旅路 その1
私は荷馬車でガタゴト揺られ続けた。
「その中では魔法が使えないようになっているから逃げようとしても無駄だぞ」
ジェラルドに言われるまでもない。いろいろな魔法を試してみたが何もできなかったのだ。
万が一魔法が使えたとしてもクロエさんという人質がいる。逃げることなんてできない。
私を攫ったのはやはり女王だった。そうじゃないかとは思っていたけど……。
ただ、ジェラルドが女王の手下だったなんて正直今でも信じられない。
ティベリオは無事なのだろうか?
クロエさんは大丈夫だろうか?
きっと不安と恐怖で一杯だろう。あんな粗野な男たちに囲まれて……。
悪い想像が次々と頭に浮かんだ。何もできない自分が歯がゆい。
どれくらい馬車に揺られていたのか分からないが、突然ギシッと動きを止めた。御者席から物音がしてすぐに静かになる。ジェラルドが馬車を置いてどこかに行ったようだ。
数分経って戻ってくると馬車がゆっくりと動き出した。そして再び止まった時、荷台の扉が開いてジェラルドが入ってきた。手に大きな袋を持っている。
彼は手早く私の手足を縛っている縄を切った。
ああ、楽になったと手首を擦っていると、ふと美味しそうな匂いがした。
抑える間もなくお腹がぐぅぅ~と鳴る。
ああ、情けない。こんな時でもお腹は減るのね。
ジェラルドはふっと微笑んで袋の中から何かを取り出し、私に手渡した。
野菜が山ほど入ったハンバーガーだった。溶けたチーズの香りが食欲をそそる。
ゴクリと唾を飲みこんだ。
腹が減っては戦はできぬ。うん。そうだ。食べよう。
大きく口を開いて思いっきりハンバーガーを頬張った。
シャキシャキの野菜が美味しい!
ハンバーグもジューシーで噛むと同時にドバっと旨味が口の中に溢れる。
ソースとチーズの組み合わせも絶妙で、夢中で堪能しているとあっという間に食べ終わってしまった。
気がつくとジェラルドも同じものを食べていたが、まだ半分も食べ終わっていない。目を丸くして見られているのに気がつき恥ずかしくなってコホンと小さく咳払いした。
「……はやいな」
返す言葉も見つかりません。
「えっと、あの……早食いも芸の内という言葉がありまして…」
ボソボソと言い訳をするとジェラルドがぶふっと噴き出した。
「いや、腹が減っていたんだろう。食べられて良かった」
自分のハンバーガーにかぶりつきながら目を細めてそう言った。
「ああ、それから……これは女性が好きかもしれないと思ったから……」
食べ終わった後、ジェラルドは思い出したようにポケットから紙に包まれた何かを取り出した。
「これは……?」
慎重に包みを開くと甘い匂いが漂ってくる。
これは……前世のスイートポテトそっくりなお菓子!
「聖女はあちこちで甘藷の栽培を奨励しているんだろう? 甘藷を使った料理や菓子が人気らしいぞ。ついでに買ってきた」
「あ、ありがとう」
誘拐犯にいう言葉ではないと思いつつも、つい口から出てしまった。
「いいから食べろ」
顔を逸らしたジェラルドの耳たぶが赤くなっている。
ま、いいか。有難くいただくことにしよう。
うん! しっとりとした食感。甘藷独特の甘みと深い味わいがあって美味しい!
甘味は気持ちを元気にしてくれるって本当だなぁ。
ジェラルドは敵意があるようには見えなかったので、思い切ってティベリオのことを尋ねてみた。
「あの…ティベリオは無事なの?」
「ああ、辺境伯はすぐに解放した。お前の仲間が救出したから無事だろう。怪我はさせていない」
案外素直に質問に答えてくれた。
「なんでティベリオを誘拐したの?」
ジェラルドは何故か苦笑した。
「まぁ、本当の目的は聖女の奪還だ。……あのルキウスという護衛はなかなか隙を見せない。護衛の意識を聖女から逸らすために辺境伯を誘拐した」
「クロエさんは…無事?」
「ああ。危害は加えられていない。王都に聖女が到着すれば彼女も解放されるだろう」
「どうやって私の寝室に忍び込んだの?」
「魔導士だからな。いろいろな手がある」
「そうなんだ。すごい魔導士なんだね」
思っていたよりも話が通じるので、つい誘拐犯だということを忘れてしまいそうになる。
「ああ、そうだな」
はぁっとため息をつくとジェラルドは私を荷馬車の外に出して、洗浄魔法をかけてくれた。ドレスも新品のように綺麗になる。
シャワーを浴びてるみたいだ。気持ちいい。
「あ、ありがとう…」
「すぐに中に戻れ」
久しぶりの外の空気は最高に気持ち良かった。仕方がないと渋々荷馬車に戻る。
荷馬車の中にはどこから来たのか大きなクッションが3~4個置かれていた。
どこに隠してたんだろう? 魔法みたいだ…あ、魔導士か。
「眠る時に使え」
そう言ってジェラルドは扉と鍵を閉めた。
彼はどこで眠るんだろう?
ジェラルドは外で馬に水や飼い葉を与えているようだった。
その後、荷馬車がぎしぎしと音を立てて誰かが御者席に座ったのが分かる。
彼はそこで夜を明かすらしい。
誘拐犯なのに親切にしてくれるのは女王に差し出す大事な貢ぎ物だからだろうか?
物思いにふけりながらクッションに頭をつける。
ふかふかで気持ちいい。お腹も一杯だし……。
私はあっという間に眠りについた。




