な魚は美味しいけど塩とかあるともっと美味しくなるんだけどな。


そんな私の気持ちを読んだかのようにジェラルドが懐から何かを取り出した。


どことなくドヤ顔で彼が持っているのは筒型の容器だ。


……ん? なに……?


彼はそれをクルクル回して薄ピンク色の粉状の物質を魚に振りかける。


前世のペッパーミルみたいだけど……胡椒じゃない。


ソルトミルか!


「塩ね!」


興奮して尋ねるとジェラルドは得意気に頷いた。


「ムア帝国の特産品の岩塩だ。ピンクソルトはミネラルが豊富だし味も尖ってなくて、まろやかなんだ」

「分かる~! 特に魚には抜群に合うよね!」


私は力を込めて同意した。


アツアツの新鮮な川魚にピンクソルトを振りかけ思いっきりお腹にかぶりついた。かぶりついた瞬間に湯気がぶわっと立ちのぼる。


熱い! でも美味しい! ホクホクの柔らかい身と塩気が最高に美味しい。


四本目の串に手を伸ばしかけて、ジェラルドがまだ二本目を食べていることに気がついた。


ああ、いけない、いけない。


魚は七匹しかない。人の分まで食べるなんて意地汚いわ。


うつむきながら一人で反省していると、再びジェラルドが噴き出した。


「遠慮せずに食べろよ」

「え、でも……」

「いいから食べろ」


口元をわずかに緩めたジェラルドに串を押しつけられた。


「でもジェラルドは一日中御者で疲れているでしょう? 夜だって寝心地悪いだろうし……。私はもうお腹一杯だからジェラルドが食べなよ」


不意にジェラルドが微笑んだ。黒曜石の右目が優しく私を見つめる。


「……最初はチヤホヤされ勘違いして調子に乗った聖女もどきかと思っていたが…可愛いな」


頬をそっと撫でられて顔がぼっと熱くなった。いきなりなんだなんだ⁉


「えっ!? いえ!? 全然…そんなこと」


どんな顔をしていいか分からなくて結局目の前の魚にかぶりつくしかなかった。


う~ん、やっぱり美味しい。今言われたことはきっと幻聴に違いない。無視しよう。


「この岩塩はちょっと甘味もあるのかしら? 魚だけじゃなくて他にも合う料理が沢山ありそう。美味しさを引き立てる調味料になるわね」


話を逸らそうと塩の話を振ると、突然ジェラルドの目が生き生きと輝いた。


「ムア帝国には多くの資源があって鉱山が多いんだ。俺の育った村の近くには岩塩鉱山があった。岩塩鉱山や加工工場で働く人が多くてな。俺も岩塩鉱山で大人の手伝いをしながら育ったんだ。子供だったが結構重宝されたんだぞ」


懐かしそうに語るジェラルドの顔はこれまで見たことがないくらい穏やかだ。こんな表情もできる人なのね。


「ジェラルドはムア帝国が祖国なのね?」


彼はハッと表情を曇らせていつもの冷徹な顔に戻ってしまった。


まずいことを聞いちゃったのかも……。


気まずい沈黙が降りる。


「……俺は帝国が嫌いだ」


ジェラルドは厳しい顔つきでそう言うと、私を荷台に戻して再びガシャンと鍵をかけた。




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